第8話 女子高生と、幻の太刀
内大臣、
「貴方は、五百年後から来たのですか。そんな不可解な事、起きるんですねえ」
「そうみたいですね……。私もびっくりしています」
内大臣がお茶を点てる事は無かったが、内大臣の侍従、
「作法なんて気にしてません。好きなように飲んでください」
茶道の知識は全くない。お茶碗を回してから飲むぐらいの、にわかの知識しかないので、とりあえず正座だけはして、なるべく音を立てないよう、ゆっくりと飲んだ。
「凛。景鏡に破られた物以外に、何かあるか?」
「はい。一応……」
延景は、写真を内大臣に見せるようにと、私に指示した。
私がタイムスリップの時に持ち込んだ物。チェキだけではなく、実はスマホも持ってきていた。もちろん電波が無く、充電、通話、ネットで検索することは出来ないので、日頃は電池を消耗しないよう、電源を切っている。いざという時に、私はスマホを大事に持っている。
「それは何ですか?」
内大臣が、目を細め、私のスマホに興味を持ったので、私は少しだけ鼻を高くして話す。
「スマートフォンって言って、これだけで遠くの人と話す事も出来ますし、本も読めたり、遊び、写真、動画撮影も出来る。私の世界、令和では必需品となっています」
「それがあれば、侍従は必要じゃなくなるって事ですか? 久我がいると言うのに、よくもまあ、そんな説明できますねえ」
内大臣には、時々皮肉を言われる。
「そうですね……。例えば、500年後の料理とか……どうでしょうか……?」
福井に行く前に、私は友達と食べに行った、カヌレの写真を見せた。
「何ですか? 饅頭としては、形が違い過ぎますね」
「カヌレって言って、フランス――異国から入って来たお菓子で、甘さの中に、ほんのり苦みがあって、外側はカリッとしていて、中はモチっとしています」
カヌレの次は、家近くにある、東京スカイツリーの写真を見せた。
「高さは634メートル。日本で一番高い、電波塔です」
「でんぱ……塔……? 高さもよく分かりませんが、すごく高いですねえ」
スカイツリーには、内大臣は今日で一番、興味を示していた。
「そして、500年後の一乗谷です」
私は、チェキで撮る前に、スマホで撮った一乗谷の唐門の写真を、内大臣に見せた。青く映える草木、そしてポツンと佇む唐門。周りにはほとんど何もないが、私はこの風景が好きだ。
「周りは、今のような屋敷、煌びやかさはありません。朝倉氏が滅んで以降、ずっと地面に埋もれていました。最近になって、一乗谷は発掘され、当時の街並みを復元した建物があり、朝倉氏の栄華、歴史を紹介する博物館も出来て、観光名所になりつつあります」
「それで貴方は、朝倉家の滅亡を望んでいる。後世の民のため、一乗の地を名所にしたい、貴方一人の意見だけで、朝倉殿の滅亡を望む。それは自分勝手、我儘と言った方が良いでしょうねえ」
「確かに、我儘かもしれません」
私の大好きな一乗谷の景観は、朝倉氏が滅亡しないと成立しない。朝倉氏が織田信長に滅ぼされない未来を変えてしまったら、私がいた現代には、戻らないだろう。
「けど、ある武将が現れたことによって、長く続いている戦国の世を終わらせられた。私、延景様には無いカリスマ性を持っていて、将来、100年以上争いが無い、平和な日本を作り上げた。それでその武将を倒してしまったら、今の日本が変わってしまいます」
「それだったら、貴方がいる意味は?」
「朝倉家最後の当主、朝倉義景はその武将を自害寸前まで追い詰めたとして、後世に名が残っています。ただ滅んでいくだけではなく、とにかく抵抗して、その武将が血涙を流して悔しがるぐらい、最大限の悪足掻きをして滅亡する。それが私のやりたい事、朝倉家にいる意味です」
私はそういうと、延景はニヤリと笑い、そして内大臣も愉快そうに大きな声で笑った。
「お気に召しましたか?」
「ええ。こんな面白い娘、私たちだけの秘密にしておきたいですね。この者を公にしたら、武将同士の取り合い、乱世が長引いてしまうでしょう」
「ええ。なので、凛のことはご内密でお願いします」
「分かっていますよ」
とりあえず、私の事は内大臣に気に入られたようだ。公家と親しい関係を持てたら、朝倉家の人たちも、とりあえず安心出来るのだろう。
「良いでしょう。朝倉殿は、帝様を楽しませる実力がありますねえ。ですが、これだけは言っておきますよ。帝様は、とても清廉な方。あまりおかしな事ばかり言うと、気を悪くしますねえ」
「ご忠告ありがとうございます」
延景が内大臣に深く頭を下げる。これで延景がやりたかった、天皇への代替わりの挨拶が出来るようだ。
「朝倉殿は、久我に案内させます。それでもう一人の朝倉殿は、もっと私と話をしませんか?」
内大臣は、私と会話を続ける気のようだ。
「凛。近衞殿に変なことをされたら、斬ればいいからな」
「逆じゃありませんか? この者があまりにも失礼なことを言ったら、私の方が斬ってしまいそうです」
延景は、内大臣と私を二人きりにさせるのが心配なようで、私に延景が所持していた短剣を投げ渡した。
「朝倉殿。近衞と話す時に、腰刀を帯刀しているなんて、失礼じゃありませんか?」
「失礼も何も、武士として、どんな身分の人であろうと、警戒するのは当たり前ですよ。けど安心してください。凛に腰刀を渡しておけば、帝様を襲う心配はありませんからね」
延景がヘラヘラと笑いながら、侍従の久我に案内され、部屋を出ていった。
「さて。ようやく二人きりになれましたね」
「そうですね……」
内大臣の発言に、私は警戒する。腰刀を握りしめて、私はいつでも反撃出来るよう、身構えていた。
「五百年後でしたか。その様子だと、刀や農具すら持った事がない。違いますか?」
「はい。現代の令和では、武器を持っていたら捕まります。農業だって、一部の人しかやっていません」
「そうですか。ですが朝倉殿。全国に蔓延る大名に対抗していくなら、貴方も強くならないといけない。そう思いませんか?」
その通りなので、私はゆっくりと頷いた。
「戦を経験した事は?」
「以前に、加賀の一向宗の鎮圧を見ました」
「そう言えば、加賀の民と朝倉家は因縁の相手でしたねえ」
そして内大臣は、延景が渡してくれた腰刀を見つめてから、私の顔を見ながらこう言った。
「古来から、日本人は剣技を鍛錬します。それは、どのような場面でも活躍出来るからですねえ。朝倉殿が行おうとしていることは、憎まれ、恨まれる事でしょう。いつ刺客に襲われ、自己防衛出来るよう、その腰刀を扱えるようになった方がいいですねえ」
内大臣は、私の計画を応援してくれる様子だ。
「頑張ります」
「良い返事ですねえ。私、そのような田舎者の頑張る姿、嫌いじゃないですねえ」
上機嫌なままの内大臣は、部屋を出ていってしまった。部屋に一人きりにされてしまった私は、何をすればいいのかと、部屋の中をキョロキョロと見渡していると、内大臣は刀を持って戻ってきた。
「これを朝倉殿にあげましょう」
「……その刀をですか?」
「そうですよ。吉光がこれしか振らなかったと言われる、とても珍しい太刀。これが似合う人に、朝倉殿はなってくださいねえ」
内大臣に太刀を譲り受けた私は、これを機に、太刀をしっかり扱えるような、朝倉家の一門衆に入ってやろうと思った。
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