第17話 女子高生と、鉄砲の名手『十兵衛』

 翌日。義景が宣教師と面談した寺院、西山光照寺で、再び宣教師と会談した。


 今日は、朝倉家の家臣、そして一門衆もいる。私は、家臣の扱いなので、魚住景固の横に座っている。


「ポルトガルと言う遠い場所から、この地に足を運んでいただき、朝倉家一門、家臣、町民の皆が、貴方様たちを歓迎しております」


 義景はそう言っているが、反対派の景鏡、景隆は欠席している。


「コレ。ドウゾ」


 宣教師は、献上品として、当時では珍しい、ガラスの食器類、陶磁器、シルク品の織物などを差し出していた。


「こんなに頂けるなど、嬉しい限りであります」


 義景は、宣教師たちに深々と頭を下げていた。


「ソシテ、コレデス」

「これですか。最新鋭と言われる、火縄銃」


 宣教師は、1丁の火縄銃を差し出した。火縄銃が出されると、一門衆、家臣が一斉に注目していた。教科書で見たものと同じで、もちろん最近作られたものなので、新品で綺麗だった。


「使い方は、知っていますか?」

「イイエ。ワカリマセン」


 宣教師の言葉に、一瞬家臣たちがざわついた。

 もちろん、私も使い方は全く分からない。ここで義景が、私に聞いてきたらどうしようと思っていた時、義景は笑っていた。


「案ずるな。使い方ぐらい、しっかり調べている」


 義景は、一乗谷に人を呼んでいた。景近に連れられて入ってきたのは、遥々九州、薩摩からやって来た、島津家の関係者の一人だった。


「早速、披露してもらうことは可能でしょうか?」

「承知しました」


 歳は、義景より年上だろうか。長年奏者を務めている、河合吉統と同じぐらいで、歳離れたお兄さんのような島津家の人は、寺の庭に出て、火縄銃を撃つ準備をしていた。



 まず、火縄に着火し、銃口から装薬と呼ばれる火薬、そして弾丸を入れ、火縄銃に装着されている、『カルカ』と呼ばれる細長い棒を使って銃身の奥へ押し込んでいた。

 ある程度弾丸を押し込んでから、島津家の人は、手際よく火皿に点火薬を入れ、湿らないように火ぶたをすぐに閉じ、着火していた火縄を火ばさみと呼ばれる箇所に挟んで固定していた。



「大きな音が鳴りますので、ご注意を」


 島津家の人が、そう注意を促すと、家臣の人は怯え、咄嗟に距離を取っていたが、義景と宗滴はジッと、火縄銃が発射されるのを待っていた。


 そして島津家の人が、火ぶたを外し、銃口にある、先目当てを使って照準を合わせてから、引き金を引くと。



『バァンっ!!!』



 かなり大きな音が出た瞬間、的にしていた壺に命中し、粉々に砕け散った。


『異国の武器は恐ろしい……。あのような武器は流通してしまったら……ああ、恐ろしい……』

『あんな物食らったら、鎧もあっという間に貫通するだろう……』


 壺が砕け散った後、朝倉家家臣たちは怯え、そして今後の戦を心配していた。


「……凄い」


 これが本物の火縄銃の音に、私は轟音にびっくりする事無く、興奮して、目を見開いていた。


「このような感じでございます」

「ご苦労」


 家臣がどよめいている中、義景は取り乱すことなく、島津家の人に頭を下げていた。


「それは、雨の天候。この雨の多い北陸の地でも使えるか?」

「火、そして火薬を使いますので、雨天時には使用し辛い面もありますが、火薬を乗せる箇所に蓋がありますので、全く使えない事はありません」

「準備にどれだけかかる?」

「短い時間で出来ます。自分の心音を数えられるぐらいの短さと言えましょう」


 島津家の話を聞いた義景は、宗滴の顔を見てから、宣教師に頭を下げていた。


「遠い地、ポルトガルと言う場所から来た、我が友よ。このような革新的な武器を、我が朝倉家に教えていただき、心の底から感謝しております。後ほど、我が朝倉家の館に招待し、茶会を開き、自慢の庭園をご覧になっていただきましょう」


 この時代の宣教師たちが、日本のわびさびが分かるのだろうかと思っている時、義景は景近にこう言っていた。


「景近。異国人の相手が終わったら、にも宴に連れてくるように」

「承知しました」


 島津家の関係者なのに、義景は島津家の人と親密な感じがする。妙な関係が気になって、私は景近に聞いてみた。


「あの、殿と島津家って、仲が良いんですか?」

「そういう訳でもない。ただ今回、銃を披露した十兵衛殿は、過去に美濃の斎藤家に追われ、一時この地に避難していたこともあったらしく、殿、先代の孝景様と面識があるらしい」


 それだけ縁があるのなら、どうして朝倉家に仕えず、遠い薩摩国で島津家にいるのだろうか。


「家臣……って事ではないんですか?」

「どっちつかずと言った感じだ。武者修行という感じで、各地を転々としている。気が向いたら、美濃に戻ったり、この地に立ち寄るぐらいだ」


 何だか、カッコいい人なのだと思い、私も十兵衛の見る目が変わってくる。


「今のうちに、凛殿も挨拶ぐらいしておくべきかもしれないな」

「そうですね」


 私は、後始末をしている島津家の人に話しかけた。


「銃の扱いが上手ですよね。相当練習したのですか?」

「そうですよ。新たな武器の技術を磨いておけば、各地の大名に声をかけられますからね。今回の孫次郎様が良い例です」


 甲高い声。そしていつもニコニコしている様子は、どこかのセールスマンのような、景鏡と似たような雰囲気の人だった。


「若い女子ですね。朝倉家にとって重要な会議に、どうして女子が参加を? もしかして孫次郎様の側室だったりしますか?」

「いいえ。私はれっきとした朝倉家の家臣です。数年前から殿に仕えています、朝倉凛。そして殿からは、という名前を貰っています」

「それはそれは。孫次郎様に重宝されているようで。親に感謝しながら過ごす事を、わっちはお勧めします」


 どうして十兵衛は、急に親に感謝しろと言ったのか。


「孫次郎様の家臣なら、今後とも付き合いがあるかもしれませんから、名乗っておきます。わっちは、と申します」



 私は、十兵衛の本名を聞いた瞬間、一歩後ろに下がってしまうほど、緊張が走った。



 この人は、日本史を習う際に絶対に名前が出てくる、後世では悪役と知れ渡っている人物、本能寺の変で、朝倉家を滅亡させた、織田信長を討った張本人、明智光秀だ。


 明智光秀は、信長に仕える前、朝倉家に身を寄せていた過去がある。けど一乗谷にいる家臣のような感じではなく、一乗谷から遠く離れた寺の近くの家に住み、ジリ貧な生活をしていたらしい。


「ど、どうして島津家に? 殿と面識があったなら、そのまま朝倉家に仕えた方が良かったのでは?」


 まだあの信長に謀反を起こす、恐ろしい明智光秀ではないが、若い時からそのような風格がある気がする。名前を聞いた時に、過呼吸になりそうだったが、私は大きく息を吸い込んでから、十兵衛にそう聞いた。


「今、美濃は不安定で、近いうちに居城の城は落ちると考えています。伯父の弥次郎様が頑張っているみたいですが、時間の問題です。今後の為に各国を回り、あらゆる分野に精通しようと思っています」


 そして火縄銃を片付け終えた十兵衛は、私にこう言った。


「どうです? わっちと一緒に、各国を回りませんか?」


 まさか、明智光秀に勧誘されるなんて、夢にも思わなかった。


「それって勧誘ですか?」

「はい。久しぶりに戻って来たこの国を見て、驚きましたよ。この国は、平和すぎる。平和すぎるからこそ、孫次郎様は戦の経験も少なく、領土拡大の意欲もなくなり、当主として、武将として成長も出来ません」

「平和が悪い事って言いたいんですか?」

「戦国の世を生きる者として、失格」


 昔から面識があるとしても、明智光秀は義景を酷評していた。躊躇する事無く、義景をバッサリと切り捨てる十兵衛に、私は怖くなった。


「という訳ですから、延景様には、美しい容姿もあり、孫次郎様も認める、何かを持っている。そうです、命を狙われる前に、どこかの武将の正室か側室に――」

「十兵衛様。私には、朝倉家に仕える目的があります。朝倉家を繁栄させるため、殿に忠誠を誓っているからじゃないです。桜の花のように、儚く美しく散ってもらうために、動いています」

「それは面白い」


 十兵衛は、貴重な火縄銃を投げ捨てて、私とがっちりと握手をしていた。


「延景様の名前を、しかと覚えました。もしまた会う機会があれば、わっちは、孫次郎様ではなく、延景様に仕えましょう」


 そして火縄銃を拾い上げて、十兵衛は宗滴の所に歩いて行った後、景近が私に話しかけてきた。


「凛殿。十兵衛殿に気に入られていたようだが、何を言ったんだ?」

「明智十兵衛は、今後の朝倉家ではなく、日本史に関わる、重要な人です。仲良くなって、悪い事は無いでしょう?」


 そう返事すると、景近は私を怪訝そうな顔をして見ていた。

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