第11話 女子高生と、福岡家の兄弟

 私は、初めて延景に仕事を与えられた。


 それは、私が朝倉家と足利将軍家の奏者になる事で、今後の朝倉家にも関わる、とっても重要な任務。責任重大な任務でもあるので、毎日がプレッシャーで胃が痛い日々を送っていた。


『時期を見計らい、将軍様に挨拶せよ』


 宗滴様も、具体的なアドバイスはしてくれない。私を試そうとしているのか、奏者に関しての事は、それぐらいの事しか教えてくれなかった。


「凛殿は、どうするつもりだ? あまり先延ばしすることは出来ないぞ」


 宗滴の屋敷の庭先で、私はずっと悩んでいると、景近がそう話しかけてきた。


「分かっているんですけど……」


 私は流れゆく雲を眺めていると、景近が私の横に座って、こんな提案をしてきた。


「今、すごく暇を持て余している知人がいる。そいつと一緒に行動してみるのは? 一人で抱え込むより、同じ境遇を増やした方が、凛殿の負担も減ると思うぞ」


 胃痛もあって、最近は刀の稽古をしていなかったせいか、景近に心配されていたようだ。私の様子を見かねて、気遣ってくれたのだろう。


「か、景近様~っ!」

「すがりつく元気があるなら、日課の訓練を怠るな」


 景近が女神さまのように見えたので、私はありがたみを感じて、景近に抱き着いた。けど景近は毒を吐きながらも、私がくっついたまま、宗滴の屋敷にある、未だに入った事の無い部屋に案内された。


「失礼するぞ。三郎衛門。ようやくお前に仕事が与えられたぞ」

「ぴゃっ!? ほ、本当ですか……?」


 宗滴の屋敷は、延景が過ごす、朝倉館と同等で広い。堀もあり、私と同じように、宗滴の屋敷に住み込んでいる家臣もいる。そして山の麓にあるので、昼でも薄暗い部屋があり、そんな部屋に、日本人形のような、小柄でおかっぱ頭の人が、床に伏している男性を見つめていた。


「三郎衛門。みっともない声を出すな。今は怪我で療養している、弟の五郎右衛門の代役をしているのだろ?」

「す、すみません……」


 今回私に力を貸してくれる、景近の知人らしいが、出会って早々、泣きそうな顔をし、胸に手を当て、落ち着こうとしていた。


「は、初めましてっ! 私、この度共に仕事をさせていただく――」


 三郎衛門が落ち着いたところで、私は名乗ろうとしたら、先に三郎衛門が頭を下げ、土下座する体勢で名乗り始めてしまった。


「朝倉様に先に名乗ってもらうなんて、恐れ多いですっ!! 名乗るは階級の低い、うらの方が先ですっ!! 福岡ふくおか三郎衛門尉さぶろうえもんのじょう吉清よしきよって申します。朝倉凛様の事は、景近からよく聞いています」


 初対面なのだが、吉清は私の事を知っていた。私は、500年後から来たという事で、朝倉家の中では有名人。もちろん、私に興味を持つ者のいれば、私を鬱陶しく、延景に贔屓にされて嫌っている人も多い。吉清は、前者の方で、私に興味を持っている人のようだ。 


「それでは凛殿。とても臆病者だが、教養は私以上だ。三郎衛門なら、今回の任務の力になる。私は、凛殿の活躍で、将軍様の仲を再構築出来ると、確信している」

「景近。朝倉様に過度な期待をさせないでください……。朝倉様に、私を期待されてしまったら、重圧に耐えられずに、吐いてしまいます……」


 顔は青白く、本当に吐きそうな顔をしていたので、私は吉清が落ち着くまで、正座して待っていた。


「……申し訳ありませぬ。……うらは吉澄よしずみの兄、吉清です。当主である、弟の吉澄が、先日の一向宗の戦いで重傷を負い、回復するまで、福岡家の当主をしています」

「……? ……男性なんですか?」

「はい」


 童顔で、きれいな顔立ちなので、私は景近と一緒で、訳があって女性が男性になり切って、活動しているのかと思った。現代で言うと、中学1年生ぐらいの、きゅんと来る、子犬系の可愛い系の男子なので、代役として頑張っている、吉清に投げ銭したい気分だ。


「……そして、其方で眠っている方が?」

「弟の吉澄です。うらより貫禄あるでしょう? そんな吉澄ですが、話を聞けば、先日の一向宗鎮圧の時に、不意に鍬で襲われ、脛の骨が見えるまで、鍬で何度も暴行されたようです」


 無精髭、そしてプロレスラーのようなガタイの良い男性が、吉清の弟、吉澄らしい。私はてっきり病気で寝込んでいる、吉清の父親かと思ったが、こんな強そうな男性が、瀕死状態に追い詰めるほど、一向宗は勢いが付くと、怖い存在だ。


「うらは、戦場に立てないぐらいの小心者です。戦場では、体が強張って、弓すら放てない、戦場では何も出来ない、無能です……。だから、武勇に優れている、吉澄が家督を継いでいます」


 しょ気た顔で、寝息を立てている吉澄を見た後、吉清は正座をし直して、私の顔を見た。


「そ、それで朝倉様は、これから何をされるつもり――」

「凛で良いですよ。私、朝倉家の血族じゃないですし、ただ同姓ってだけの、ただの一般人ですから。いや、むしろ凛って呼んで欲しいですっ!」

「は、はあ……」


 吉清に、若干引かれている気がするが、吉清は庭の風景を見ながら、話し始めた。


「うらは、凛様を尊敬しています。一から稽古を始め、富田様の言いつけを守り、いつも庭先で木刀を振って、剣術を身に付けようとしている姿。そのような姿を見ていたら、いつか凛様の力になれたらと思っていました」

「朝倉家を滅亡させる事に手伝ってほしいって言っても、吉清様は力を貸してくれますか?」


 私は吉清の目をまっすぐ見て、そう聞いた。


「はい。凛様は五百年後の世界から来た、特別な人だと、景近から聞いています。凛様のような、平和で争いの無い国になる為、そのために朝倉家滅亡が定めなら、うらはそれに従い、凛様にお付き合いします」


 ほんのりと、あどけない少女のような微笑みをしてから、丁寧にお辞儀をした吉清に、私は改めて、黒幕の織田信長の名前を伏せて、これからどんな運命を辿るのか、そして今回の任務、足利将軍家の奏者としてこれから動く旨を伝えた。


「朝倉様を信頼、そして力量を測るための、依頼ですね……」

「うっ……」


 吉清の言葉に、私は和らいでいた胃痛が、復活した。


「初代の英林様の代から、将軍様とは結び付きは強いです。けど現状、殿は距離を取っていて、足利家とは疎遠になりつつあります」

「無難に、殿に書状を書いてもらって、それを持っていくのが、良いのでしょうか……?」

「親書だけ渡すのは、関係改善にはなりにくく、朝倉家が将軍様を見下していると思い、不快に思われると思います。だから一緒に献上品を持って、謁見するのが一番だと思います」


 現在で言うと、会社の取引先に手土産を持って挨拶に行けと言う感じだ。


「……それならお菓子? ……けどこの時代のお菓子って――」

「主な献上品を言えば、太刀と馬、反物や貨幣など。治める土地の特産品をお贈りするのが、常識だと思われます」

「なるほど……。じゃあ、朝倉家はたくさん刀持っていそうですから、延景様に言って、何か良い刀を献上すれば――」



「朝倉様。朝倉家に代々伝わる、初代英林様が書き残した、英林壁書えいりんかべがきと言う物があります。それはご存じですか?」



 吉清は、キリッとした顔で、私の顔をまっすぐ見て、そう言った。


「聞いた事はあるんですが……詳細は知らないです……」

「それは好機です。朝倉家には、この乱世を生き抜くため、英林様が残した家訓が存在します」


 この時代に来て間もない頃、宗滴に、そのような家訓があるという事は聞いていた。書き残した巻物を見せてもらったが、意味が分からず、途中で読む事、理解する事を諦めたんだった。それを今回、吉清は私に一部を教えてくれるようだ。


「第四条に、名刀購入の戒めと呼ばれる項目があります。無暗に名刀の所持、購入は良くない。高い太刀を所持し、戦場に行っても、安価なやりを持つ多くの兵には勝てない。高い太刀を買える資金があるなら、多くの兵に多くの鑓を持たせるべしと、壁書にはそう書いてあります」


 応仁の乱でごたごたになっている時に、初代の朝倉英林孝景は、当時の守護大名を倒し、下剋上で越前の地を平定。信長のように、カリスマ性があって、ずる賢い一面を持つ人が書き残した家訓なら、私は何も反論できない。


「だから、あまり太刀はこの家には無いと……」

「全くない訳ではありません。ですが、太刀を献上するだけでは、あまり喜ばれないと……全国の武将も、きっと沢山贈っているはずです。それと、自ら武器を手放すような行為は、殿も反対すると思います」


 それなら、越前の特産品を献上する方がいいのだろうか。越前、福井の特産品と言えば、蟹や眼鏡。けど、それはもっと後の話になるので、戦国時代だと、何になるのだろうか。


「それでは、将軍家が喜ぶ物って……」


 私と吉清が献上品で悩んでいる時、私は庭先で、ある物に気が付いた。


「吉清様。将軍家も鷹狩ってしますか?」


 宗滴の屋敷は、とても広い。そして宗滴は、鷹狩も好きで、しかも鷹狩用の鷹を卵から産ませて、広大な庭で飼育している。私は、突かれたり、引っ掻かれるのが怖くて触ったことはないが、宗滴自身、宗滴の屋敷に来た家臣は、我が子のように可愛がっている光景を、よく見る。もし戦国時代の男性が鷹を好むなら、足利将軍家に贈るのはどうだろうと思い、吉清に提案してみた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る