第13話 女子高生と、鬼の十河一存

 足利将軍家と謁見していた最中に、突然三好家が、将軍家が下宿している寺を包囲して、容赦する事無く、至る場所に弓を放っていた。


「ほう。将軍様がいると言うのに、女を含めて十人程度しかおらぬのか。もう資金が無いから、警備の者すら雇えないのか」


 寺の建物の外に出ると、立派な鎧兜を着た、大柄な男性が長い槍を持って、弓を持つ、数人の兵と共に、待ち構えていた。


「屁っ放り腰の将軍様は、女と坊主を贄として、また逃れるつもりか。本当に足利には失望する」

「そうですよね。本当に将軍なのかって、思ってしまいますよね」


 ジッとしていたら、私たちは皆殺しにされる。将軍たちはさっさと逃げて、更に人目のつかない、山の中に行ってしまうだろうが、このまま殺されるのも嫌だったので、私は皆の前に立って、そう言った。


「タイミングが悪かったですね。私、越前の朝倉家の者です。もし私を殺したら、朝倉家に宣戦布告という事になります」


 こんな状況は初めてだ。だから私も、吉清みたいにガクガク震えたい。けど、ここで怯えたら、朝倉家が舐められる。だから強気な態度を見せて、三好家に対立する。


「朝倉と言えば、越前の守護……。成程、こちらに対抗するため、将軍様は、密かに仲間を増やしているという事か」


 本当は、朝倉家の方から近寄って、足利将軍家と最接近しようという魂胆だが、今はそう解釈してもらっても構わない。


「朝倉殿。勘違いしないで欲しい。私たちは、将軍様を襲撃しに来たわけじゃない、会いに来たのだ」

「献上品に、下宿先に弓の雨を降らせるなんて、すっごく斬新ですねー」


 鎧兜を着て、襲撃じゃないなんて言うなんて、そんなの誰が信じるだろうか。もし私、朝倉家の人間がいなければ、そのままこの寺を襲撃し、足利家を討ち取っていただろう。


「凛様……。どうされますか……?」


 吉清は、いつでも戦えるようにと、私の太刀を持ち、私にそう聞いて来た。前にも言っていたように、吉清は武術は全く出来ない。まだまだ修行中の私が、ここで頑張るしかない。


「義晴様に、ぶっきらぼうに守れと言われましたから、将軍様を守るのが最優先だと思います」

「了解しました」


 とりあえず、鬼十河と呼ばれる人と戦いにならないよう、穏便に済ませるために、丁寧に対応しよう。


「将軍様への用件って言えますか?」

「朝倉殿には関係ない話だ。早く退け」

「将軍様は、すっごく忙しいと思いますので、また後日に来てもらえると助かります」


 そう言っても、十河は引かない。そして道を開けない私に向けて、一斉に弓を向けた。


「最後の警告だ。退け」

「こっちも最後の警告です」


 私は怯えている吉清の顔を見てから、こう言った。


「要件を言ってくれないと、私の横に居られる、福岡三郎衛門尉様が、黙っていません。当家では、無差別に人を噛み殺す、狂犬と恐れらていている方ですよ?」


 本当は、そんな話は無い。こう言っておけば、十河の人は話を聞いてくれると思ったのだが、一歩も下がる様子はない。


「そのひ弱そうな小童こわっぱが、狂犬か。面白い冗談を言ってくれるな。だが、そんな功績を上げ、獰猛な武将がいるなら、こちらの耳にも入っている。そのような、みっともない、こけおどしをするのは、見苦しい。朝倉殿の力量を図れてしまうな」


 私の作戦は失敗のようで、十河の人の中の朝倉家の印象を下げてしまった。


「小童の相手をする暇はない。退かぬなら、首を刎ねる」

「朝倉家の人手が足りないからって、小童が臨時で奏者していると思いますか?」


 そう言って、十河を威嚇しながら、吉清から太刀を貰って、鞘から抜いて抜刀する。


「女が太刀を握るか。面白い」


 十河が嘲笑している時、私は大きく息を吐いた。


「……空気が変わった」

「……」


 十河は、槍を構え、鼻先に槍の穂先が置かれる。けど、何も怖くない。さっきまで足が震えていたのに、今はぴったりと止まり、ものすごくリラックスしている。


「面白い。私を討ち取って――」

「そんな御託はどうでも良いです」


 この世界に来て、すでに1年以上。碌に戦場は出ていないから、間違いなく十河の方が経験値は上。


 けど、立派な鎧兜を着ている大男がいても、周りに弓矢を向けられていても、恐怖を感じない。息を吐いて、一気に集中力を高めると、何の感情も抱かない、ゾーンに入る。怯える吉清、僧侶、そして大切な将軍様を守る、それだけを思って、私は一撃で十河を仕留めた。


「……朝倉殿の剣技、称賛に値する」

「ありがとうございます」


 殺すつもりは無かったので、十河は普通に生きている。右肩から血を流し、肩が外れかかっている、かなりの重傷を負わせた。


「反撃はするな」


 主君がやられたことによって、弓を持つ兵士は、私に集中砲火しようとしていたが、十河は制止させた。


「朝倉殿には恐れ入った。この情けない男を人質にして、将軍様と和睦しようと思ったのだが、その必要性は無くなった」


 十河がそう言うと、一人の兵士が白装束を着たおじさんを、私の前に放り投げた。


「義晴様に聞いておいてくれ。こいつは細川の腑抜けかとな」

「承知しました」

「今後三好家は、朝倉家とは、敵対勢力として認知すると、朝倉の当主に言ってもらえると助かるな」

「はい。こっちこそ、わざわざ申して頂き、感謝します」


 私は深く頭を下げると、十河の兵士たちは、この宿坊の町、坂本を撤退していった。





 十河の襲撃があった翌日、私は将軍の義藤様に呼ばれ、再び謁見した。


「突然の十河の敵襲を払ってくれたことに、私だけではなく、父上、細川様も感謝しています」


 私は、現在の将軍、義藤に深々と頭を下げられた。


「それで、その義晴様は……?」

「細川様と、昨日から宴会しています」


 こんな大事な場面を、息子一人で任せて、大人は宴会パーティらしい。


「この寺院には、十河家の生々しい弓の襲撃の跡が残ってしまいましたが、怪我人、そして命を落とした者はいませんでした。これも朝倉様のおかげです」

「い、いえいえっ!! 私、朝倉家を三好に敵視されると言う、かなり延景様に怒られる案件を作ってしまったので、将軍様が褒めても、全然安心できない状況なんです……」

「はっはっはっ。そのような事、朝倉様は思っていないでしょう。そのような事、想定内と思っています」


 私を慰めてくれるのか、義藤様はそう言ってくれた。将軍様に、気を遣わせて、すごく恥ずかしい気分だ。


「実はあの時、朝倉様の果敢な勇姿を、私もこっそりと見ていました」


 そう義藤が言うと、再三頭を下げた。


「あの時、私は十河の姿に怖気ついて、動けなかった。父上と一緒にさっさと逃げようと、そう考えていました。ですが、朝倉様の太刀を振るう姿を見て、私も決心しました」

「決心……ですか……?」

「はい。私も剣技を極めようと、改めて剣術を学ぼうと思いました。」


 私は、一瞬で鼓動が早くなった。何か歴史が動いた気がしたからだ。


「朝倉様がいれば、足利家の今後は、輝かしい。そうなれば、私も剣技を極め、そして父上が安心して将軍職を任せられるようになった時、私は、十三代目征夷大将軍、と名乗るつもりです」


 この小さな少年が、剣豪将軍と言われた、あの義輝だった。その剣豪と呼ばれるきっかけを作ったのが、私になってしまい、これは史実を改変していないだろうかと、すごく不安に思った。

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