第18話 女子高生と、義景の初子の誕生

 月に一度、明智十兵衛から手紙が来るようになっていた。一応、義景に十兵衛と連絡を取り合っていると言う報告をしたら、特に反対する事無く、これからもやり取りするようにと命じられた。


「紅葉が進みましたが、今日は暑いですね」

「……まあ、そうですかね」


 今日の一乗谷は、小春日和な温度で、雲も少しだけある晴れの天気。朝は冷え込み、昼間は少し汗ばむ気温だが、まだ朝なので、暑いほどの気温ではない。


「細川様も大丈夫ですか? もう大分お腹も大きいのですから、無理して、この屋敷に来なくても良いんですよ? 私が出向きますから」


 私が出向こうとする前に、細川殿は、私が住んでいる宗滴の屋敷にやって来る。朝倉館から宗滴の屋敷は、結構距離があり、臨月を迎えた妊婦さんなので、ここまで来るのが大変だ。もしかすると、ここまで歩いて来るまでに体温が上がり、細川殿は暑いと感じているのかもしれない。


「剣技の鍛錬は、多く出来た方が良いでしょう? 私、凛様が懸命に刀を振る姿が好きなのです」

「あ、ありがとうございます……」


 細川殿に、微笑みながらそう言われると、私は照れてしまう。


「凛様。もしこの子が、男の子だったら、どう思いますか?」

「おめでたいです。きっと殿のように、文武両道の武将になるでしょう」

「それでは、もし女の子だったら?」

「きっと、細川様みたいに、美しい姫になると思います。殿に勉学を叩きこまれ、良い人と結ばれると思います」

「そうでしょうか? それは夢を見過ぎだと思います」


 細川殿は、不安そうに大きなお腹を撫でていた。


「子は、大人の都合の良いように使われ、貢物として扱われることが多いのです。良い例が私ですね。細川家と朝倉家の友好関係を示すための道具ですから」


 戦国時代の現実を突きつけれると、私は刀を振ることを止めて、顔を俯かせる。


「好きな人はいましたか?」


 酷な話かもしれないが、私はつい細川殿に聞いてしまった。


「ここに嫁ぐ前ですね。細川家にいた時、私の侍女の弟君と添い遂げたいなとは思いました。ですが身分が低いので、会う事すら出来ず、そしてしばらくしたら、三好家との戦で亡くなったと、そう聞きました」


 そして細川殿は、空を見上げて、掠れた声で、こう言った。


「私たち女性は……、本能的に好きになった異性と……結ばれることは出来ないのでしょうか……? 少しの間だけ話すだけの……そう言った機会もくれないのでしょうか……?」


 細川殿は鼻をすすった後、かける言葉が無く、動きを止めていた、私に話けていた。


「気にしないでください。今は、殿に慕っていますから。さあ、この家を救うためにも、凛様は刀を振ってください」

「はい。細川様を退屈させないように、しっかり振りますね」


 私がしょ気た顔をしていては駄目だ。戦国時代と、現代の令和では価値観も違うし、常識も違う。この世界の常識に従って、私はこの生活をしていかないといけない。細川殿も、細川家と朝倉家の友好関係を優先して決めた道なのだから、私が口出ししてはいけない。けど、細川殿にも普通の恋愛をして欲しかったなと思いながら、刀を振り続けた。


「……ふう」


 ただひたすらに、刀を振り続けたので、私は一旦休憩するため、縁側で見ている、細川殿の横で休憩しようと、細川殿の方を向いた瞬間、私は血の気が引いた。


「ほ、細川様っ!!」


 細川様は、苦しそうに縁側に横たわっていた。細川殿は、私と二人だけの時間が欲しいようで、特に稽古している時は、侍女を別の部屋に移動させ、二人きりにしていた。なので、私は細川殿が苦しんでいる事が分からなかった。


「すみませんっ!!! 誰でも良いから来てくださいっ!!!」


 私は、オウムのように何度も同じ言葉を、大声で叫び続けた。そして侍女だけではなく、宗滴の屋敷の隣りにある、西山光照寺の住職も駆け付けるほど、大騒動になってしまった。





 緊急事態だったので、細川殿の出産は宗滴様の屋敷で行われた。

 今では、病院で分娩を行い、ベッドの上で看護師さんの補助、もしくは帝王切開で出産するが、戦国時代はそんな事をしない。細川殿に仕えている侍女と、産婆が付き、妊婦の細川殿は、横たわらず、座って出産をするらしい。そして麻酔も無い時代なので、出産の痛みは計り知れない。拷問を受けているような、悲痛な叫び声が、ずっと聞こえ、私は心苦しかった。


「凛よ。宗滴様の屋敷だったから、宗滴様に何かあったのかと思ったぞ」

「……すみません」


 今回の事に、義景はすぐに駆け付けた。宗滴の屋敷だったので、義景は宗滴に何かあったのだと思い、血相を変えてやって来た。


「別にいい。出産も、朝倉家にとっても非常事態だ」


 けど、もうすぐ初の子供が生まれると知ると、義景は安心そうな顔をして、落ち込んでいる私の隣りに座り、生まれるのを部屋の外で待っていた。


「集中して、刀を振っていたから、細川様の事が早く気付かなかったんです。怒るなら、改易するなら、素直に受け入れます」

「今回の事は、誰も悪くないぞ。侍女も言い付け通りに、凛との二人だけの時間を作って、凛は強くなるための稽古に集中していた。私は、誰も悪くないと思っている」


 そう言って、義景は無邪気な子供のような笑みを浮かべ、私を慰めてくれた。


「あの、もし赤ちゃんが生まれたら、殿はどうするつもりですか?」


 赤ちゃんの将来が気になって、私は義景にそう尋ねると、義景は即答で答えた。


「凛は、どうするべきと思う?」

「普通に恋愛して、好きな人と婚約して欲しいです」

「五百年後では、そう言った事が一般的なのか。だが、そう言ったことが出来ない、不自由な生活をしているのが、今の戦国の世だ。我が子でも、人質に差し出さないと、存続が危うくなる。先代が死に物狂いで繋いで来た家系を次世代に繋げるためにも、血のつながった身内も差し出す覚悟を、当主は持たないといけないからな」


 義景も、遠目でそう語った、その時だった。


『おぎゃーっ!! おぎゃーっ!!』


 宗滴の屋敷内に、産声が響き渡る。


「生まれたかっ!? 男かっ!? 女かっ!?」


 産声を聞いた瞬間、義景は部屋に入り、赤ちゃんの性別を聞いていた。


「おめでとうございます。殿の初子ういごは、女の子でございます」


 一人の産婆によって抱えられていたのは、へその緒が付いたままの、赤ちゃんだった。大きな声で泣き、産湯に浸からせる前に、義景は初めての子供を抱いていた。


「良く生まれてくれた。そしてよく頑張ってくれた」


 義景は父親らしく、赤ちゃんの頭や頬を撫で、周りは幸せな雰囲気に包まれていた。



 だが、そんな幸せな時間は、一瞬で終わってしまう。



「殿っ! 細川様が、意識を取り戻しませんっ!」


 微動だにしない、細川殿を見た侍女の人が、喜ぶ義景にそう報告していた。

 出産は命懸けだという事を、私は忘れていた。勿論、まだ出産を経験していないので、妊娠と出産がどれだけ大変なのかも分からない。


「最近、朝晩が冷えたせいか、細川様は体調を崩していました。昨晩は咳が酷く、一時は吐血もしていました」


 侍女の人が、恐る恐る義景にそう報告していた。けど私は、侍女の話を信じることが出来なかった。なぜなら、細川殿は咳をする事も無く、至って普通だったからだ。


「……誰でも良い。……さっさと医師を呼べ。……申し訳ないと思ってるなら、早く呼んで来いっ!!! このたわけ共がっ!!!1」


 義景のマジギレに、侍女や産婆の人は怯えていた。私も義景のマジギレした姿が怖く、体が動かなくなりそうだったが、自然と足が動き、城下町にいる、医師を呼びに行った。




 けど、私が医師を呼びに行って、屋敷に戻った時には、すでに遅かった。細川殿の呼吸は弱々しく、時には物凄く咳き込む。そして今日は暑いと言っていたのは、実は体温は高熱だったからで、細川殿は高熱の中、朝で冷え込んでいる中、歩いて宗滴の屋敷に来た。そしていつも通りに、私と会話をし、いつも通りに稽古する私の姿を見ていたら、産気が来て、出産する事になった。


 医師の判断によると、咳逆疫しはぶきやみと言う風邪。原因不明の、病だと言っていたが、私は高熱、そして咳が酷く出る症状を見て、インフルエンザだと思った。



 そして回復する事無く、細川殿は赤ちゃんを産んで2日後に亡くなった。


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