第4話 女子高生が思う、朝倉家の在り方
日も昇り、夏なので徐々に暑くなっていく午前に、2日連続の朝倉家の会議が始まった。
「皆の者。考えは決まったか?」
私は、会議をしている部屋に入れてもらえなかった。これは宗滴の指示で、いきなり戦国の世離れした私が部屋にいたら、家臣は混乱し、会議が進行不可になると言う理由で、私は襖越しから、現当主の延景の声を聞いていた。
「私は、奏者を使わず、直に謁見して、父上が亡くなり、この私が十一代目に就いた事を、報告したい」
延景は京に行く気満々だ。姿は見えなくても、声の張り具合で分かる。
「殿。私は、賛成でございます。是非とも京に行き、朝倉家の威信を、胡坐をかき続けている六角家、細川家の隣国に見せるべきだと思います」
この声は、私を毛嫌いしている
「殿の意見に、私、
私の知らない家臣も、殿の上洛には賛成らしい。
「私の考えを尊重してくれることは、とても嬉しい。だけど、誰か一人は反対する者はいるだろ? そんな中で、宗滴様はどう思われていますか?」
自らの首を絞める発言をして、延景は大御所の宗滴に尋ねていた。
「儂は、若殿が越前を離れ、上洛されることは反対でございます。加賀の動きも怪しく、そして若狭守護の武田家も、国内で謀反が続いているようです。今は、動かない事が良いと思われます」
宗滴の発言は、一気に会議の空気を変え、部屋の中はざわつき始めた。
「北近江を通るには、例え
さっき賛成をしていた山崎家の人も、宗滴の意見に流されそうになっていた時、景鏡は大きく咳払いをした。
「山崎の人間は、臆病者だらけですな。あんな田舎で、弱小の武田の事を気にしていたら、いつまでたっても、朝倉家は越前以上の領土を拡大出来ない。ずっと、この国に閉じこもっている訳にはいけませんよね?」
景鏡は、山崎家の人を臆病者呼ばわりして、そして陰湿そうな、クスクスと笑う声が聞こえた。
「殿。上洛するついでに、若狭に侵攻しましょう。そうすれば足利家も、殿の――」
「景鏡。お前は少し黙れ」
延景にそう言われると、景鏡は大人しくなった。
「私は、帝に謁見して、これから私、孫次郎延景が、越前を統治する。それだけを報告するだけ。それ以外に何を望む?」
延景がそう言うと、宗滴の名前を呼んだ。
「宗滴様。彼女を呼んできてくれませんか?」
「承知しました」
『彼女』と言う、延景の言葉に、私は一気に心臓の音が大きくなり、そして襖がゆっくりと宗滴の手によって開かれた。
「凛殿。入れ」
「は、はい」
私は宗滴に入れられたと思ったら、すぐに襖の前に座らされ、延景とはかなり離れた場所に座らされた。部屋の中は、10人ほどの男性がいて、延景がすぐに部屋を出れるような、道のように開けられていた。そして私は、延景と相対するように座らされた。
「元気そうで、何よりだ」
私は2日ぶりに、延景と対面すると、延景は無邪気そうに笑っていた。
「昨日話した、五百年後の時代から来た者。名は朝倉凛」
私の名前を聞いた家臣たちは、一気にどよめきいた。多分、私の苗字が朝倉だからだ。朝倉家の一門だと思われているのだろう。
「朝倉と名乗っているが、父上の隠し子でもなく、一族の娘でもない」
延景がそう言うが、私を見る、家臣たちの目は変わらず、睨み続けている。この空気の飲まれ、私は呼吸すら出来ないぐらい、気圧されていた。
「凛。
延景にそう命令されると、私は体中が震え始めた。完全に、この場の空気の飲まれ、怖気ついている。
「話した方が、凛の身の為だぞ。血気盛んな家臣が、痺れを切らして、凛を斬りかかるかもしれないし、今後の話を聞いた家臣が、侮辱されたと思い、凛を斬りかかるかもしれない」
どっちを選んでも、私は斬殺される。
「凛殿~? 虚言で殿を誑かしたのですか~? もしそれが本当なら、女子供だろうが、大罪ですよ~? 磔? いいや、小屋に閉じ込め、火を放つ。焼死させる方が、簡単に大罪を償えるかもしれませんな~」
景鏡は、私の処刑方法を考え始めていた。悪役面、そしてあのウキウキしている、憎たらしい顔が、私の起爆剤になった。
「朝倉家最後の当主、朝倉義景は私よりも大きな罪を起こします。それは足利将軍家に協力しなかった事、優柔不断だった事、そして、周りに敵を作り過ぎてしまった事。そして戦国大名としての朝倉家は滅亡し、歴史の中に埋もれていき、人々の記憶から消えていく事になります。朝倉家は、知る人ぞ知る、無名にして、無能として評価されます」
元の世界に戻り方も知らないので、この時代で暮らしていくしかない。朝倉家の当主に気に入られて、何とか命拾いしたので、私はこのチャンスを生かして、この時代を生きていく事を決めた。
「信じるか信じないかは、個人の自由だ」
延景はそう言うと、宗滴とそう変わらない年齢の男性が、畳を強く叩いていた。私はびっくりして体が動いてしまったが、私以外は誰もびっくりしていなかった。
「殿。このような不届き者を、なぜ公家の者以上にもてなしているのですか? 朝倉家を混乱させるための、虚言かもしれませんし、一向宗の手先かもしれません。どうして、私たち家臣より、こんな小娘の言葉を信じるのですかっ!?」
宗滴とそう変わらないような年齢の人が、山崎家の人のようで、延景の話に立腹して、そして再び私を睨みつける。
「この者が嘘偽りを言っていないか、宗滴様に監視してもらっていた。それで宗滴様は、朝倉凛をどう評価しますか?」
延景の隣に座る宗滴は、ずっと静観していたが、延景に尋ねられると、ゆっくりと目を開け、私の方を見て、こう言った。
「特に秀でた才能は無い、力も体力もない、鍬も触れない、農民以上に何も出来ないでしょう。そのような子供が、わざわざ嘘を広めても、何も得をする事は無い、仲間を無くすような、自分の首を絞めるような行為をしないでしょう」
宗滴は、私をフォローしてくれているのか、多少私の事を貶しながら、延景にそう言った。確かに鍬、水がたっぷり入った桶も持てない。反論は出来ないので、私はジッと黙り込んでいた。
「そうですか。それでは凛に聞く。凛は、これだけ今後の事を話し、家中は真っ二つに分かれそうだ。そんな中、凛はどのような事をする?」
宗滴の話を聞いてから、今度は私の意見を聞いて来た。
私がこの時代でやる事。それは朝倉家をバッドエンドにしない事。歴史を変える事は出来ないから、朝倉家は史実通りに滅んでもらうしかない。
「朝倉家には、史実通りに滅んで欲しいと思っています。そうじゃないと、未来がおかしくなってしまいます」
「ほう。何と自分勝手な考えだ。私も流石に、凛を擁護出来ない発言だ。見てみろ、今にも
景連は、床に置いていた刀を持って、私の首を刎ねようとしていた。けど、ここで怯えたら、私は臆病者扱いされて、誰も私を認めてくれないし、話も付いてこないだろう。景連の事を気にせず、私は目を細めて、延景を睨み返すように、私はこう言った。
「けど、史実通りに滅ぼされるのは面白くない。だから抗って抗って、私の時代の教科書に名前が残るような、将来現れる武将を追い詰めた宿敵として、朝倉延景様には、朝倉家のリベンジ――500年越しの雪辱を果たしてほしいと思っています」
これが私の、この世界でやるべきの事。織田信長に攻め滅ぼされ、そして越前、福井県民の記憶から消えてしまわないよう、朝倉義景には活躍してもらって、一度でも第六天魔王と言われた信長に、ひと泡を吹かせて、そして徐々に朝倉家を没落させたい。それが私が、戦国時代でやる事だ。
「それで、凛は何をする?」
「延景様の上洛に、私も連れて行って欲しいです」
そう私は延景様にお願いしてみると、延景様は愉快そうに笑った。
「凛よ。お主はとても面白い事言うな。公家たちの二番煎じの歌を聞いているより、お主の奇天烈な動きを見ていた方が楽しいっ!」
そして延景は勢いよく立ち上がって、宗滴の方を見た。
「宗滴様。やはり貴方は凄い人です。たった二日ほどで、ここまで人を変えることを出来るのは、宗滴様ぐらいです」
「私は何もしておりません。若殿の判断が良かったのです」
宗滴は落ち着いたまま、延景にそう返答すると、延景は続けて、こう言い放った。
「予定通り、私は京に行くっ!! 奏者は使わず、堂々と帝に会い、朝倉家の力を隣国の大名に知らしめるっ!!」
延景の声明は、この場にいた家臣の士気を上げ、延景は天皇に謁見するため、京に上洛する事を決めた。
会議が終わって、私は屋敷の戻る為、宗滴の後ろを歩いていた。
「どうして、反対のはずなのに、延景様を止めなかったのですか?」
上洛は無駄だと言っていたのに、宗滴は最終的には、延景の上洛を許していた。
「凛殿がどんな風に言おうが、儂は若殿の上洛を許さなかったじゃろう。若殿が納得するまで、何日もかかろうが、説得するつもりじゃった」
そして宗滴は、夕暮れの空を見上げながら、ゆっくりと歩いていた。
「五百年越しの雪辱を果たすか。想像がつかないぐらいの先の話じゃが、凛殿のその言葉に、儂も気が変わっての」
「やっぱり、このまま朝倉家が滅亡する事は、見過ごすわけにはいきませんよね……」
「そうじゃの。しかし、この時期に上洛するのは、儂は
そして宗滴は急に立ち止まって、私にこんな提案をした。
「近いうちに、加賀の一向宗が、再び侵攻すると言う話を聞いている。凛殿、一度偵察を含め、実際の戦場に行ってみるかの?」
「わ、私、何も出来ませんよ……? 足手まといになりますし、柔道や剣道もやった事ないし、部活も文化部で――」
「凛殿が言った事は、それぐらいの責任を負わないといけない、生半可な考えで言ってはいけない言葉じゃ」
目の前で、人が殺し合い、そしてあちこちと死体が転がる光景を見ないといけない。それが戦国時代の日常だ。
「戦場に出て戦えとは言わん。戦国の世の戦が、どのような物か、一度見てみる事じゃな」
「……」
「大丈夫じゃ。儂がいる限り、どのような戦も負けんからの」
そう言って、宗滴はガハハハっと、大きく笑うのであった。
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