第2話 女子高生と、軍神『朝倉宗滴』

 私は、戦国時代の一乗谷にやって来た。初めて見る風景なのに、私はこの場所がどこなのかが分かってしまう。


 ここは、赤淵神社。朝倉家の氏神を祭る神聖な場所。けどこの神社の事は、戦国時代に行くまで知らない場所で、一乗谷のどの場所なのかも分からない。


「スマホに……借りたカメラ……役に立つかな……」


 持ち物は、現代で所持していた物。残り82パーセントのスマホ。もちろん電波は圏外なので、電源は切っておこう。そして借りているカメラに、1000円札1枚と、小銭が少し入ったがま口財布が、私が持っている物だ。


「奇妙な格好をしているな」


 この神社に、一人の男性が歩いてきて、そして私の姿を見て、不審に思っていた。


「私が未来の世界から来たと言ったら、どう思います?」


 なぜか私は、この人に話しかけないといけないと、直感で思った。


 この私と同じぐらいの年齢の男性は、若かりし頃のだ。どこかあどけないく、この時代では風変わりな私の衣装を見て、義景は警戒し、腰にある小さな刀に手をかけていた。


「妙な事を言う女子だ。私の前で、堂々と虚言を吐く度胸に、私は感心する」

「虚言じゃないです。これを見て、何を思いますか?」


 もうスマホを使うとは思わなかった。けど、これでしか、私が未来からタイムスリップしてきた事を信じてもらうしかなかった。


「スマートフォンって言います。遠くの人でも話が出来ますし、一瞬でこの映像を撮影する事も出来ますし、買い物だって出来る、万能な道具なんです」


 そして私は、スマホ内のフォルダを開いて、以前に撮った、唐門の写真を見せた。


「未来の一乗谷の風景です」


 殺される覚悟で、義景に写真を差し出す。


「私、もしくは子孫が受け継いで、朝倉家は越前国を守り続けたのか?」

「いいえ。義景と言う者の代で、朝倉家は滅亡します」


 そう告げると、義景は空を見上げた。


「そうか」


 ただそう言って、義景は私を素通りして、そして赤淵明神を参拝していた。


「私は、朝倉家を最悪な結末を避けるために、この時代にやって来ました。刀も農具も握ったことも無いですが、朝倉家の未来を変えようと――」

「義景と言う名は、いみなか? すまないが、私は朝倉孫次郎であり、義景と言う諱ではない。だから、其方が警戒する義景という者ではないから、まだ朝倉家は滅ぶことはないだろう」


 私の勘違いだったようだ。この人は義景ではなく、もしかすると、先代の孝景たかかげかもしれないし、朝倉家の親族かもしれない。孫次郎の言葉に、私は少しだけ安心した。


「其方の名を聞いておこう」

「朝倉凛って言います」

「其方も朝倉と言うのか」


 そう言うと、孫次郎は微かに口元を緩めた。


「気に入った。凛に合わせたい人がいる。名は、歴代朝倉家の家老である、宗滴そうてき様。宗滴様にも、私と同じように、未来の事を告げてみよ」

「宗滴様次第で、私の運命は左右されるって事ですね。いいですよ、宗滴様にありのままの事を話します」


 とりあえず、最初の課題は突破できたようだ。





 赤淵神社を出ると、孫次郎を護衛していたのであろう、青年の男性が、私たちを見て姿勢を低くし、頭を下げた。


景鏡かげあきら。この者を、宗滴様に紹介するように願いたい」

「承知しました」


 孫次郎、護衛の景鏡に連れられ、私はひとまず朝倉館内に入ることが許され、そして景鏡はそのまま山城に案内した。


「気に入らないですね」


 山城の道を登っていると、景鏡は急に立ち止まり、私の方に振り返って、狐のような、鋭い目つきで睨んできた。


「得体のしれない、奇妙な女を、何故殿は許したのでしょう?」


 確実に、景鏡は私に不信感を持っている。変な動きを見せたら、殺されるだろう。


「甲斐家の残党か?」

「……甲斐家とは?」

「知らぬなら良い」


 その後は、景鏡と会話を交える事無く、登山をして1時間ほど、一乗谷の山城の頂上付近にやって来た。この場所は、私が小さい頃に来たことがある。木を切り開いて。遠い日本海まで見渡すことが出来る、宿直とのいと呼ばれる、見張りの人が駐在していた場所だ。この場所から見る日本海が好きで、よく良心と見に来ていた。


「宗滴様。若い女の客人です」


 私は、朝倉家の軍神と言われ、義景の父親、それ以上前から朝倉家を支え、大御所のような存在、朝倉宗滴は、宿直から日本海を眺めていた。


「儂に何用か?」


 朝倉家の軍神、朝倉宗滴は、やはり空気が違う。現代人が持っていないような、あらゆる生物を周りを寄せ付けないオーラがある。


「景鏡は下がっておれ。儂とこの者だけで対面する」


 景鏡は、不服そうだったが、宗滴には逆らえず、すぐに景鏡は私たちの前から立ち去った。


「……わ、私は500年後の世界から来ました! 朝倉家の最悪な結末を回避するため、私はこれから朝倉家に仕える事になりました! ど、どうかよろしくお願いしますっ!!」


 私は、大きな声で言ってから、深く頭を下げた。

 宗滴は信じるのか。私は再び訪れた命の危機に、私は怖くて、頭を上げることが出来なかった。


「そうか、五百年後は分け隔てなく、どのような人にも栄養が行き渡る、裕福な世界になったじゃな」


 私の姿を見て、宗滴はそこまで予想したらしい。


「名は何と言う?」

「朝倉凛です」

「凛殿。好きな食べ物はあるか?」

「は、はい。えっとグミとか……」

「ほう。茱萸ぐみが好きか。儂もあの味と感触が好きじゃの」


 戦国時代に、あのグミが存在するのだろうか? もしかして、金平糖が入って来た頃と同じく、グミも入って来たのかもしれない。


「あとは……えっと、生ドーナッツに、ソフトクリーム、カステラとか……」

「想像がつかない食べ物じゃな。たくさん名前が出るほど、五百年後は食物に溢れているという事か」


 ここは無難に羊羹と答えるべきだったかもしれない。軍神、朝倉宗滴を困らせ、そして横にいる景固に切腹を言い渡されるかもしれないと思いながらも、宗滴は感心したように、ゆっくりと頷いていた。


「凛殿。儂もそう長くない。若殿は半年前に父親を亡くし、経験が浅いまま、朝倉家当主に就かれた。長い戦国の世に、越前に安寧を築いた朝倉家に、遂に脅威となる武将が出てくる。それは間違っていないな?」

「はい」

「このままでは、そう遠くない未来に、由緒ある朝倉家も途絶える。そう考えるのが、良いかもしれないの」


 宗滴は、山城から見える、福井平野の景色を眺めながら、こう聞いてきた。


「凛殿。この戦国の世は、どうすれば終わると思われる?」


 高校で出題される試験よりも難しい問いかけ。現代でも戦争、紛争は世界中で発生し、争いを無くすなんて、とても難しい事だ。


「……分かりません」

「そうじゃな。それが分かれば、百年近くも内乱は起きていない。人は武力でしか、争いを解決出来んからの」


 軍神とも呼ばれた朝倉宗滴も、本当の正解が分からない。


「儂が一番、若殿に心配している事。それは、まだまだ世間を知らぬ、未熟者だと言う事じゃ。ある者が正しいと言えば、若殿も正しいと思ってしまう。戦をする事が正しいと言えば、若殿は戦ばかりして、他国を攻める事だろう。戦が正しくないと言えば、若殿は戦に行く事を渋ってしまう。他国の武将に臆病者と言われ、これを好機だと思い、家臣を調略し始める」


 そう言って宗滴は、私の目をまっすぐ見て、こう言った。



「凛殿がやるべき事。それは、儂の姿を見て、今後の朝倉家はどうあるべきか。五百年後の人が見て、朝倉家は戦国の世を生き抜くために、死に物狂いで動くべきか。それとも史実通りに消えゆくべきか。朝倉家の運命を、其方に託す」



 私は、とんでもない重役を、宗滴に託された。


「史実通りで良い。凛殿が知る、朝倉の最期を聞かせてくれぬか?」


 ありのまま伝えたら、宗滴がショックで倒れてしまうんじゃないのかと心配しながら、私はゆっくりと口を開く。


「……近い将来、凄まじい勢いで、領土を拡大していた武将に、この地を攻められ、最期の当主、義景は自害して、一乗谷は火の海になって壊滅します」


 織田信長に攻められて滅亡とは、絶対に言わない。名前を出してしまったら、取り返しのつかない改変に繋がってしまうからだ。勢力を付ける前に滅ぼすとか、臣従、攻められる前に降伏するとか、江戸時代まで朝倉家が生き延びる運命になってしまう。


「そうか。そんな最期が見届けられるぐらい、儂も長生きしたいもんじゃな」


 朝倉家は滅亡する。そんな楽しくもない、気を悪くする話のはずなのに、大声でガハハハっと笑う宗滴に、宿直にいた見張り番の人が、心配してやって来るまで、愛想笑いするしか出来なかった。





 再び時間をかけて、私は山城を下りて、朝倉館の近くに戻って来ると、宗滴は急に立ち止まった。


「この女子を気に入らぬか?」


 宗滴は、景鏡と背の低い少年に問うと、景鏡はすぐに頷いた。


「ええ。宗滴様が大層元気なので、興味が無い話でも聞こえてしまいましてね。その女、朝倉凛は私が想像つかないような、未来の世界から来たと。そう聞こえたら、その女を見るだけで反吐が出そうです」


 孫次郎や宗滴のように、私を受け入れる人は少数のようで、殆どの人は、私を気色悪く思うようだ。


「朝倉家の未来を変える。それは嬉しい限りです。ですが、結局その女は、朝倉家を滅ぼすことしか考えていないではないですか。害悪極まりない、物の怪と同じです」

「そーだぜ。じじい、老いすぎて、正常な考えも出来なくなったのか?」


 景鏡、背の低い少年は、そう言って私と宗滴を侮辱した。


「待って――」

「早まるではない」


 このまま黙って聞いているわけにもいかないので、景鏡たちに反論しようとしたら、宗滴に止められた。


「凛殿を受け入れると言うのは、若殿の意向である。儂は、若殿の考えを遵守したまで。意見があるなら、若殿に言うべきではないか?」

「いえいえ。誰も宗滴様には文句が言えないから、殿も宗滴様を後ろ盾にしたのでしょう」


 景鏡は、少年に目でサインを送ると、少年は小刀を取り出して、私に目掛けて襲い掛かって来た。


「じじいっ!! 老いぼれているなら、咄嗟に動けないだろっ!!」

「動く必要もない」


 宗滴は、人睨みしただけで、少年の動きを止めた。


「九郎兵衛。修行が足らぬ。こんな臆病者では、戦場であっという間に討ち取られるじゃろう」

「う、うっせーんだよ。少し足の踏み切りが遅れたんだよ」


 宗滴の足元に唾を吐き捨てた後、九郎兵衛と言う少年は、どこかに行ってしまった。


「前波のせがれは、まだ使えませんか」


 景鏡が落胆している中、景鏡に駆け寄る男性が来た。


「孫八郎様。亥山いやまに戻ってほしいとの伝令がありましたよ」

「そうですか。もっと物の怪と話がしたかったのですが……。では、朝倉凛殿、また後日、宗滴様がいない席でゆっくりと話しましょう」


 不気味な笑いをした景鏡に、私は心底から震えた。


「彦四郎殿に助けてもらうとは、儂も落ちぶれたの」

「いやいや。何やら言い争っている光景が見えましたので、仲裁に入っただけですよ」


 彦四郎に助けてもらったので、私はすぐに頭を下げ、感謝の言葉を言うと、彦四郎は気にするなと言う感じで、私の髪の毛がくしゃくしゃになるまで、撫でまわされた。


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