天文18年

第9話 女子高生と、前波吉継

 

 延景が京に上洛し、無事天皇に報告を終え、一年程経った。


 内大臣に刀を譲り受けた後、私は、宗滴に京への上洛であったことを話した。剣術を磨くことを理解してくれた宗滴は、私に稽古をつけてもらい、そして乗馬の練習の時みたいに、景近も付き合ってくれた。

 そして宗滴の紹介で、武術に長けているという、富田とだ五郎左衛門という人に、剣術を教えてもらうことになった。


「凛殿。イエ……何とか会って、知っているか?」


 宗滴の屋敷の庭で、私は瞑想していると、景近にそんなことを聞かれた。


「薩摩に、異国の者がやって来たらしい。神は偉大だとか、まり……あ……とか? 意味不明な言葉を叫んでいるとか。凛殿、聞き覚えはないか?」

「あ、もしかして、イエズス会ですか?」

「ああ。それだ。吉統様がそう言っていた」


 この時代のイエズス会、つまりキリスト教が日本に入ってきたようだ。そして何と言っても、教科書では絶対名前が記載され、特徴的な肖像画も載っている、フランシスコ・ザビエル。あの有名人と、私は同じ時間をいると思うと、少しだけ嬉しく思えた。


「それは、この地に招き入れても良い物なのか?」


 歴史上、大友宗麟、小西行長など、キリシタン大名が出てくるぐらい、日本中に広がっていく。しかし、日本の植民地化を恐れた豊臣政権、徳川幕府が徹底的に弾圧してしまったので、現在では少数の人しかキリスト教を信仰していない。


「私からは何も言えないです。史実では、朝倉家がキリスト教と関わった話は聞いた事ないですし、鹿児島――じゃなくて、遠い薩摩なら、無理して関わらなくても良いと思いますよ」

「そうか。そう見たいですよ、孫次郎様」


 景近が、急に延景の名前を言ったので、私は驚いて、景近の方を見ると、ヘラヘラと笑う延景が胡座をかいていた。


「異国の教徒か。確かに気にならないと言えば、嘘になるな」

「招き入れるのですか?」


 景近がそう尋ねると、延景は首を横に振った。


「入れるはずがないだろ。生憎、どっかの国の、よく分からない神にすがらないといけないような、この国は落ちぶれていない」


 延景は、キリスト教には興味を示さなかった。


「だけどな、そう言った物は、すぐに把握しないといけないからな。吉統の家臣を数名、薩摩に派遣した」

「大丈夫なんですか?」

「気になる事を、矛盾したことでも言っておけば、すぐに質問しろって言っておいた」

「それって一層のこと、信者になったりしませんか?」


 話を理解しなければ、疑問なんて生まれてこない。だから、上手く丸め込まれてしまったら、朝倉家にキリシタンが誕生してしまうかもしれない。


「ならない。何故なら、仏教、神道の方が優秀で、日本人に合っているからだ」

「そう……何でしょうかね……?」

「そうじゃなければ、一向宗なんて組織は出来ていない」


 延景の言葉に、私も妙に納得してしまい、何も意見する事は無かった。






『心と体の動作に少しも滞る事無く、流水の如く、自然に相手より接近し、一撃で倒す事で、私の教えは本領発揮する』


 剣術を習っている、富田五郎左衛門には、それを基に教えてもらっている。華麗に動き、一撃に仕留めるには、やはり基礎体力と瞬発力、甲冑を身に纏った男の体を切り落とせるような、力もいると言われた。


「精が出るな。糞じじいの所の女」


 早朝、日課にしている一乗谷のランニングをしていると、横から声をかけられた。


「お前、殿にも気に入られているようだな」


 この男性は、宗滴を嫌っていて、家臣の中でも一匹狼的な存在――


「――っ!」

「おっと。腰刀も持っているのか。あのじじい、変な事を教えてくれる」


 急に大きめの石を投げてきたので、私は咄嗟に腰刀で石の軌道をずらして、体のどこかに直撃することを防いだ。


「私、吉継様に失礼なことをしましたか?」

「今したな? いみなを気安く呼ぶんじゃねえ」


 この男性は、前波吉継まえばよしつぐ。30歳ぐらいの人なのだが、高校にいる喧嘩番長のように、常にイライラしている。さらに機嫌が悪いと、たとえ朝倉家の一門衆でも喧嘩する、かなり面倒くさい人だ。


「それで、何のようですか?」

「俺は後輩想いで優しいんだ。この言葉を教えておこうと思ってな」

「……」

「出る杭は打たれるってな」


 そして吉継は、物陰に忍ばせていた、数人の家来を呼び、私を取り囲んだ。


「俺は、これ以上じじいみたいな人間を増やしたくない。俺の侍従になると――」


 富田五郎左衛門の教えを、完璧に理解していない。そう簡単に剣術が身につくとは思っていないし、武将である前波吉継に勝てるはずない――いや、そう躊躇うのもダメだと言われた。


「イキるの、そろそろやめませんか?」


 腰刀で、吉継の眉間に当たる寸前で止めた。


「私、宗滴様の代わり、後継者になろうと考えていません。私は、ただ朝倉家を最悪な結末にしない、けど滅亡させるために動いているだけですから」


 そう言って、私は中断されていたランニングを再開しようとしたが、吉継の追撃は止まらなかった。


「まだ人を斬る覚悟は無いようだな」


 吉継の家来は、道に転がっていた石を私に向けて投げてきた。


「きゃっ!!」


 一つの石が、私の肩に命中する。


「糞じじいに指南してもらっているんじゃないのか?」


 そんなの、全方向から無数の石を投げられたら、すべて避ける事なんて出来ない。そもそも、まだまだ剣技を習い始めたばかりで、まだまだ半人前。すぐにボロが出て、段々と腰刀で軌道を変えるのが困難になってきた。


「敵と見なしたら、容赦なく殺すつもりで動けよなっ!! 戦国の世は、強い者に付いてこそ、生き延びれるんだよっ!!」


 そして吉継が投げた石が、私の手に命中して、腰刀を落とされてしまった。


「睨めよ。憎めよ。そんで俺を斬ってみろよ」


 煽られているのは分かっている。そして内輪揉めなんかしたら、私の方が悪くなり、打ち首確定になる。


 斬ってはいけない、斬ってはいけない、斬ってはいけない。そう思っても、体中を痛めつけ、私を見下すような顔されたら、私は怒りに身を任せてしまい、本当に吉継を斬ってしまうだろう。


「何だよ。我慢は毒だぞ」

「……斬らない。……私の目的を妨害する人だけ……容赦なく斬る」

「それだと、俺は対象になるよな? 俺、お前の目的を妨害しようとしているぞ」


 そうだけど、ここで斬ってしまったら、私だけじゃなくて、朝倉家全体がバッドエンドになる。


「おいおい。威勢を張るのは良くない。体が震えっぱなし。人を斬る事に怯えている」


 吉継の煽り文句に、堪えないといけない……。堪えないと……。


「糞じじい。あれだけ威張っているくせに、人を教えるのは下手くそなんだな。あーあ、お前が哀れだ――」


 プツンと、頭の中で堪忍袋の緒が切れた音がした。さっきは寸止めしたけど、今回は吉継の額をかち割るつもりで斬ろうとした時だった。



「まだまだ、鍛錬が足りない」



 私が正気に戻った時には、長髪の男性が突然が横に立っていて、腰刀を持っていた手首を掴んで、制止されていた。


「感情に流されてしまっては、戦では生き残れん。猛省するべき」


 宗滴に連れられて、たまに会議に出席していた。その際、何度か顔を合わしているので、この男性の名前は分かる。延景だけじゃなく、宗滴にもかなり信頼されている前波吉継の兄、前波景当まえばかげまさだ。


「吉継。お前は本当に哀れだ。前波家――いや、朝倉家家臣の恥だ」


 実弟でも、景当は吉継を容赦なく叱る。けど吉継は悪びれた様子もなく、景当に持っていた石を投げていた。


「目障りな奴がいたら、早いうちに芽を摘んだ方が良いだろ?」

「どちらかと言うと、お前の方が目障り。早朝のこの地に、下品な笑い声が響くのは、何とも不愉快。そして日課である、私の鍛錬の時間を妨害してくれたことに、私は無性に腹を立てている」

「父上と一緒で、お前も口うるさいんだよ。どうせ俺は跡継ぎにはなれないから、どんな事をしたって許される。生意気な奴を潰しても、お咎め無しになれるんだよ」

「お前の行動で、前波家の経歴に傷が付く。それは考えないのか?」

「あーあー。うるせえなー。気分悪いから、帰って寝る」


 吉継は家来を招集させ、屋敷の塀を蹴って八つ当たりしながら、日が昇り始めた一乗谷の町を歩いて、どこかに行ってしまった。


「す、すみませんでした」

「……」


 そして景当も、私に返答する事無く、この場を離れると思いきや。


「朝倉凛。感情で動くのは良くない。改善する点だが、朝倉家の為に動けることは、これからも誇れ」


 景当のその言葉を聞いて、私は景当に向けて、深く頭を下げた。

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