第15話 女子高生と、異国人の噂

 延景が義景と名乗った数日後。私は宗滴と一緒に、義景に呼ばれた。


「凛。将軍様からの書状を読んで欲しい」


 私は、義景から書状を貰ったのだが、崩し字のせいで、私は全く読むことが出来ない。景近、吉清に教えてもらったのだが、まだ完璧に読めることは出来なかった。


「儂が、凛殿の代わりに読み上げるとするかの」

「すみません」


 私の状況を察したのか、宗滴は私の代わりに、足利将軍の書状を読み上げてくれた。


「……ほう。将軍様は、朝倉家に異国人と会わないかと提案されている」


 数年前に、日本にやって来たイエズス会の人たちの事だろう。もしかすると、あの歴史上の有名人、フランシスコ・ザビエルに会えるかもしれないと思うと、私は少し興奮した。


「そう言う訳だ。多くは、周防の大内家の領土にいる。だが数名の異国人が、京に残っているそうで、そして京にいる公家が、一乗谷の事を話した。そうしたら異国人が興味を持ったという話らしい。それで凛に聞く。この異国人は、どう評価している?」


 イエズス会、キリスト教が日本に入ってきたことによって、日本の歴史は大きく変わるきっかけとなった。


「日本に仏教、神道があるように、遠く離れた土地にも、宗教があります。その一つがキリスト教で、キリスト教の信者を増やすため、日本に来ています」

「ほう。確か、以前派遣した家臣の話によれば、仏教とその宗教では食い違う点が多いから、信用できないと言っていたな」

「けど、近い将来に信者が増えて、日本を脅かすほどの存在になります」


 私は、史実通りに話した。今は少ないが、数十年後には信長が南蛮貿易をして、更に異国人がやって来る。それで更に信者、キリシタンが増えて、危機を感じた秀吉が、後に追放する事になり、江戸時代には酷い仕打ちに遭って来た、隠れキリシタンが一揆を起こし、島原の乱を起こす運命になっている。信長、秀吉の名前を伏せて、私は今後の異国人との関係を話した。


「凛よ。私は異国の文化に興味が無いと言ったら、嘘になる」

「まあ、そうですよね……」


 海外に憧れを持つのは、誰だってあるだろう。私だって、ハワイとかフランスに行ってみたい願望がある。


「今後の日本を狂わせる、危険な存在という事は分かった。だが、私はキリスト教だったか? そんな怪しげな宗教を信じない。異国の情勢、文化を知りたいと思っている。警戒しつつ、この地に異国人と会おうと思う」

「若殿。異国人は朝鮮と明と同じで、こちらの言葉は通じません。話が通じぬ相手に、どうやって情勢や文化を聞くのでしょうか?」


 義景の考えに、宗滴はすぐに反対していた。

 宗滴の言う通りに、宣教師の言葉は通じないし、私も西洋の言葉は全く分からない。これまで授業で習って来た、英語なら何となく分かるかもしれないが、今は500年前の時代。日本の古文も分からないのと一緒で、この時代の英語も、きっと通じる事は無いだろう。


「宗滴様。それならどうやって、その宗教をこの国に教えているのでしょうか? 大内家と同じく、この越前の地に異国人を歓迎すれば、異国人は喜んでやって来るでしょう。一乗谷にその宗教を広めるなら、この国の言葉と、異国人の言葉を理解出来る、人間も来ると思われます」

「若殿は、この国をどうされるつもりですか? 凛殿の話の通なら、先祖代々治めてきたこの地を、異国人に売るという事になります」


 宗滴の問いかけに、義景はこう答えた。


「この国に塞ぎ込んでばかりでは、凛の言う通りに、あっという間に滅ぼされる。凛が言う以上に、最悪な滅亡を迎えるかもしれません。先祖の偉功ばかり頼っては、朝倉家は衰退していくだけでしょう」

「若殿の仰る通り、若殿はこれからです。儂もいつまで生きられるのか分からない中、若殿はもっと奮起してもらわないといけない状況です」

「ですので、朝倉家の国力を知らしめるため、異国人と結びつきを強め、そして最新鋭の武器と言われる、を大量に仕入れ、加賀の一向宗を壊滅させるつもりです」


 義景の考えを聞いた宗滴は、しばらく固まった後、宗滴はゆっくりと口を開いた。


「……若殿。……それは愚策と言えるでしょう」

「宗滴様は、反対ですか? それとも異国人に奪われるのが――」

「若殿。私も、火縄銃の話は聞いております。遠距離でも甲冑を貫通させる威力があると言う武器、確かに大量に仕入れ、一向宗に使えば。多くの兵を率いなくても、壊滅させることは可能です」

「私は、宗滴様の体も心配しています。無理して戦場に出ないよう、私なりの配慮です」

「その配慮、私には不要でございます」


 宗滴は、ムスッとしている義景の目をしっかり見て、こう言った。


「若殿の気持ちは嬉しい限りです。しかし私は、生涯現役を貫くつもりです。楽して勝てる戦などありません」

「そうですか。宗滴様の考えは分かりました。ですが、火縄銃を購入する事に、考えは変わりません」

「若殿。火縄銃は、この国に適していない武器と言えましょう」

「どうしてそうなるのでしょうか? 火縄銃の事は、薩摩の島津家に聞きました。あの強固な甲冑を貫く、予想できない威力があると」

「北陸の地は、雨や雪の日が多い。火と言う名前が付くならば、雨の中の戦では。全く使えない事になります」


『弁当忘れても、傘忘れるな』と言う格言が北陸にあるらしく、言葉通りに、日本海側は雨、雪の日が多いので、常に傘を携帯する事と言う意味らしい。私のお母さんが良く言っていた言葉で、福井に帰省する度、福井の天気が晴れでも、外出の際は、常に傘を持たされていた。


「……そうなのでしょうか?」

「私も実際に見ていませんので、予測でしか言えません。なので、購入するとしても、少ない数にするべきです。恐らく、各地の武将もそれを考え、大量に仕入れる事はしないでしょう」


 宗滴の考えに、私も何もいう事は無い。義景も困り顔で、天井や襖など、ぐるぐると見渡していた。


「それと、異国に大量の資金を贈るのは反対です。日本の資金や産物を蓄え、異国も力を付ける。それが異国人の思う壺であって、日本を懐柔させた後、鎌倉の蒙古襲来の時のように、異国に攻められる事でしょう。今は戦国の世、鎌倉の時のように、撃退するのは不可能です。朝倉家だけではなく、日本全土が最悪な結末を迎えます」


 宗滴の考えに、義景はしばらく考え込んだ後、こう言った。


「宗滴様。異国人を呼ぶ事に変わりはありません。将軍様を守る立場の者が、田舎者扱いされては、他の武将、そして朝倉家の家臣にも示しがつきません。特に畿内を掌握している三好家に渡り合えるよう、異国人に認めてもらう事が、今後の朝倉家の為でもあると思います」

「……若殿の考えは分かりました。ですが、いきなり異国の者をこの地、本拠地でもある一乗谷に呼ぶのは、好ましくないと思います。まず、私の子でもある、景紀かげただに任せ、敦賀に招き入れるのは、如何でしょうか?」

「それもそうかもしれませんね。という訳だ、ずっと静観している凛は、何も言う事は無いか?」


 義景は、私に意見を聞いて来た。


「朝倉家は、異国人と交流を持とうとしている。そう聞いて、凛は最悪な結末を避けられると思うか?」


 朝倉家が、南蛮貿易をやっていた史実は無いだが、資料館で、海外の陶器が出土している説明があった。もしかすると裏ではこっそりと、資料に残される事は無く、異国人を一乗谷に招いていたのかもしれない。


「はい。とっても良い判断だと思います」

「なるほどな。これも破滅への道に、また一歩近づいたという事か」


 義景は大笑いして、朝倉家は越前の地に異国人を招き入れることにした。

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