第2話 女子高生と、軍神『朝倉宗滴』

 私は、朝倉家の軍神と言われ、義景の父親、それ以上前から朝倉家を支え、大御所のような存在、朝倉宗滴と謁見した。


「五百年後の時から来た人。そうか、五百年後は分け隔てなく、どのような人にも栄養が行き渡る、裕福な世界になったじゃな」


 私の姿を見て、宗滴はそこまで予想したらしい。


「凛殿。好きな食べ物はあるか?」

「は、はい。えっとグミとか……」

「ほう。茱萸ぐみが好きか。儂もあの味と感触が好きじゃの」


 戦国時代に、あのグミが存在するのだろうか? もしかして、金平糖が入って来た頃と同じく、グミも入って来たのかもしれない。


「あとは……えっと、生ドーナッツに、ソフトクリーム、カステラとか……」

「想像がつかない食べ物じゃな。たくさん名前が出るほど、五百年後は食物に溢れているという事か」


 ここは無難に羊羹と答えるべきだったかもしれない。軍神、朝倉宗滴を困らせ、そして横にいる景固に切腹を言い渡されるかもしれないと思いながらも、宗滴は感心したように、ゆっくりと頷いていた。


「凛殿。儂もそう長くない。若殿は半年前に父の孝景様を亡くし、経験が浅いまま、十一代目に就かれた。戦国の世の中、今後、朝倉家を脅かす武将が出てくる。それは間違っていないな?」

「はい」

「このままでは、そう遠くない未来に、由緒ある朝倉家も途絶える。そう考えるのが、良いかもしれないの」


 宗滴は、山城から見える、福井平野の景色を眺めながら、こう聞いてきた。


「凛殿。この戦国の世は、どうすれば終わると思われる?」


 高校で出題される試験よりも難しい問いかけ。現代でも戦争、紛争は世界中で発生し、争いを無くすなんて、とても難しい事だ。


「……分かりません」

「そうじゃな。それが分かれば、百年近くも内乱は起きていない。人は武力でしか、争いを解決出来んからの」


 軍神とも呼ばれた朝倉宗滴も、本当の正解が分からない。


「儂が一番、若殿に心配している事。それは、誰の耳にも傾けてしまう事。ある者が正しいと言えば、若殿も正しいと思ってしまう。戦をする事が正しいと言えば、若殿は戦ばかりして、他国を攻める事だろう。戦が正しくないと言えば、若殿は戦に行く事を渋ってしまう。他国の武将に臆病者と言われ、これを好機だと思い、家臣を調略し始める」


 そう言って宗滴は、私の目をまっすぐ見て、こう言った。



「凛殿がやるべき事。それは、儂の姿を見て、今後の朝倉家はどうあるべきか。五百年後の人が見て、朝倉家は戦国の世を生き抜くために、死に物狂いで動くべきか。それとも史実通りに消えゆくべきか。朝倉家の運命を、其方に託す」



 私は、とんでもない重役を、宗滴に託された。


「魚住殿。少しの間、儂と凛殿だけにしてくれ」


 景固は、宗滴のお願いに素直に聞いて、この場を離れ、私と宗滴の二人だけにした。


「史実通りで良い。凛殿が知る、朝倉の最期を聞かせてくれぬか?」


 ありのまま伝えたら、宗滴がショックで倒れてしまうんじゃないのかと心配しながら、私はゆっくりと口を開く。


「……近い将来、凄まじい勢いで、領土を拡大していた武将に、この地を攻められ、最期の当主、義景は自害して、一乗谷は火の海になって壊滅します」


 織田信長に攻められて滅亡とは、絶対に言わない。名前を出してしまったら、取り返しのつかない改変に繋がってしまうからだ。勢力を付ける前に滅ぼすとか、臣従、攻められる前に降伏するとか、江戸時代まで朝倉家が生き延びる運命になってしまう。


「そうか。そんな最期が見届けられるぐらい、儂も長生きしたいもんじゃな」


 朝倉家は滅亡する。そんな楽しくもない、気を悪くする話のはずなのに、大声でガハハハっと笑う宗滴に、席を外していた景固が、心配してやって来るまで、愛想笑いするしか出来なかった。





 再び時間をかけて、私は山城を下りて、朝倉館の近くに戻って来ると、宗滴は急に立ち止まり、館の屋根を見つめた。


「九郎兵衛。若殿様がいる、屋根に上がるのは止めよと、何度も申しておるぞ。無礼だと――」

「うるせーな。宗滴のじじい。その話、九十回以上は聞いているからよ、少し黙れよ」


 軍神とも言われている宗滴を、じじい呼ばわりするのは、私、延景とそんなに年齢が変わらない子供が、屋根から飛び降りてきた。丁髷ではなく、女の私でもきれいだと思ってしまう髪を結わず、衣服を着崩した、うつけ者と呼ばれた、織田信長の少年時代のような姿だった。


「おいおい、こいつ、さっき景鏡と揉めてた女じゃないか」


 九郎兵衛は、私を見ると憐れむように、馬鹿にするように、乾いた笑いをしていた。


「気の毒だ。こんな口うるさい、頑固じじいの子守をさせられたのか? 俺だったら耐えられずに、国外に逃げるな。寝返っちゃうな」

「九郎兵衛よ。父親に、あれだけの仕打ちをされても、まだ懲りていないようじゃな。時間を持て余しておるなら、兄上の補佐でも――」

「うるせんだよ、じじいっ!!」


 吉継は、土を一掴みして、宗滴の顔にかけた。


「朝倉の軍神様なら、どんな技でも見切れるんじゃないのか? もう老いて動けないなら、さっさと隠居しろよな、糞じじいっ!!」


 九郎兵衛は、宗滴を嘲笑いながら、城下町の方に出て行った。


「怒らないんですか?」

「躾をするのは、儂の役目じゃないからの。父の前波殿の役目である。儂ばかり叱っても、今後の朝倉家の為にならぬ」


 あれだけの仕打ちをされても、宗滴は穏やかな顔をしていた。顔に土をかけられたら、普通の人は怒る。私だったら泣き出す。けど宗滴は、紅潮する事無く、ただ穏やかに、九郎兵衛が走っていった方を見ていた。


「失礼します。宗滴様、越後からの遣いを待たせておりまする」

「おっとそうか」


 九郎兵衛とのひと悶着があってすぐ、宗滴の元に若い青年が、宗滴にそう言っていた。すぐに出てきたので、きっとタイミングを見計らって、宗滴に話しかけたのだろう。


「宗滴様。先客がいるようなら、遣いの者を待たせますか?」


 青年が私を見ると、一瞬身構えた。斬り殺されるかと思って冷や冷やしたが、宗滴はキッと青年をひと睨みして制止させていた。


「待たせる必要性は無い。すぐに会う」

「承知しました」


 奏的に話すこの青年は、恐らく小姓だ。有名なのは、信長に仕えていた森蘭丸で、身の回りの世話、対応など、現代で言うと秘書、執事みたいな存在だ。


「越後って事は……、もしかして上杉謙信の関係者ですか?」


 越後の者とか言っていたが、越後と言えば長尾家もとい、上杉家の領土。朝倉家と上杉家が関わりがあったなんて、私は驚きだ。


「はて? そのような者は存じないのじゃが、後に出てくる人物かの?」

「あ、まだいないんですね……」


 そんな事実があったことに驚いて、私はまだ出ていない人物の名を言ってしまった。今後も、ポロリと織田信長の名前を言ってしまいそうなので、注意しないといけない。


「この者。奇妙な事を言いますね。どこの者ですか?」


 青年が、私を怪訝な顔で睨んでいると、宗滴は愉快そうにガハハハっっと笑ってから、私と青年を握手させた。


「凛殿。この者は景近かげちか。仲良くすると良い。必ず、凛殿の支えになるじゃろう」


 宗滴が、私にそう紹介すると、景近はチラッと私の方を見て、小さく頭を下げていた。


「あ、朝倉凛です。色々あって――」

「話は後で聞きます。宗滴様、遣いの者と」


 こんな青年が、私を支えになるのだろうか。顔はかなり整っているし、現代でいれば、即アイドルにスカウトされるだろう。そんな彼と、もしかして恋仲の関係になってしまうのではと思い、私は少しだけ頬が赤くなっていたのだが、私を警戒しているのか、景近は宗滴を私から引き離そうと、早く客人と合わせようとしていた。





 延景がいる屋敷の中ではなく、宗滴は朝倉館から離れた、朝倉館と変わらないぐらいの、広い敷地と立派な屋敷で、越後の人と話を始めていた。


「加賀の一向宗の掃討か」

「ええ。お互い、近くで一向宗が力を持っていると、上洛の際に支障となるでしょうし、この地に避難しに来ている、公家の方たちも心配でしょう」


 大きな居間で、宗滴と越後の人は会談していて、私と景近は宗滴の後ろの方で、じっと話を聞き続けていた……。


「大丈夫か? 茶の席でもないのだから、正座をする必要は無い」


 そして1時間以上、私は宗滴と越後の人との訳の分からない話を聞き続け、そして動けないまま正座をし続けていたので、私は足が痺れて、動けなくなってしまった。そんな様子を見て、景近が心配そうに、床に倒れている私を見ていた。


「宗滴様から聞いた。凛殿は、私が想像つかない、遠い所から来たと」

「そ、そうですね……一生歩いて帰れないぐらい、とっても遠い場所ですよ……」


 一乗谷の唐門を撮ったら、私は500年前の戦国時代にタイムスリップ。宗滴の言っている意味は間違ってはいない。


「どうだ? この土地は?」

「良いと思います。何だか落ち着くですよね」

「そうか。私も好きだ。左右は山に囲まれているし、敵が来た時には、攻めにくい場所だからな」

「あ、そう言うパターンですか……」


 私は、山に囲まれ、川も流れ、東京に無い、四季折々に見せる、一乗谷の様々な顔。自然豊かな場所が好きと言ったつもりだったのだが、やはり、戦国時代の人とは、価値観が違うようだ。


「凛殿も宗滴様に仕える者。として、話し相手ぐらいには――」

「……えっ!? ……だ、男性じゃないんですかっ!?」


 名前も男性の名前だし、見た目も美少年。まさかの女性だと知って、私は足の痺れを忘れて、再び正座をして、景近に真意を聞いた。


「事情があって、私は景近になっている。これは宗滴様も知らない。私、鳥居とりい景近かげちかは、女だという事は、私と凛殿だけの秘密で頼む。宗滴様にも内緒で頼む」

「は、はい。拷問されようが、絶対に秘密にします」


 このような事は、戦国時代では当たり前だったのだろうか。けど、景近が女性だと知って、私は景近だけ、畏まらずに話せる、友達が出来た気がした。

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