第10話 女子高生と、鷹狩

 

 私は変わらず、宗滴の元に付いている。


 宗滴は私、景近以外にも家臣がいて、他の家臣のやりとり、国外から来る上杉、美濃の斉藤家などの使者の会談、越前の地を転々として、視察や農民の声を聞いたりと、延景以上に働いている。延景も勿論動いているが、主に一乗谷に逃れてきている公家の接待をメインにしていて、周りからだと宗滴にすべてを任せて、当主は遊んでいると思われているだろう。


「宗滴様は、今日は、お休みなんですか?」


 昼間はとても暑いのに、朝晩は涼しい。そして今日は一段と冷え込んだ早朝、私は日課のランニングをする時、庭先で鷹の様子を確認している、宗滴がいた。


「武将に休みは無い。どこかで戦が起これば、すぐに向かわんといかんし、常に待機という状況じゃ」


 何もない時ぐらいは休んでもいいのではと思いながらも、私は宗滴の横に立って、じっとこちらを見ている鷹とにらめっこした。


「鷹狩用の鷹ですよね?」

「ああ」


 宗滴は、屋敷の庭に鷹の巣箱、庭籠にわこで5羽の鷹を飼っている。そして育て、交配させて、人工繁殖をしていると言う、とても珍しい事をしているようだ。


「可愛いですね」

「そうじゃろ。こやつは、中々優秀での。たくさん獲ってくるわい」


 宗滴は、我が子を愛でるように頭を撫でていて、そして私が鷹を褒めると、宗滴はすごく嬉しそうだった。


 戦国時代の娯楽だった鷹狩。


 宗滴だけじゃなく、景鏡や山崎新左衛門など、一門衆や家臣たちも鷹狩を楽しんで、日中どこかに行っている時がある。現在で言うと、社会人がやっている接待ゴルフみたいな物なのだが、当主の延景が鷹狩に行った話は聞いたことが無い。


「凛殿も同行するかの? 今日は、儂と新左衛門、溝江殿と行う予定なのじゃが」

「良いんですか?」

「勿論じゃ。合戦と同じく、一度見ておくと良いの」


 ずっと剣技の鍛錬をしていたので、私もたまには息抜きしても良いだろう。そう思って、今日の予定は宗滴と鷹狩に行く事になった。





 私たちは、去年一向宗と戦った、金津という場所にやって来た。あの場所とは違う場所、竹藪が広がっている場所で、鷹狩を行うらしい。


「結構大掛かりでやるんですね……」


 今から奇襲でも始まるのではと思うぐらい、20人ほどの人が集まっていた。犬を連れている人、私のように馬に乗っている人など、少人数でやると思っていた。


「鷹は賢いからの。手懐けていても、言う事を聞かない事もあるし、獲物を取ったからと言って、儂の元に戻って来る事は無い。自ら鷹と合流し、獲った獲物を引き渡してもらわんといけない、皆と一心同体にならんと行けない、云わば戦と同じ、軍事訓練にもなる」


 鷹を放って、勝手に獲物を獲って戻って来るだけかと思ったら、意外と原始的なやり方でやるらしい。イメージとはかけ離れていて、少し残念な気分だ。


「まあ、付いてきなさい」


 腕に鷹を乗せた宗滴の後に付いて行く。宗滴の横には、新左衛門と一向宗と戦った堀江長逸がいて、新左衛門だけが鷹を乗せていて、長逸は宗滴たちの話し相手になっていた。


「凛殿。流石に、簡単には根を上げなくなったのう」

「はい。ずっと走っていますから」


 一乗谷の山城に登った時より、確実に体力は付いている。虫刺されは気になるが、足元が悪い、藪の中では、そう簡単に息が上がらなくなり、悠々と歩くことが出来ていた。


「……けど、ずっとこんな感じなのでしょうか?」

「そうじゃ。勢子せこの者が見つけるまで、儂たちはずっと探し回るだけじゃの」

「……あの勢子って?」

「獲物を見つけ、追い詰める役目の者を指す」


 どこにいるか分からない獲物を、人の目や犬を使って探し出す。正直に思うと、私は鷹狩の何が面白いのか、分からなかった。



 藪の中を歩き続けて、数時間。



「宗滴殿。何度かここでしていますから、我々が獲り過ぎてしまったかもしれませんな」

「新左衛門殿。それだと困るが、言い換えれば、儂らの腕が良いという事じゃの」


 かなり探し回っているが、野ネズミ、狸、鹿すら見つかっていない。最近、朝晩は冷えてきたので、動物たちも冬眠の準備をしているのかもしれない。そう思った時、かなり前を歩いていた勢子の人たちが連れていた、犬の鳴き声がした。


「ようやく、鷹狩の見せ場を見せられる」


 すぐに宗滴の鷹が飛び立つと思ったのだが、宗滴の鷹は全く動かない。前方から犬の鳴き声が聞こえている、きっと近くに獲物がいると言うのに、宗滴たちは落ち着いていた。


「宗滴殿。そろそろじゃありませんか?」


 長逸は、じれったそうに、宗滴にそう言う。


「そうかの? 儂は早すぎると思うがな」


 ずっと藪の中で鳴り響く犬の鳴き声。けど宗滴は動かない。私もまだかと思い始め、早くしないと逃げられるとそう思った時、鷹が前方に向けて勢いよく飛んで行った。


「おお。丸々太った雉か」


 藪の中から、勢いよくカラフルな鳥、雉が飛び出して行った。雉を初めて見る光景が、一瞬で鷹で捕まる光景だとは思わなかった。


「お見事です。宗滴様」

「それほどでもないわい」


 宗滴は、口ではそう言っているが、新左衛門、長逸に褒められると、愉快そうに笑っていた。


「えっと……何だか、よく分からないです……」

「そうか。まあ、そこは人によって好き嫌いあるからの」


 私は、鷹狩をどう楽しめばいいのか分からない。鷹に捕まえた方などの技術点なのか、宗滴による判断力を見れば良いのか。高校生の私にはよく分からなかった。


「それで、捕まえた雉は……?」

「安心せい。ちゃんと皆に食わせるからの」


 キャッチ・アンド・リリースではなく、釣った魚のように、帰って食べるようだ。雉って食べられるのだろうか。





 宗滴の後に、新左衛門も鷹狩を行い、そしてもう一度、宗滴が鷹狩を行い、がんを2羽、そして雉が1羽という、宗滴たちは大成功と言って、満足して一乗谷に帰り、そして今日獲った雉たちを、延景に献上していた。


「若殿。本日、私たちは鷹狩を行い、雉、雁を捕らえることが出来ました」

「そうか。私もそろそろ、鷹狩を覚えないといけないな。毎日毎日、公家の歌を聞くのは飽きてきた頃だ」


 そして獲ってきた鳥たちを眺めてから、延景は宗滴に、こんな相談をした。


「そろそろ、将軍家に媚びようと思っている」

「どう言った心境でしょうか? 三好とのいざこざに巻き込まれたくないと言っていたのは、若殿ではありませんか?」


 去年の京への極秘上洛の際、近衛春嗣、天皇には挨拶をしていたが、足利将軍家には挨拶をしていなかった。そもそも極秘で皇族に代替わりの挨拶をするだけと言う理由もあったが、越前に帰る際でも、足利将軍家には挨拶しなかったので、延景は、わざと距離を取っていたと思う。


「今のままだと、朝倉家は凛が言う通りに滅亡する。凛はどの武将に負けるかは、頑なに言おうとしないが、もしかすると三好に滅ぼされる可能性もある」

「それなら、余計に将軍様とは距離を取った方がよろしいかと」


 宗滴の意見に、延景はニヤリと口を緩めていた。


「逆だ。将軍家を懐柔しておけば、朝倉家に迂闊に攻めようとして来ないし、あの忌々しい一向宗も簡単に攻めてこない。将軍家の後ろ盾があれば、越前は安寧の地として、更に京から公家、職人、そして最近やって来た異国人も呼べて、この地は更に栄える」

「若殿の考えは分かりました。ですが、そんな安直な考えでは、朝倉家は凛殿が言う以上に、最悪な結末を迎えるでしょう」

「宗滴様。それは、どういう意味だと?」


 やはり、宗滴は延景の考えに一発で賛成しない。必ず、宗滴が何か引っかかって、悪い点を挙げる。


「将軍様と親交を深める。それは私も賛成でございます。ですが、将軍様が後ろ盾になったと言っても、安心してはいけません。将軍様はすぐに強き者がいれば、その者に頼り、厚遇し、高い官位を与えるでしょう。そしていなくなった隙を突かれ、朝倉家は、戦乱に明け暮れる日々になるのは、間違いないでしょう」

「つまり、宗滴様は反対だと言うのか?」

「若殿に国を守る、強者でも戦う覚悟が無ければ、朝倉家は越前の地を死守すべきだと、私は思います」


 力の籠った宗滴の話に、延景は黙り込んでしまった。


「……延景様。……私は、延景様の考えに賛成です」


 部屋が沈黙した時、私はそう言った。


「全部が賛成ではないです。宗滴様の言う通り、足利将軍家と仲良く、親密になるのは、今後の朝倉家にとって、とっても重要な事です」

「凛。それだと宗滴様と全く同じ意見だ。何が言いたい?」

「足利将軍家は、朝倉家が最悪な結末になる、重要な人物でもあります。将軍家に気に入られれば、一乗谷が火の海になるのを、少しでも防げると思います」


 足利将軍家と、親密的な関係になれば、後に出てくるであろう、足利義昭とも仲良くなり、間接的でも上洛の手伝いをしてくれたら、朝倉家はバッドエンドを迎える確率は低くなるだろう。


「そう言っても、朝倉家は滅ぶのだろ?」

「はい。そうなってくれないと、未来が変わってしまいます」

「凛は、おかしな事ばかり言う。話の辻褄が合わんぞ」


 延景は苦笑しながら、手に持っていた扇子を広げてから、こう宣言した。


「宗滴様、凛も将軍家と仲良くなることは良き事だと言っているから、今から朝倉家は、将軍家と親密な関係になる事に尽力する。それで凛よ、今回の将軍家との橋渡し、奏者は凛が勤めよ」

「……え?」


 延景は、私に責任重大な任務を任命した。あまりにも驚いて、私は自分の頬を思い切り摘まんで、夢の中では無い事を確認した。


「二度は言わん。凛が思い浮かぶ結末になるよう、私は期待している」


 延景はそう笑いかけ、私は足利将軍家との奏者として、これから動く事になった。

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