第3話 女子高生と、上洛の意味

 タイムスリップして、延景、宗滴、景近に会うなど、色々あった翌日、宗滴たちを含む朝倉家の家臣は、延景がいる本拠地、朝倉館に集められ、丸一日、色々と話し合いをしたらしい。


「若殿は、京に行き、主上しゅじょう様に挨拶をされたいという事だ」


 辺りはすでに真っ暗。景近が点けた、弱々しい灯りさえなければ、近くにいるはずの景近、宗滴の顔も認識できない、薄暗い見えない屋敷の中、会議を終えた宗滴は、私にそう説明した。


「つまり、上洛されたいという事ですか?」

「そうじゃの。実現すれば、朝倉家は周辺の武将に、権威を示せる」


 景近は、宗滴に興奮気味に聞いていた。


「その際、宗滴様は同行されるのですか?」

「出来ればしたいが、加賀の動きも怪しいと聞く。儂は、そっちの対応をしないといけないじゃろう」


 景近と宗滴は、今の話で分かったようだが、私は全く分からない。


「其方だけ分からぬ顔をしておるな。凛殿、五百年後の京には、主上様はおらぬのか? も、もしや途絶えたと言うのかっ!?」

「す、すみません。主上様って言うのは、足利将軍家なのか、天皇なのか、どっちなのかなって……」

「主上様は、皇族、帝の事を指す」


 天皇陛下の事を言っていたから、宗滴は取り乱してしまったようだ。軍神と言われた宗滴も、皇族に何かあれば、流石に動揺するようだ。


「だ、大丈夫ですっ! 今は京都――じゃなくて、色々あって、京の都から、私が住んでいた東京って場所に移動して、500年後でも天皇の血筋は続いています」

「それは良かった」


 私の話を聞いて、宗滴は安堵していた。今の話で、宗滴の寿命を縮めてしまったのではと思い、私は申し訳ないと思った。


「それと凛殿。明日、儂と一緒に会議に出るようにと、若殿に言われての」

「私、政治の話とか、全く話が分かりませんけど……」

「若殿は、凛殿を家臣たちに紹介するつもりじゃ。つまり、どういう事か分かるか?」


 私は、学校の転校生みたいに、歓迎される事は無いだろう。最初はどこかの家の残党と言われ、余所者扱い、毛嫌いされる。さらに戦国時代離れの風貌に、怪しさはマックスだろう。


「……」

「分かったか? 明日は死を覚悟して、若殿に会うじゃな」


 急に胃が痛くなってきた。何か変な事を言ったら、私は処分、打ち首確定。昨日の夜は、疲れでよく眠れたけど、今日は寝れそうにない。


「それじゃ、儂は寝るとするかの」

「承知しました。私が同行します」


 景近は、小姓の役目を果たすため、宗滴と一緒に部屋を出た。


「……皆、景近みたいな人たちだったら良いのに」


 私は縁側に移動して、星空を眺めながら、そう呟いた。

 他の朝倉家の家臣は、どんな人なのだろうか。景鏡、九郎兵衛のような過激な考えを持つ人もいるだろうだから、私は慎重に言葉を選んで、挨拶をしないといけないだろう。


「宗滴様も人が悪いな」


 そして戻って来た景近は、星を眺めていた私に声をかけた。


「凛殿。これからどうする? この地の住人として過ごすのか?」


 元の世界に戻れない以上、私はこのまま朝倉家にいるしかない。


「近い将来、朝倉家は滅亡するって、話は聞いていますか?」

「宗滴様に聞いたが、それは本当なのか?」

「はい。数年後に、とある武将が下克上して、そのまま一気に勢力を拡大します。そして朝倉家は、その武将を全面戦争するのですが、最終的には負けて滅亡って感じです」


 歴史は変えられない。変えてしまったら、私のいた令和の時代は消えてしまうだろう。


「朝倉家の人は、良い人ばかりだと思います。宗滴様、景固様、そして景近様も、お人柄も良い。私を認めない、景鏡様みたいな人もいますが、これからを知っている私は、そんな人たちを、事実通りに最悪な結末に導きたくない。だから、少しだけ、私は朝倉家のこれからを変えたいと思っています」


 緑に囲まれ、町も雰囲気も良い、この一乗谷を、炎に包まれさせたくない。朝倉家の滅亡を免れられないなら、違う方法で朝倉家を破滅させるしかない。


「凛殿に、何が出来ると言う?」

「延景様が計画している、京への上洛を、絶対に成功させる事だと思います」



 最期の当主、朝倉義景の最大の失態は、皇族、足利将軍家と強い結びつきがあって、上洛できるチャンスがあったと言うのに、なぜか渋った事。



 私も、なぜそこまで渋ったのかは分からない。けど今回の相手は、代替わりの挨拶をするため、皇族に謁見するための上洛だとしても、これは絶対に実現させないといけないと思う。


「それなら、尚更明日の会議には、凛殿は出席しないといけない。凛殿、周りは戦場に赴き、幾多の修羅場を乗り越えた、朝倉家の猛者たちだ。生半可な態度、一瞬でも隙を見せたら、凛殿はその時点で終わりだ。宗滴様のように、大御所のように、図々しいと思わせるぐらい、堂々と居座る事が大事だと、私は思う」

「図々しすぎて、かえって追放されませんかね?」

「程々にって事だな」


 今宵の星空もきれいだ。秋が近いのか、鈴虫の声も聞こえ、この美しい風土を、信長の手によって焦土化させないよう、私は朝倉家の重臣のように振る舞おうと、輝く一等星を見て、心に誓った。





 そして翌日。


「早いの。凛殿」

「あ、宗滴様。起こしてしまいましたか……?」

「そうじゃない。もう歳で、すぐに目が覚めてしまう。長く寝ることが出来ないだけじゃ」


 私は、早朝に宗滴の屋敷周りを、軽くランニングしていた。そして丁度帰ってきた時に、宗滴様と鉢合わせした。


「宗滴様。私、数日でこの世界でやる事が分かりました」

「ほう。言ってみなさい」

「朝倉家を、最悪な結末にさせません。黙って、この地が燃え盛る光景なんて見たくないです。だから、歴史が変わらない程度、延景様の京への上洛に協力したいです」


 宗滴の目をまっすぐ見て、そう話すと、宗滴はガハハハっと大きく笑った。


「凛殿。それは矛盾しておる。守護大名が京に行くという事は、どういう意味か分かっておるのか?」

「それは周りの武将に力を見せるため――」

「それだと、凛殿が知る史実と変わってしまう。応仁の戦以前は、守護大名が京に赴き、将軍様を守るため、常駐するのが当たり前だった。だがの、今は戦国の世、京への上洛が、生半可な物で実行出来るものではなくなり。若殿は、上洛の意味をしっかりと理解されていないから、簡単に言ってしまう」

「宗滴様は、延景様の上洛には、反対されるという事ですか?」


 そう私が聞くと、宗滴は大きく頷いた。


「上洛したと言って、天下を取れるわけじゃない。他の武将が怯える、恐れ戦く事も無い。かえって隙を与えてしまう事もあるの」

「……?」


 私は首を傾げていると、宗滴はこう言った。


「喜ぶのは、敵対勢力。つまり隣国、加賀の一向宗。京に行き、主上様、将軍家と遊び惚け、当主がいない領土など、あっという間に制圧できてしまうじゃろう。凛殿が知る史実よりも早く、一乗谷は戦場になる」

「……じゃあ、延景様は越前から出てはいけないって事ですか?」

「幕命などの、余程のことが無い限り、若殿は動くべきではない。だからの、京への挨拶は奏者そうしゃの者に任せ、若殿は周りの動向、特に加賀と美濃を注視するべきじゃと、儂は思うの」


 朝倉宗滴が、軍神と言われた理由が分かった気がする。経験の差は、もちろん宗滴の方が上。説得力のある宗滴がこう言えば、延景以上に、多くの家臣が従うのだろう。


「凛殿が、会議で何を言うかは、儂は何も文句を言わぬ。好きに言えばよいと思う。じゃがの、一言一句、すべてに責任を持って発言するようにと、それだけ忠告しておく」


 そう言って、宗滴は屋敷の中に戻ろうとする前に、私にこう言った。


「二十年程前にの、儂も幕命で上洛しておる。けどの、上洛したからと言って、朝倉家にほとんど徳は無かった。上洛するのが日本を制する考えは、しておくんじゃな」


 私は、宗滴の話に、何も反論できなかったし、初めて宗滴が恐ろしい、敵に回してはいけない人だと思った。

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