天文21年

第14話 女子高生と、朝倉義景


 天文21年。私が足利将軍家の奏者を務めた、3年後の世界になる。


 この世界に来て、私は4年も経つが、容姿も体の生育も、全く変わっていない。


 ずっと、私の体内時計が止まっているような、永遠の女子高生になっている。それはそれで嬉しいが、周りは歳を取り、みんな成長していくのに、私の容姿はそのまま。それで私を嫌う人たちには、不気味がられていた。


「本日も、精が出ますわね。凛様」


 私の生活に、何も変わらなかったわけではない。私は、吉清と共に、足利家の奏者としての役目を果たしていた。そして年が明け、正月を終えてから、4年前に朝倉家に嫁いできた、細川晴元の娘の世話係に任命されていた。



 名乗るほどでもないと言い、細川晴元の娘は、名前を頑なに口を閉ざしている。そう言った理由で、皆は細川殿と呼んでいる。普通の大名なら怒って、細川家に送り返してしまう所なのだが、延景は細川晴元の娘を気に入り、正室として迎えた。二人の仲は良い方で、時間があれば、延景と細川殿は庭を散策したり、一緒に茶会や歌を詠んだりしている。



「私と同じく女なのに、どうして剣技を極めようと思っているのですか?」

「朝倉家を最悪な結末にしない為です……って、前も言いませんでしたか?」

「あら? そうだったでしょうか?」


 細川殿は、とても忘れっぽい性格のようで、この会話も剣技の練習をしていると、必ず聞かれる。延景より年下で、私と2つほどしか離れていないはずなのに、年老いたおばあさんと、話している気分になる。


「その、最悪な結末と言うのは、確か……この地が、火の海にならないようにするためでしたよね?」

「はい。合ってます」


 私の事は、延景が話してしまったようで、私が500年後の世界、令和の時代から来たことを、細川殿は知っている。


「その夢、絶対に捨ててはいけませんよ。争いなんて起こらない方が良い。私は、各地で起こている戦は、男たちの道楽にしか見えません。ただ多くの民衆を苦しめる、愚行だと思っています」

「……あながち、間違っていないかもしれませんね」


 そんな感じで、細川殿と会話をしていると、最近は一日を終える。

 私の面倒を見てくれていた景近も、最近は延景の元に働く事が多くなり、奏者の役目がひと段落した半年前ぐらいから、吉清もずっと山に籠って、剣技や、弓術の腕を磨いている。そして宗滴も各国からの使者と面会したり、一向宗の動きを見たり、一揆が起きそうになると、すぐに出陣している。70代だと言うのに、今でも現役で戦場に赴いているので、誰も宗滴には頭が上がらない。延景すら、やはり宗滴には逆らえず、超大御所的な存在だ。


「……はい。今日は終わりっと。それでは細川様、日も落ちてきて、冷えてきますので、暖を取る準備をしますね」

「そうですね。お腹の子に、寒い思いはさせてはいけませんからね」


 細川殿は、小さな命を宿している。身籠っているのは、最近分かった事で、お腹はそこまで大きくなっていないのだが、妊婦さんなので、大事に労わらないといけない。だから延景は、私に細川殿の世話係を任命したのかもしれない。





 月日は長り、季節は春になった。段々と温かくなってきた頃、延景は家臣、一門衆を集め、桜が咲いた庭先で、朝から宴会を開いた。


「最近はどうだ?」


 皆が酒を飲み、ワイワイしている中、延景は細川殿の傍に座り、そんな会話をしていた。


「凛様のおかげで、私、そしてお腹の子も、とても元気にしています」

「そうか。やはり凛に任せて良かった」


 私は、細川殿の後ろに座っている。一応、世話係で、未成年なのでお酒も飲めないので、私は三色団子をゆっくり食べて、周りを見ていた。


「凛。この光景は、お前が望んでいる光景か?」


 私に背を向けたまま、延景はそう聞いてきた。


「まだ戦国の世の真っ只中。朝倉家はこうやって宴会が出来るほど、安泰した日々を送れている。一向宗は懲りずに攻め込んでくるが、他国に領土を広げようとは思わず、越前一国の統治に専念している。これで、朝倉家は最悪な運命からは逃れられるか? この地が灰燼と帰する事は無くなったか?」


 延景は4年間、宗滴や家臣の力を借りて、大きな戦を起こすことなく、最悪な結末を避けるために、動いていた。将軍、朝廷共に親交を深め、今では延景は、足利将軍と書状で日々やり取りをしているぐらい、親密な関係になっている。


「遠慮するな。本当のことを言ってくれ」

「恐らく、変わっていないと思います」

「そうか」


 多分、これは史実通りに動いているのだろう。少し将軍家と親密度が上がっているぐらいで、今までの活動だけじゃ、史実通りに朝倉家は、織田家に攻め滅ぼされる。


「凛が来て4年ぐらいか? 私が宗滴様ぐらいの歳にならないと、朝倉家は変わらないって事か」


 そう呟いてから、延景は立ち上がり、宴会は盛り上がり、酔いつぶれている家臣がいる中、延景はこう言い放った。


「この場を借りて、朝倉家に仕える家臣、一門衆に報告することがあるっ!! 一度しか言わぬから、しっかり聞くようにっ!!」


 延景がそう言うと、酔っぱらっていた家臣たちは、急に延景の前に集まり、そして頭を下げていた。


「この度、私孫次郎は、将軍様の通字とおしじを賜った。『義』の字を賜り、私の偏諱へんきを『』と名乗ることにした」


 私は、延景は義景の父親なのかと思っていた。延景は優しく、即断で動き、朝倉家を更に発展させようと尽力している。

 延景とは裏腹に、義景は史実ではあまり良い話は無く、遊びに明け暮れ、政治にも興味なく、戦下手、優柔不断で、それらのせいで家臣に見放され、朝倉家を滅亡させた張本人となっている。


 優秀な当主が、実は朝倉家最後の当主で、一乗谷を火の海にした張本人、朝倉義景。私は、この瞬間、朝倉家が織田家に滅ぼされる道に、一歩ずつ近づいていると思い、私は背筋が凍り付いた。


「それと、左衛門督さえもんのかみにも任命された」


 左衛門督がどれぐらい偉い官位なのかは分からないが、義景の話を聞いた家臣たちは、ざわついた後、数名が万歳するほど、喜んでいる人もいた。


「そして、凛よ。前に出てきてくれないか?」

「は、はいっ!!」


 急に義景に呼ばれたので、私は大きな声で返事をしてから、義景の前に立った。


「朝倉凛。お前に、私がこれまで名乗っていた諱、『延景』の名を授ける」

「……ふぇ?」


 いきなりの事で、私は間抜けな声が出てしまった。


「凛がどう名乗るのかは任せる。これまで通りでも良いし、朝倉家一門衆として名乗っても良い。私は、これまでの凛の功績を評価し、今回の判断に至った。勿論、宗滴様も異論は無い。胸張って、私の名を名乗れ」

「あ、ありがたき幸せですっ!!」


 私も頭を下げてから、細川殿の後ろに再び座ると、これからの事を家臣たちに説明してから、再び宴会が再開した。


「殿も楽しそうです。凛様も参加したらどうですか?」


 細川殿は、義景が楽しんでいる姿を見て、ジッとしている私にそう問いかけた。


「細川様の世話係ですので。細川様を忘れ、羽目外したら、義景様に怒られそうです」

「そうかもしれませんね。それでは、私とお話ししましょうか」

「はい。どんな話をしますか?」

「凛様は、どうして剣技を?」


 この会話は何度目だろうか。そう思いながらも、私はいつも通りに返答して、私と細川殿で日が暮れるまで話し込んだ。


 日が落ちても、延景――ではなく、義景も酒を飲み始め、家臣が歌を詠んだり、扇子を用いて踊ったりと、宴会は夜更けまで続いていた。

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