第7話 女子高生、京へ行く

 残暑がまだ厳しい時期に、遂に延景が、京にいる天皇に、代替わりの挨拶をするため上洛する。


「越前の事、宗滴様に任せます」


 朝倉館前で、延景は出陣式のような事をして、宗滴に越前の事を託していた。


「この命に代えましても、この国を守ります」


 宗滴は深々と頭を下げる。宗滴は、油断の出来ない、一向宗を監視するために一乗谷に残る。今回の上洛は、数十名しか連れて行かない、規模も小さく、目立たないように上洛を果たすようだ。


「それでは我々は、京に赴き、帝に挨拶をしてくるっ!!」


 そう高らかに延景は宣言した後、延景一行は、一乗谷から出発した。


「凛。お主、しっかりと馬に乗りこなせているな」

「景近さまのおかげです」


 すっかり乗馬出来るようになった私は、今回の上洛に同行する事になった。延景に褒められ、上機嫌になっていると。


「殿の足を引っ張るな。小娘は黙って後方を歩け」


 私の事を認めていないのか、朝倉家一門衆、朝倉景連あさくらかげつらが嫌味を言って来た。まだ初めて出た会議での、私の発言が気に入らないのだろう。


「あのおっさんの話なんて気にするな。だが、あんまりのんびりしていると、本当に凛を置いて行ってしまうからな」


 延景は軽快に馬を走らせ、そしてその行動を見た景連は、延景の後を追うように、すぐに馬を走らせていった。


「元気だな。孫次郎様は」


 私の近くを歩いて、延景の行動を見守っているおじさんみたいな人は、朝倉家家臣であって、朝倉一門の次ぐらいに権力を持つ、河合かわい吉統よしむね。度々京への奏者の役目も果たしているようで、今回の上洛も、吉統が一役買っている。


「天は我らを味方にしている。のんびりと風景を見ながら行きたい物だが、孫次郎様の言う通り、あまりのんびりとしていられない。休みながら行くが、はぐれないようにな」

「はい!」


 乗馬が出来るようになったと言っても、まだまだ経験は浅く、延景のように軽快に馬を走らせることは出来ない。吉統の言う通り、私も置いて行かれないように、必死になって延景の後をついて行った。




 一乗谷を出て、そしてしばらくは山間部を歩き、ようやく敦賀つるがに着く。敦賀辺りを管理している、朝倉家一門、朝倉景紀あさくらかげただに挨拶してから、すぐに敦賀を発つ。

 再び山を越えると、今度は日本最大の湖、琵琶湖が見え始める。琵琶湖が見えるという事は、つまり隣国の近江国に入り、朝倉家の領地ではない、敵の領地に入っているという事だ。


「吉統。浅井、細川家には許可は得ているのだろ?」

「勿論でございます。浅井は快諾、細川は殿と会談を望んでいます」

「そうか。ま、時間があったら、細川の話し相手ぐらいなってやろう」


 琵琶湖を眺めながら、延景は再び馬を走らせ、西近江路を通って、京を目指す。途中休みながら、そして日も跨いで2日ぐらいだろうか。


「着いたか。これはまた、我が土地より荒廃している。公家たちが、我が土地に逃げ出す訳だ」


 私も、延景の意見に同感だ。応仁の乱が終わって何十年も経つが、煌びやかだと思っていた京は、復興している最中で、家の組立、瘦せ細った町民が、疲弊した顔でとぼとぼと歩いていた。


「今は、細川右京大夫殿が、足利将軍家を支えていますが、三好筑前守長慶がずっと上洛を狙って、いつ戦が起きてもおかしくない、不安定な状況です」

「そうか。それなら尚更細川とは、話す時間は設けられないな」


 吉統の話を聞いた延景は、馬から降りて、一人で勝手に京の町を歩きだした。


「帝には、話は通してあるんだろ? 三好に気付かれないうちに、さっさと帝に謁見する」

「孫次郎様。三好も馬鹿ではありません。秘密裏に動いていましたが、きっと孫次郎様の極秘の上洛は、勘付かれていると思われています」

「凛。私と来い」


 延景は、私の手首を掴んで、勝手に京の町を歩きだした。


「私の考え、名門の家来なら分かるはずだ」


 延景はそう言って、私の歩くスピードと合わせて歩いていた。


「凛。未来の京は、どうなっているんだ?」


 どうやら、町民のふりをして御所に向かうらしい。それを察した吉統、景連などの家臣は、距離を取って、私たちの後を付けていた。


「前にも少し言いましたけど、未来では京都って名前になって、天皇――帝は私が住んでいる町、東京にいて――」

「そうじゃないな。京の街並みはどうなってる?」

「町は復興して、たくさんの寺、神社などが世界に認められて、世界遺産に登録されています」

「そうか。あの塔もそうか?」


 遠くに見えるのは、東寺の五重塔だろうか。


「はい。現代では、世界の誇りの建物です」

「そうか」


 延景が少しだけ笑いながら、私たちは大きな門がある場所に到着した。


「朝倉孫次郎延景。主上様に、越前国を統治する朝倉家が代替わりし、新たに当主となった孫次郎が挨拶に参りました」


 一国を治める大名が、門番の人にも拘らず、地べたにひれ伏して、そう挨拶をしていたので、私もすかさず延景と同じような体勢をした。これをやらなければ、私は打ち首だろう。


「横の女は?」


 当然、現代の衣装のママの私の姿を見て、門番の人は怪しんでいる。


「主上様もお気に召す、私の家臣であります」

「朝倉殿の正室か? それとも女が嗣子ししと言うのか?」

「滅相もありません。この家臣、未だ治まらぬ、戦国の世を終わらせる方法を知る、たった一つの希望でございます」


 延景は、私の事過大評価し、そして大分話を盛っていた。


「内大臣様をお呼びする」


 延景の話を聞いた門番の人は、私の姿を見て不思議そうに首を傾げていたが、内大臣に就く人を呼びに行ってしまった。けど延景と私は、ずっと地面にひれ伏したままの体勢を続けた。


「凛。あの日の会議のように、散々朝倉家を罵れ」

「……良いんですか?」

「私は、あの凛の姿を見て、今回の上洛の意を固めた。すべて正直に答えなくても良い。ただ内大臣様に聞かれたことを、凛は素直に答えてほしい」

「分かりました」


 そう会話をした後、私たちの前に細身の、平安貴族のような装束を纏った男が立っていた。


「これはこれは、遥々越前からお越しいただき、感謝します。帝様に会う前に、私とお話しする時間はありますか?」


 現代の舞妓さんのような、独特なイントネーションは、当時の京では主流だったのだろう。けど令和から来た人間だと、この話し方は違和感があり、古臭く感じる。


「ええ。せっかくですから、内大臣がててくれませんか? 京の公家がもてなす、茶を飲みたい気分ですよ」

「田舎者のくせに生意気な口ですね。まあ良いでしょう、名門、戦国武将と仲良くするのは、こちらとしては嬉しい事ですから」


 私と延景は、内大臣の後に付いて行き、京都御所の中に足を踏み入れた。


「朝倉殿は、勿論、現在の内大臣の名を知っているでしょう?」

近衛このえ殿。いつも家臣の河合から話を伺っています」

「田舎でも、名門となれば情報は早く行くもんなんですね。初対面に名を呼ばれるのも悪くないですねえ」


 上機嫌になっている内大臣は、急に立ち止まって、私の方を見た。


「南蛮人の女子ですか? 南蛮人と話すのは、私も初めてです」

「私も、公家の人と話すのは初めてです。けど私は日本人です。朝倉凛って言います」

「凛……? 聞きなじみの無い、変わった名前ですね」


 当時の人からすると、私の名前は変わっていると思われるらしい。


「内大臣様。もし、名門の朝倉家が数十年後に滅亡すると言ったら、どう考えますか?」


 勇気を振り絞って、私は思いっきり内大臣に尋ねてみる。


「戦国の世ですからね。滅ぶ可能性は無いとは、言いきれませんねえ。どこかの小大名に滅ぼされるんじゃないのですか?」

「私は、朝倉家が滅んで欲しいと思っています。そうじゃないと、私の世界が変わってしまう。けど他に武将に攻められ、自刃に追い込まれる最悪な結末を避けるために、私は延景様と共に行動しています」


 そう言うと、内大臣は首をゆっくり頷かせていた。


「貴方は、何がしたいんですか?」

「美しい一乗谷を、火の海にしたくない。応仁の時の京みたいに、すべてを失いたくない、そうならないよう、内大臣様にも力添えが欲しいと思っています」


 そんな思いを伝えると、内大臣はニヤリと笑った。


「こんな面白い子、細川に教えるわけにはいけませんねえ。これから朝倉殿と皇族が友好でいたいなら、詳しく、朝倉殿の聞かせてくれますか?」


 何とか内大臣に、私の事を興味持ってくれたようなので、私たちは御所の一つの屋敷の中に案内された。

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