第5話 女子高生と一向宗侵攻

 朝倉家現当主、朝倉延景は、代替わりの挨拶として、京に上洛する事を決意。勿論、様々な課題、資金面もあり、そう簡単に行けないのが現実。無事に京に上洛できるよう、朝倉家の家臣は、会議を連日のように開催していた。


「……これが馬ですか?」

「ああ。もしかして、五百年後には――」

「いますけど、想像していた馬とは違って……」


 そして私は、宗滴の一向宗の偵察に同行するため、移動手段である、馬の乗り方を景近に教わる事になったのだが、私が想像していた、足が細く、白馬の王子様が乗っているような、大きいイメージをしていたのだが、目の前には大型犬のような、ずんぐりむっくりした馬、ポニーがいた。


「気を付けろ。馬を乗りこなすのは、極めて難しい。馬と一心同体にならなければ、すぐに振り落とされ、最悪人が死ぬ」

「こ、怖い生き物なんですね……」

「獣は、どれも恐ろしいだろ」


 そして日中は、景近の指導で、馬の乗馬を習う。朝夕は体力を付けるため、一乗谷出入口、上城戸と下城戸の往復のランニングを習慣付けた。


 そんな日々が1週間ほど続き、乗馬も大分出来るようになった日に、景近にこんな提案をされた。


「凛殿。今後、宗滴様に同行するなら、何かしらの武器を扱えないと、非常に不味いな」

「つまり、刀を握れって事ですか?」

「刀は、あまり実用的ではない。皆がよく使用する、槍か弓の扱いを覚えた方が良いだろう」


 私のイメージでは、馬に跨って、刀を振り回して戦っているイメージだったが、実際はそうでは無いようだ。なるべく犠牲者が出ないよう、遠距離で攻撃出来るように、槍で突撃して、弓、薙刀で戦うのが常識だったようだ。刀はあまり使わなかったことに、私は意外だった。


「互いに、あまり被害を出したくないのが、共通の考えだ。兵の多くは農民であり、人を多く失えば、この国の生産力を下げてしまう。だから、あまり人を失わない為、遠距離で攻撃出来る弓、間合いを取って攻撃出来る槍、薙刀が、基本的な戦術だ」


 てっきり、私は刀を振り回して、多くの犠牲者を出しながら、何としても相手に勝つと言うイメージだったが、戦国武将は意外と考えて、戦をしていたようだ。


「じゃあ、刀はいつ使うんですか? 宗滴様、町民の人たちも、普通に持ち歩いているのに……?」

「弓、槍が駄目になった時に使うぐらいだ。最終手段と思っておけばよい」


 戦国時代の刀の在り方に、私は何だか地味にショックを受けた。


「何だ? 凛殿は刀を使いたいのか?」

「500年後じゃ、昔の人は、みんな刀を使って戦っている印象なんです。あと、ゲームのキャラとして、擬人化されたり、美術品としても扱われて、国内外で人気があります」

「……そうか。……まあ、ぎじんか……? という物はともかく、美術品として扱いたくなる気持ちは分かるな。宗滴様も、刀を選ぶ際、刃紋が良いとか、反りが良いとか言っていた」


 けど、あまり刀を使わないなら、私も安全そうな弓の扱いを覚えた方が良いのだろうか。今後も戦場に出るとなるなら、もしかすると、義景の最期を救う一手にもなるかもしれない。



「景近、戦の用意をする」



 上洛の会議から戻って来た、眉間にしわを寄せた、張り詰めた表情の宗滴の言葉で、一気にこの場の空気が変わった。


「相手はどこですか?」


 穏やかな表情をしていた景近は、一気に表情を険しくして、宗滴の話を聞いた。


「加賀の国境から、千人ほどの一向宗が侵入したと言う情報が入った。一向宗の勢いは強く、溝江みぞえ殿も苦戦していると言う。儂と新左衛門殿で応戦し、撃退する」

「承知しました」


 急に、戦が始まると、景近は咄嗟にどこかに行ってしまった。ポツンと残された私、そして急ぐはずの宗滴は、急に歩くのを止めて、背中を向けたまま、私に話しかけた。


「凛殿。覚悟は、出来ておるかの?」

「……は、はい! だ、大丈夫ですっ!」

「強がるでない。足が震えておる」


 いざ戦と言う状況になったら、私は一気に怖くなった。

 一人でも多くの兵を討ち取る為、狂戦士状態になっている敵に襲われて、殺される。遠くにいても、弓矢が刺さり死ぬかもしれない。勢い付いていると言うから、もしかすると宗滴がいても、本陣まで押し寄せて、みんな討ち取られてしまうかもしれない。


「初めての戦場じゃ。怖いと思うのは当たり前じゃ。しかし、凛殿がやろうとしている事には、死人が出る、戦は避けられない。必ず通る道となる」


 宗滴に、そう言われると、私はただ俯いて、黙り込むしか出来なかった。


「儂の時は違った。初陣の時は、興奮し、前夜は眠れなかったわい」

「……それは、どうしてですか?」


 今から人を殺す行為を、どうして宗滴は楽しみだったのだろうか。私は顔を俯いたまま、そう聞いた。


「何十年前の話じゃ。鮮明な事は、もう覚えておらんが、これだけは今でも言える。どんな戦でも、儂は負けるとは思わん」


 そう言って、宗滴は大きくガハハハっと笑ってから、再び歩き始めた。


「無理強いはせん。どうするのかは、凛殿に任せる」


 宗滴も、無理はしなくても良いと言ってくれた。逃げるのは簡単だ、適当に乗馬の練習をしたい、一乗谷を観光したいと言えば、宗滴も悪くは言わないだろう。けど、それで朝倉義景をバッドエンドから救えるのだろうか。このまま何もしなければ、史実通りに信長に負けて、一乗谷は燃やされる。この美しい町を、炎に包ませたくない。



「……よしっ」


 私は、喝を入れるために、思い切り自分の頬を叩いて、目を覚ました。そしてすぐに宗滴の後を追った。


「一向宗も、普通の兵と変わらん。農民とは思わず、敵と見なせ。槍、弓も平気に使ってくる、己の身を守るためにも、具足はしっかり身につける事じゃの」

「はい」


 私がついてくると、宗滴は再び大きく笑った。





 早急に戦の準備がされて、僅か数時間で、兵も集まり、戦場に向けて朝倉軍は、昼過ぎに出発した。


 相手は、隣国の加賀の一向宗。


 阿弥陀如来あみだにょらい、お釈迦様による救済に感謝し、南無阿弥陀仏なむあみだぶつと唱えれば、誰でも極楽浄土に行くことが出来るという物。身分に関係なく、争乱が続く当時の農民、武士などあらゆる階層に受け入れられ、加賀を始めとする、北陸で勢力を拡大していた。加賀の守護大名だった富樫氏を倒し、追放。一向宗だけで、加賀を制圧。そして加賀だけではなく、隣国の越中や越前にも勢力を拡大し、門徒を増やそうと、度々越前に侵攻し、長年朝倉家は対立していた。


「もう疲れたか? まだ館を発って、そんなに経っていないが」

「……重いんですよ」


 勿論、私の馬は無いので、戦場まで歩いていく事になる。宗滴のような立派な鎧兜ではなく、頭を守るための、丈夫に作られた陣笠。体を守る胴を身につけて歩くだけでも、私はとても疲れる。私と同じ装いで平然と歩く景近、そして召集された農民の人も、顔色一つ変えずにひたすらに歩く姿に、私は感心してしまった。


「……どれぐらい歩きますか?」

「急を要しているから、半日で行く」


 具足を身に付け、ハイスピードで、一気に越前の北部、金津かなづと言う地名まで歩くらしい。戦場に着く前に、私は倒れてしまうかもしれない。


「凛殿は、ただ戦況を観察し続ける事だ。朝倉家の運命を変えたいなら、こう言った経験もするべきだと、宗滴様は仰っていた」

「景近様は、どうするんですか?」

「私は、戦線で戦う。凛殿の参考になれるよう、この槍で、一向宗を一網打尽にしてくる」


 そう言う景近だが、ずっと体は震えっぱなしだった。やっぱりどんな人でも戦は怖いと思う。宗滴が異常なのだろうと思いながら、私は何とか決戦の地、金津に到着することが出来た。


 すでに辺りは暗く、一気に倒すために、夜襲をするのかと思ったら、朝倉軍は山の中に入って行った。


 朝倉軍は、戦場に行くのではなく、少し離れた山の中腹に陣を構えていた。明かりも無く、ほとんど手探りで動き、私は景近に手を引かれながら、山を登っていた。


「そのまま突撃しないんですね……」

「阿呆か? さっきも言ったが、互いに無駄に消耗は避けたいと」


 景近に怒られた後、今回の軍の総大将、宗滴がこう言った。


「急を要するが、奇襲は仕掛けぬ。夜明けに敵をこちら側に注視させ、一気に打ち崩す」


 周りの足軽の人は、理解しているようだが、私は全く意味が分からなかった。


「矢で攻撃を仕掛け、そして槍で道を開き、一気に騎馬隊で打ち崩すって意味だ」

「なるほど……」


 景近がいなければ、私はちんぷんかんぷんだった。


「凛殿。私は戦線に行くから、凛殿の面倒を見られない。だから、宗滴様の家臣にお願いしておいた」


 そう景近が言い終えた後、私の背後から肩を叩かれた。


「三郎二郎殿が、凛殿の警備に当たる。あまり困らせないようにな」


 陣笠を被った、教育番組の歌うお兄さんのような、三郎二郎と言う年上の人が、私の面倒を見てくれるようだ。

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