第28話 女子高生と、傅役の抹殺作戦

 私は後の天下人となる、豊臣秀吉。今は木下藤吉郎という名前だが、藤吉郎は織田信長に登用してもらうために、傅役を抹殺しようと企んでいた。


 傅役もりやくは、いわゆる先生、師匠みたいな人物を指す。藤吉郎が狙う、信長に読み書き、武術を教えている人が、織田家の繁栄を妨げているとは、どう言うことだろうか。


「最近、この近くに出没するって噂なんですわ」


 藤吉郎の後についていくと、私たちは城下町の外に出た、何もない、ただ松の木が1本だけ生えている、原っぱに来ていた。


「姉さんは、儂の刀を持ってください」

「……何をすればいいんですか?」

「てきとーに、素振りをお願いしますわ。と言うか、姉さんは華奢ですから、刀を振ることが難しいでしょうから、やっている感じを見せてもらえれば――」


 藤吉郎に、言われっぱなしで言われるのも癪なので、私は太刀よりも軽い、打刀を軽く振って、空を切った。


「……はっはっはっはっ!! これはたまげたっ!!」


 藤吉郎は大笑いした。


「姉さん、どこの家の者ですか?」


 すぐに態度を急変し、藤吉郎は冷たい目線を、私に送っていた。


「ま、そんな事はどーでも良いですわ。そろそろ来るはずなんで、手筈通りにお願いしますわー」


 再びひょうきんな態度に戻った藤吉郎は、私を置いて、ふらふらと歩きだし、そして姿を消した。


 このまま、藤吉郎の言いなりになって良いのだろうか。藤吉郎は、後の豊臣秀吉。絶対に殺してはいけない、ここで日本史の重要人物を失ってしまったら、歴史が大きく変わってしまう。それなら、藤吉郎の言われた通りに、傅役の抹殺を黙認して、私も暗殺に加担するべきなのだろうか。けど、信長の傅役を殺すのは、気が引けるが、言われたとおりに、軽く刀を振っていると、遠くから足音が聞こえた。


「……何故女が刀を振っている?」


 幽霊のように、ゆらりと現れたのは、朝倉宗滴と同じくらいの年齢のおじいさんが、打刀を一本を持って、私の前に現れ、そう聞いてきた。


「……この辺りに住む娘か? ……親を殺されたか? ……復讐のため、戦場に立とうと言うか?」


 貴方を誘い出すため。そんなことは言えない。


「そんな事はありません。戦場で戦う姿が格好良くて、父から勝手に刀を拝借して、足軽の真似をしていた感じですかね」

「……滑稽」


 おじいさんは、刀を抜き、そして刀を地面に突き刺してから、血涙を流す勢いで、低い声で話し始めた。


「……この国は終わりだ。……殿が亡くなり、跡を継いだ上総守様は、美しい正室を迎えたと言うのに、一向に奇行は収まらない。……私がどれだけ織田家の為に尽力し、美濃の蝮と話を付けたか。……現実を知らぬ小娘には、私の苦しみが分からぬであろう」


 私は、おじいさんのただならぬ感じに身震いをし、少しだけ距離を取った。


「……おじいさん。……もしかして、信長を殺すつもりですか?」


 おじいさんの目がイっている。目線もどこを向いているか分からず、恐らくノイローゼに陥っているのだろう。この人が、信長の傅役なら、大うつけと呼ばれるほど、信長をおかしくしてしまった、傅役に批判が殺到するだろう。そのせいで、このおじいさんは、完全に病んでしまい、周りを滅茶苦茶にしてから、後に自決する気なのだろう。


「……上総守様の名を気安く呼ぶな。……この辺で何も分からず暮らす、農民の娘に、私の気持ちが分かるか」


 ここで信長を死んでしまったら、更に歴史が大きく変わってしまう。信長のカリスマ性、癖のある家臣たちをまとめ、各地の戦国大名、石山本願寺との一向宗の戦いに決着をつけたから、秀吉も戦国時代を終わらせ、天下統一が出来た。


「……離れていなさい。……自分の命が惜しいならば、早く家に帰れ」


 おじいさんは、地面に刺していた刀を引き抜いて、老体とは思えないぐらいの、機敏な動きで、刀を動かし、生えていた松の枝を、木っ端微塵に切刻んでいた。


「はえー。織田様の筆頭家老様は、衰え知らず。流石、美濃の蝮相手に引けを取らない、織田家の柱ですわー」


 再び姿を現した藤吉郎は、おじいさんの刀裁きを褒めていた。


「……糞餓鬼の見世物ではない。……近寄れば、斬る次第だ」

「怖い事言わんといてなー。ちょっと儂の話、聞いてくれませんか? ちょーっとで構いませんのでー」


 藤吉郎は、不気味に笑っていた。


「儂、これで織田様と天下取りますわ。なわけで、じじいは邪魔なんよ」


 藤吉郎は、背中に隠していた火縄銃を取り出した。


「おじいさんっ!! 松の木の後ろに――」


 既に縄に火がつけられていて、数秒後に弾が発射される。藤吉郎は、当時では最先端の武器、火縄銃で、おじいさんを抹殺するつもりだ。


「蝮から話を聞いている」


 一発目の弾は、おじいさんはかわした、後ろにあった松の木に命中していた。


「……威力は甲冑を貫く。……簡単に人を殺めることが出来る、革新的な武器」

「話が早くて、助かりますわー」


 藤吉郎は、火縄銃をかわしたおじいさんを褒めていた。


「けどまあ、もう体毛は白く染まるほど長く生きた家老でも、突然最先端の武器が、多くあるとは思わんでしょうな」


 藤吉郎がにやにやしながらそう言うと、一斉に銃声が鳴り、弾がおじいさんの頭部、胸、腹、足を貫いて、ハチの巣にされていた。


 何もない平原だと思っていたのに、一本の松の上に、2人の子供が火縄銃を構えていて、そして藤吉郎の背後にも、2人の子供が火縄銃を構えていた。小学生ぐらいの男の子が、藤吉郎の命令で、いとも簡単に火縄銃を扱い、そして躊躇なく人を殺せることに、私は藤吉郎、いや豊臣秀吉を恐ろしい人間、悪魔だと思ってしまった。


「織田家筆頭家老、平手五郎左衛門政秀殿。火縄銃の威力、分かってくれました? この威力なら、あっという間に、織田様と天下取れてしまうでしょ?」


 けらけらと笑った後、藤吉郎は子供たちに報酬を与えてから、子供たちを解散させていた。


「ちょっと計算が狂ってしまいましたわ。腹だけで十分でしたのに、こんなに襤褸切れのようになってしまっては、自決に見せられんから、獣に襲われた事にしときましょか」


 藤吉郎は、平手政秀の体を蹴った後、私の顔を見てきた。


「筆頭家老は死にました。これで、織田様の天下統一は、ようやく動き始める。これで、姉さんも織田家の中枢に入り込む、隙が出来ましたわ」

「……ちょっと、考えさせてくれませんか?」


 家老が殺された事が、織田家に知れ渡れば、更に織田家の分裂が進んで、この地も戦場となる可能性が高い。家が混乱している時に、信長に気に入られれば、藤吉郎も一気に出世出来るだろう。


「迷う? 姉さん、迷う暇はありませんよ? 迷ったら、一気に天下を取り損ねる。一瞬の迷いが、今後の人生を左右しますよ?」

「迷って立ち止まることも大切です。その時の感情任せは、時に間違いを起こします」


 私は藤吉郎に反論すると、藤吉郎は鼻で笑った。


「言っときますけど、儂は姉さんは共犯ですよ。姉さんは、この老人を見殺しにした悪人。まあ、言っても構いませんけど、命の保障は――」

「構いません。私、すでに命狙われてますから」


 そう言うと、藤吉郎はつまらなさそうに、唇を尖らせた。


「つまんない姉さんや。顔を引きつらせて、儂におびえる姿を見たかったんですが、一筋縄ではいきませんな。ま、どこかで会えたら、のんびり団子でも食べましょ。ほな」


 藤吉郎は、そう言ってふらふら歩きながら、どこかに姿を消した。

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