第6話 女子高生と、合戦の作法

 突如として、加賀の一向宗が越前に侵攻。越前の北部、金津で構えている溝江家だが、一向宗が勢い付いているせいで、城で籠城を余儀なくされているという状況だ。


「まもなく始まる」


 夜が明け、私と三郎二郎は、朝倉軍とは別行動し、かなり後方の方で、合戦の行く末を見届けることにした。


「いきなり衝突はしないんですね……」

「戦にも作法があるんだ。野蛮に突然、敵を襲いはしないし、どうしても負けられないぐらいの戦の時しか、奇襲はしないな」


 溝江家が立てこもり、一向宗が取り囲んでいる居城の近くに付くと、総大将の一人である、山崎新左衛門が馬に乗って、軍の中から出てきて、そして大きな声で、こう言った。


「加賀国からの侵略者共っ!!! いつまで我が領土、越前の領土を欲するっ!! 何度も返り討ちにしても分からぬかっ!? この阿呆共っ!!!」


 わざわざ援軍が来たこと、敵が来たことを知らせるような、辺りに響くような声で、新左衛門は一向宗を挑発していた。


「凛。軍には作法があると言った。今回は急だったから、行っていなことがある。まずは出陣式を行って、戦に勝てるよう、縁起物を食べ、勝利を祈願する」

「あ、それは聞いたことがあります。あわび、栗、昆布を食べるって物ですよね?」

「そうだ」


 縁起を担ぐため、それらを食べて酒を飲む。他は北向きに防具を付けてはいけない、吉凶の占いをしてから出陣するとか、戦国時代の武将は、かなり運勢を気にしていたらしい。


「そして陣を構え、まずは敵側を悪く言う。それで自軍の士気を高めてから、合戦が始める矢合わせを行う」


 新左衛門に悪く言われた一向宗は、南無阿弥陀仏と書かれた幟を掲げて、白を包囲することを止め、ぞろぞろとこちらにやって来ると、矢を持った兵士が、一斉に矢を放っていた。


「おいおい。千人どころじゃないな。三千人ぐらいはいる」


 千人だと聞いていたのに、こちらに向かってくる一向宗は、たくさんやって来る。もしかすると、夜のうちに更に一向宗に加担する人が集まったのかもしれない。


「名門朝倉家の、弓術を見くびってはいけないぞ。足軽だろうが、様々な武術に優れている」


 前方にいた人たちは、朝倉軍の矢に命中し、バタバタと血を流して倒れて行くが、数はあまり減らない様子。三郎二郎が言う通りに、向こうは予想以上の人がいるようだ。


「……っ」

「辛いか?」


 私がいた世界では、あってはいけない光景。けどここは戦国時代。多くの人が血を流し、亡くなっていた時代だ。創作物で血を流す光景は見られるけど、簡単な防具しか身に付けていない、一向宗の人たちが胸や足、頭部に矢が刺さり、血を噴き出して倒れていく光景は、私は目を逸らしたくなる、胸が苦しくなる、辛い光景だ。


「辛くても、戦国の世をを生きる人は、この光景を見ないといけない。人が血を流して、倒れる姿を見慣れてはいけない。だから自分たちは、この光景をすぐに無くせるよう、俺たちは戦っていかないといけないんだ」


 私は、朝倉義景のバッドエンドを回避する事。それを達成するには、合戦の光景は絶対に見ないといけないし、史実通りにするには、信長との合戦も見ないといけない。


「矢で陣形を少し崩したら、今度は総大将がいるであろう、道を開くために、槍を持って突撃する」


 こちらは槍や薙刀を持って突撃していくが、一向宗は鍬や鎌など。農具で戦っている人が多く、兵士が持つ槍を持つ人は、限られていた。


「三郎二郎様は、この戦をどう思っているんですか?」

「勝つ」


 ずっと余裕層に静観している三郎二郎に、今回の一向宗の鎮圧の行方を聞くと、はっきりと勝つと言った。


「相手が一向宗だからと言う理由ではない。だが、この戦は絶対に負けない。その理由は、凛には分かるか?」

「宗滴様、いるからですか?」


 私がそう聞くと、三郎二郎は大きく頷いた。


「だって見てみろ。こちらの総大将が、馬に跨って、鬼神のように一向宗に突っ込んでいく。ああ言った行動は、こちらの士気を一気に上げて、一向宗よりも勢い付かせることが出来る」


 足軽を率いるように、甲冑を身に纏った宗滴が、槍を使い、そしてバタバタと一向宗を倒していった。


「御年七十一歳が、普通は敵陣に突っ込まない。そもそも総大将が、敵陣に突っ込む時点で、討ち取ってくださいと言っているような物だ。だが宗滴様は死を恐れず、一向宗を鎮圧させるため、悪鬼羅刹の如く戦う。このような武将は、そう簡単に現れる事は無いだろう」


 宗滴は、初陣の時は、負ける気がしなかったと言う。その思いが、今でも残り続けて、そして朝倉家の軍神と呼ばれるまで、宗滴は朝倉家に無くてはならない存在になった。


「宗滴様を見ていると、負ける気がしないだろ?」


 三郎二郎がそう聞くと、私も大きく頷いた。宗滴の動きよって、一向宗は一気に崩れ、そして山崎新左衛門も続き、朝倉軍の兵士は、一気に一向宗と衝突し、槍で攻撃してチャンバラのような光景が続いた後、最終的には、取っ組み合いの喧嘩のような、乱戦状態になった。





 合戦は、宗滴が撤収と言う合図をするまで続いた。途中で籠城していた溝江家が、一向宗を挟み撃ちにして、1時間も経たずに決着がついた。


「……こんなお爺ちゃん……私と変わらない男の人も」


 戦場では、多くの遺体が倒れていた。朝倉軍の人もいるが、ほとんどが一向宗の人で、歳なんて関係なく、槍で突き刺され、抉られて、臓物が飛び出していたり、体の一部が欠損して倒れていたりと、改めて戦争の過酷さ、悲惨さを知った。


「どうじゃ? 人の死を目の当たりにする光景を見て、凛殿は思う所があるかの?」


 私は、三郎二郎と共に、一向宗の人がたくさん横になっている、数時間前までは、合戦のど真ん中だった場所に立っていたら、宗滴が馬に乗って現れた。


「どうして、一向宗の人は戦っているのですか?」

「そこに落ちておる、『南無阿弥陀仏』の意味を知っておるかの?」


 一向宗の人は、南無阿弥陀仏と書かれた幟を掲げて、戦っていた。現在では、仏壇や、故人を想う時に発する言葉だが、この時代では唱え方が違うようだ。


「お釈迦様に、助けを求めているんですよね」

「南無阿弥陀仏と唱え、仏に身を任せれば、全ての人、例え悪人でも、極楽浄土に行くが出来る。つまりの、この時代への反抗、神仏に助けを求め、この者たちは戦っておるのじゃ」


 宗滴の話を聞いて、私は何も言えなくなってしまう。よく見たら、女性の姿もあった。いつまでたっても終わらない戦国の世に、この人たちは仏様に助けを求めるために、このような戦いを続けているのかもしれない。


長逸ながやす殿。今回の侵攻は、また蓮淳れんじゅんの仕業か?」


 宗滴の横にいた、若い関取のような、中肉中背の男性が、溝江家の当主、溝江長逸らしく、今回の侵攻について尋ねていた。


「いいえ。蓮淳の目撃情報は無く、ただの一向宗の宗徒を増やそうとした、単独の行動だと思われます」

「そうか。とりあえず、首実検は実施する。主犯者だと思われる物の首を探し出せ」

「承知しました」


 そして今回の一向宗の侵攻は、朝倉家が無事鎮圧して、朝倉家に大きな損害はなく、数名を討ち取ったと言う景近とも無事合流して、私たちは首実検や、今回の戦で亡くなった者の塚を作り、朝倉軍は一乗谷に帰還した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る