第16話 女子高生と、イエズス会の宣教師

 

 朝倉家は、異国人の宣教師を招く事にした。


 義景の命を受けた、敦賀郡司の朝倉景紀は、反対する事無く、一乗谷から離れた敦賀の地で、一族で初めて、異国人と謁見した。


 勿論、異国人を招く事に反対する家臣もいる。


 その代表格が、朝倉景鏡。義景とはいとこの関係だ。


 景鏡は、義景の考えを真っ向に否定し、自身は異国人と会いたくない、まねけば、会えば災厄が起きるなど、景鏡は異国人を差別と思わせるような事をまくし立てて、景隆など数名の一門衆を引き入れて、一乗谷から逃れ、景鏡が治めている、一乗谷から見て東の土地、平泉寺のお膝元、大野郡にある、亥山いやま城に引きこもってしまった。


「ハジメマシテ。オアイデキテ、ウレシイ、デス」


 4人の宣教師が、敦賀郡司であって、朝倉宗滴の養子でもある、朝倉景紀に連れられて、朝倉家の本拠地にやって来た。


「こちらこそ。はるか遠い、私の想像出来ない土地から来た者と話すのは、緊張すると同時に、戦の時のように、胸が高鳴ります」


 一乗谷に入る前に、安波賀あばかと呼ばれる土地がある。そこは一乗谷の顔で、玄関の役目をしている。


 安波賀の地には越前国を代表する川、足羽川あすわがわの水運を利用した川湊がある。船着き場には、現代の東京湾岸のように、多くの倉庫があり、船が運んできた、日本各地から物資が入ってくる。そして物資を売る商店もあり、朝倉館周辺とはまた違う発展をしている町にある寺院に、義景は宣教師と対面した。


「どうでしょうか? 先日まで滞在していた都に負ける事ないぐらい、栄えているでしょう?」

「スゴイ。スゴイト、オモイマス」


 一人だけが日本語話せるようで、片言ではあるが、義景と普通に話すことが出来ている。


「如何でしょうか? 殿に危害を加える事が無い事を、確認済みでございます」

「流石宗滴様の息子です。その心意気に、私は嬉しく思います」


 景紀の気遣いに、義景は景紀に頭を下げていた。仕事が出来る景紀の横に、私が座っている。これは、義景の命令で、ただ静観しろと言われている。


「それでは、其方たちが、日本に来た理由は?」


 義景は目を細め、単刀直入に宣教師にそう尋ねた。


「ワタシタチ、ポルトガル、カラキタ。コキョウノ、ポルトガルハ、プロテスタント、ト、タイリツシテマス。コノママデハ、ラクガ――イイエ、ナカマガ、イナクナル。ダカラ、ジパング、ヨッテ、ナカマ、フヤシタイ」

「なるほど。それで、其方たちが信じる神とは、一体何者なんでしょうか?」


 待ってましたと言わんばかりに、宣教師は分厚い聖書を開いて、長々と義景に、キリスト教の事を説明していた。


「……其方たちが信じる宗教は、神の子である、イエス・キリストを救い主、メシアとして信じ、イエス・キリストが神の国の福音を説き、罪ある人間を救済するため、自らすべての罪を負い、十字架、磔にかけられたが、メシアは復活し、そのメシアの教えを信仰する。それが其方たちが教えるキリスト教……ですか……」


 私は、宣教師が何を言っているのか全く分からなかったが、義景はすぐに要点をまとめ、宣教師にそう聞き直していた。


「ハイ。ソノヨウナ、カイシャク、ダイジョウブ」

「其方たちに、布教の機会を与えましょう。ただし、一度だけです」

「ドウシテ?」

「何度やっても、逆効果ですよ。余計に不審に思われ、其方たちが思う、芳しくない結果が出るでしょう」


 そして義景は、宣教師を嘲笑うような顔をして、こう述べた。


「死後、安寧の世界に行くために、神の子になる、『洗礼』という儀式を行うと言いましたが、少し私たちを過小評価し過ぎではないでしょうか」

「ソ、ソンナコト、ナイデス」


 宣教師は焦っていた。


「凛。近くの入り江辺りに、異国人を案内して欲しい。その場所で、異国人にキリスト教の布教活動を認める」


 私に、義景に宣教師の案内を命じられたので、日本語を話せる宣教師に話しかけた。


「布教の前に、少し寄り道していきませんか?」


 私がそう提案すると、宣教師は頷いたので、入江に行く前に、私は安波賀の町を案内した。





 安波賀の地にある入り江。人と舟が行き交う場所で、義景はキリスト教の布教を、一度だけ許可し、そして宣教師は意気揚々と、片言の日本語で、行商人や町民を集め、キリスト教の布教を開始した。義景は、大切な客人である、宣教師に何かあってはいけないので、剣術を扱える私に、宣教師の警備、道案内をさせたのだろう。


『どうして神って存在は、人を弱く、不完全にしたんだ? どうしてもっと完璧に、強く作らなかったんだ?』


 一乗谷の町民は、宣教師の話を静かに聞いてから、分からない事を問い詰めだした。


『うらたちは、洗礼って奴を受けたら、死んでも地獄に行かずに、極楽に行ける。けど、うらたちのご先祖様はどうなんだ? うらたちが助かっても、ご先祖様が助からないのは、御免だ』


 宣教師は、キリスト教を信じれば、良い事ばかりという感じで、布教しようとしていたが、多くの人は納得していなかった。


「……どうしますか? ……まだ続けますか?」

「……ワカリマシタ。……ザビエル、サマガ、クルシンダ、リユウ。……ジパング、メンドウデス」


 ちらりとザビエルと言ったのが、あの有名人のザビエルなのだろうか。


「……ザビエルって、京にいるんですか?」

「イイエ。ザビエルサマハ、スデニ、ウミヲワタリ、インドニ、ムカイマシタ」


 ザビエルは、あの肖像画通りの姿なのかと思い、ワンチャン会えるかなと思ったが、時すでに遅し。会える機会があったなら、一回でもいいから見てみたかった。


「一乗谷の人は、神様にすがるほど、貧困でもなく、裕福でもなく、ただ戦とかけ離れた、他の国とは違う暮らしをしています」


 入り江に来る前に、私は安波賀の町を案内した。宗滴の屋敷は、この町にあり、数年暮らしていると、もはや近所なので、お店や町の雰囲気を、宣教師に見せた。

 この宣教師たちが、他の国では、どのような光景を見てきたのかは分からない。けど一乗谷には、現代社会のように、朝に起きて、各自労働をして、夜になったら寝る。戦で土地が荒廃し、毎日生きるのに必死な、神に縋るような日常ではないので、宣教師が目論むような、一乗谷にイエス・キリストを信仰し、キリスト教を布教させるのは、とても困難だろう。


「気が済むまで、話してください。貴方たちの、身の保証はします」


 そして宣教師たちは、夕刻で、道を歩く人がいなくなるまで、布教を続けていたが、ほとんどの人が、キリスト教を信じなかった。特にご先祖様が助けられないと知ってしまったら、泣き出す人もいれば、怒り出す人もいたぐらいだ。日本人には、キリスト教が合わないこと、どうして現代でもキリスト教は日本では広まっていない理由が分かった。


「もう夜のですので、お寺に戻りましょうか」


 誰一人、信者を確保出来なかったので、宣教師たちはショックで肩を落としていた。一度だけ与えられたチャンスを活かす事ができず、腑に落ちない様子だったが、私の言うことは聞いてくれて、素直に後ろについてきた。


 そして、誰も宣教師に襲い掛かる事、景鏡などの反対派が刺客を送って、宣教師に危害を加えなかった事。今日も一日、何事も無かったことに、私は安心して、帰路に着いた。

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