第12話 女子高生と、足利将軍家

 足利将軍家と親交を深めるため、私と景近の知人、福岡吉清で奏者を務める事になった。しかし、ただ謁見して、親書を渡すだけではいけないようで、将軍家が気に入るような、献上品を持って行かないといけないようだ。


「それで、儂が育てておる鷹を、将軍様に献上すると言うのか?」


 宗滴が屋敷に戻って来てから、私は吉清と共に、宗滴に鷹を足利将軍家に献上したい旨を伝えた。


「……どうでしょうか?」

「ふむ。凛殿が考え、それが最善策であるなら、儂は何も言わぬが、どうして鷹を献上しようと思った?」


 宗滴は、数羽の鷹が庭で飼われている。放し飼いではなく、ちゃんとした巣箱、庭籠に入れられて飼育しているが、卵を孵化させて、雛の時から育てているのは、戦国時代では、結構特殊だろう。


「朝倉家には、立派な鷹を育成できる、すごい技術があるんですみたいな事が、言えると思いまして……」

「こやつたちの飼育は、儂の趣味でもある。儂が死んだら、朝倉家にその技術は無くなるであろう。過大な事は言わない方が良い」


 宗滴はガハハハッっと笑いながらも、育てている鷹を一羽ずつ見回っていた。


「過去に、鷹を贈った事例もあるし、鷹狩で獲った、上質な鶴や野兎などの獲物を献上する事もある。決して画期的な事ではないと思うが、将軍様に悪いとは思われないじゃろう」

「ありがとうございます」


 一応、宗滴に許可を得た。延景には中間報告をする必要なしと言われているので、このまま奏者としての役目を果たしていこう。




 雪が降り出す前に、私たちは足利将軍家に謁見するため、一乗谷を発った。宗滴から譲り受けた、1羽の立派な鷹と共に、私と吉清は京に向かい、そして1週間以上かけ、1年ぶりの京の都に到着した。


 1年ぶりの京は、何も変わっていなかった。依然と京では戦が度々行われていて、三好家と細川家、そして足利将軍家が争い続けている。そのせいで、寺院以外の建物は荒廃し、民衆も痩せ細っていて、道端には飢えによって、亡くなっている人もいて、都とは思えない、野鼠が走り回る、スラム街の状態だった。

 地獄絵図のような京の街並みを、脳裏に焼き付けてから、私たちは京に先に滞在していた、奏者として活躍している、河合吉統から、今の将軍家の様子を聞いた。



 足利将軍家は京を抜け出し、隣国の近江国で帰京の機会を伺っているという事だった。



 足利家は、三好家に追われ、近江の武将、六角家の支援を受けて、『坂本』と呼ばれる場所にいる。その情報を頼りに、私たちは坂本に足を運ぶ。

 坂本は、後に歴史的事件が起こる、比叡山延暦寺がある、お膝元であり、そんな土地に広大な敷地を持つ、由緒ある寺にやって来た。


「初めまして。私、朝倉家の遣いとして来ました、朝倉凛と言います」


 そして私は、小学生のような小さな男の子と面会した。この人が、現在の将軍、足利義藤あしかがよしふじだ。


「これはこれは。最近、朝倉とは音沙汰無しだったから、一向宗に滅ぼされたと思いましたわ」


 そして義藤の横に座っているのは、義藤の父親であって、先代の将軍、足利義晴あしかがよしはるだ。私たちに嫌味を言った後、義晴は目を細め、こちらを睨みつけるような態度を取った。


「ま、嘘ですけど。それで、私と朝倉、旧知の仲ですから、朝倉を会いましたが、生憎、将軍はとっても忙しいんですよ。一刻でも早く、三好の奴らを都から追放したいんですわ。だから、手短にお願いしますよ」


 義晴は、ガラの悪そうな関西人のような人だった。まだ父親がいるせいか、今の将軍、義藤は頑なに口を開かず、ずっと私の顔を見ていた。


「現当主、孫次郎延景様から、親書を預かっています」

「は? それ遅くない? 親書どころか、代替わりの挨拶、いや書状すら来てないよ? いつ変わったの? 普通さ、幕府に報告しない?」


 それは反論できない。去年の挨拶は、天皇と近衛春嗣のみの極秘の上洛。その情報は足利家には伝わっていないようで、義晴は更に顔を赤くして、怒り始めていた。


「しかも、貴方は女。朝倉家も、奏者に女を起用するなんて、みーんな男は、一向宗の相手をしているのか。それとも避難している公家と遊び惚けているのか。ま、どっちみち忙しそうで、何よりですわ」


 そう言いながらも、義晴は私が持っていた親書を受け取って、黙々と読み始めていた。


「義藤。これ読んで、どう思う?」


 義晴は、現在の将軍、義藤に書状を投げ渡すと、義藤は黙々と書状を読み始めた。


「奏者は、書状に目を通していない感じ?」

「は、はい」

「貴方の当主、二百年以上続いてる、由緒ある将軍様に向かって、近いうちに滅ぼされるって書いてあるんだけど、どういう意味?」


 私は、朝倉家は滅ぶとは言っていたが、足利家が滅ぶことは言っていない。恐らく、延景が予想して書いたのだろう。


「父上。朝倉様の親書、最後まで読みましたか?」


 ずっと黙っていた義藤は、書状を読み終えて、ブチ切れそうだった義晴に、そう言った。


「これは紛れもなく親書。六角様より、朝倉様に頼った方が、帰京出来る可能性が、一気に高くなります」

「義藤。朝倉は将軍家を貶す、無礼な一族。一時的に三好と和睦して、一向宗と全面戦争させるように仕向けるのが――」

「一つ。この親書を機に、朝倉家の兵を駐在させると書いてあります」


 義藤がそう言うと、義晴は真っ赤になっていた顔が、普通の色に戻り、そして急にニコニコし始めた。


「一つ、京を奪還するため、兵を派遣する」

「良いではないか」

「一つ、奏者の朝倉凛から面白い話が聞ける。なぜ私が、将軍様を滅ぶと言った理由が分かるでしょう。そう書いてあります」


 そして延景は、すべて私に丸投げした。私の話次第では、再び義晴の機嫌を損ね、奏者としての役目を失敗する可能性もあるだろうし、打ち首確定にもなる。


「女から面白い話か。抱腹絶倒するような話か? それともこの先を占える卜者ぼくしゃか? 退屈しないよう、私を楽しませてみろ」


 聞きなれない言葉に、私は申し訳ないと思いながら、吉清に尋ねた。卜者は、占い師の事らしいので、私は趣味で占いをやっている設定で行こう。


「……ええ。私は、人相占いが出来ます」

「ほう。私はどう見える?」


 出鱈目な事を言ったら、打ち首。義晴の事は良く知らないし、尚更目の前の将軍、義藤の事なんて知らない。

 私が知っている足利将軍と言えば、初代の尊氏、金閣寺を建てた義満、銀閣寺を建てた義政、剣豪と言われた義輝、そして最後の将軍で、朝倉、織田と深い関係を持った義昭。それらの人物の事だったら、歴史の授業で言っていたことを言えば、何とか凌げるかもしれないが、この二人の事はよく分からない。


「……三好家との戦いで、相当心身ともに疲れているように見えます。……なので、しばらく静養を――」

「そう。けどな、朝倉がもっと早く協力してくれたら。そう、朝倉の先代、弾正左衛門、孝景殿なら、すぐに兵を寄こしていて、三好を追っ払っていた。それで私と義藤は、今では御所で華のある生活を送っていて、全国の守護たちを臣従させていた。なあ、この落とし前、どう責任とってくれる?」


 何か言えば、義晴は朝倉家の難癖をつける。相当私恨を持っているようで、そして尚更私が女だから、好き放題に文句を言っているようだ。


「孝景殿に守護職与えたのに、これって酷くない? さっきも言ったけど、一向宗を焚きつけて、越前を荒廃させても良いんだよ?」


 流石に、これ以上好き放題に言わせられない。延景、宗滴には怒られるかもしれないけど、私は義晴に抗議しようとしようと、腰を上げようとしたが。


「父上。朝倉様と揉めるのは止してください」


 実父の義晴にも関わらず、義藤は、腰刀を義晴の喉仏の前で寸止めしていた。


「三好と抵抗するには、一人でも多くの仲間が欲しい所です。中々帰京出来ない事に苛々する気持ちは分かりますが、ここは朝倉様の提案を受け入れましょう」


 義藤は、私たちの肩を持ってくれるようで、無表情でいるが、内心では器の小さい義晴に腹を立てているようだ。


「それと父上。朝倉様が贈ってくれた鷹は、とても立派です。野山で飛んでいる鷹より立派で、一族を人質に出す想いで、贈ってくれたのでしょう。立派な鷹を贈って、このまま突き返すのは、将軍家として恥で、無礼な行為です」


 私が提案した、鷹狩用の鷹を献上品として贈る案。義藤は、随分気に入ってくれたようで、籠でじっと義藤を見つめている鷹を微笑ましく見ていた。


「朝倉様。返事を書きますので、少々時間を頂います。それまで、茶でも飲んでお休みください」

「は、はい! ありがとうございますっ!!」


 やっぱり現役の将軍は威厳が違う。私は相手が年下の男の子でも、平然と頭を下げて、この人に付いていく事に決めた。




 義藤が、返事を書き終えるまで、私たちは別室で待機する事になった。


「……将軍様は、うらよりも年下なのに、威厳があって、衝撃を受けました」

「そうですよね……」


 小学生ぐらいの子供なのに、私は義藤に頭が上がらなかった。吉清も一緒で、感服したと言うよりかは、屈辱的で唇を噛みしめていた。


「……凛様。……やはりうらも――」


 近江国は、庭先に急に弓が刺さるって事があるのだろうか。吉清が何か私に相談しようとした時、庭に無数の弓の雨が降り、美しかった庭の風景が壊された。



「臆病共っ!! 顔を出せっ!!」



 そして外から、男性の怒号が聞こえる。やはり一乗谷が安泰すぎるだけで、他の国はこう言った出来事が日常なのだろうか。


「おいっ!! 朝倉の女、私を守るために動けっ!!」


 そして義晴は血相を変えて部屋にやって来て、私を兵として向かわせようとしていた。


「相手は、誰ですか?」

「三好だっ!! 三好の部下で、あの鬼十河おにそごうだっ!!」


 鬼と聞いた時点で、私も一目散に逃げ出したいが、義藤を守るために、私は腰刀を持って、外に出た。

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