天文22年

第27話 女子高生と、尾張国の下級武士

 冬も終わり、京の都は春を迎えた。日差しも温かく、鳥も陽気に鳴く声も聞こえ始めた。体調も安定してから、私は明智光秀の誘いで、越前、朝倉義景がいる一乗谷に戻らず、尾張に向かうことにした。


 尾張と言えば、戦国三英傑の一人、若き織田信長が本拠地としていた場所だ。後に敵対する事になる織田家。朝倉義景をバッドエンドにしない為には、必ず信長は関係してくる。ここで会える機会があると言うのなら、私は会っておくべきだろう。


「もう平気そうですねぇ。敷居の高い、由緒ある近衛家の屋敷に、無断で寝泊まりする事が、二度とないようにしてもらいたいですねぇ」

「はい。本当にありがとうございました」


 しばらく面倒を見てくれた、近衛春嗣に頭を下げ、そして春嗣から頂いた太刀をしっかり持って、私は京の都を出ることにした。


「延景様。話によりますと、今の尾張は親族同士の討ち合い、内戦状態のようで。戦が落ち着くのは時間がかかりそうです」


 逢坂関に入る前に、私は明智光秀にそういう話を聞いた。


「けど、それを治めようとしている、一人の男がいるんですよね?」

「ええ。つい最近元服した青年が、分裂している織田家を統治しようとしています」


 もうその頃から、信長はカリスマ性を発揮し、大六天魔王の頭角を現していた。


「延景様。ここでわっちたちの仲間と待ち合わせをしています」


 光秀は、逢坂関の道中に、笠を深くかぶっている人物に話しかけ、その人物を私に紹介した。


「春になったと言っても、風はまだ冷たい。朝倉様、この風はお体に障りませんか?」


 光秀が言う仲間と言う人物は、三好家に追われている将軍、足利義藤だった。


「わっちと一緒に武者修行したいみたいですよ。延景様は、どう思われますか?」


 意識を失うぐらい、義藤の割腹は重傷だったはず。けど今はケロッとしていて、すれ違っても分からないぐらい、下級武士のような、ありふれた姿の将軍は、私たちの尾張への視察を同行しようとしていた。


「まだ夢を捨て切れないなら、一緒に行きませんか?」


 そう言うと、義藤は傘を深くかぶって、黙って私の後ろに立った。義藤は、私たちと同行する意思が固まったようで、私たちは織田信長がいる、尾張を目指した。





 尾張は、京から近いようで遠い国。大河に囲まれ、北には山々がある、攻めにくい国。そして海道一の弓取りと言われている、今川義元の勢力にも近い尾張は、一乗谷ほど栄えているわけではなく、京より荒廃しているわけでもない、最低限の暮らしが出来る国のようだ。


 尾張の中心地であって、数ある織田家の城の中で、信長がいるであろう、那古野(なごや)の城下町に着いた私たちは、道中で決めた織田信長に会うために、それぞれがやる事を、実行することにした。


 光秀、義藤は、信長に接近するために、また違う場所で待ち合わせをした、織田家の関係者と密会するようで、そして私は、那古野の城下町で、信長の情報を多くでも集めるため、町民のフリをして、聞き出すことだった。


「今でも胸を出して、肩衣(かたぎぬ)を身に着けず、小袖を正しく身に着けない。傅役(もりやく)の人も手を焼いているようで」


 城下町にあった茶屋で、私は店主の人にそんな話を聞くと、私は史実通りの姿に、少し安心した。


「今でも、町に出て、どこか歩いているってことですか?」

「最近は見てないですけど、そうじゃないですかね」


 一応、若き信長だが、すでに家督を継いで、当主になっている。だから、そう簡単に信長に会うことは出来ない。もし話が本当なら、私は旅番組のように、この地をぶらぶらと歩ていたら、偶然に信長と会えるかもしれない。



「おっちゃんっ!! いつものくだせぇ!!」



 茶屋に飛び込んできたのは、見下ろすぐらい、かなり身長が低い、面長の小さな青年だった。


「おうおう。今日は儂以外に、珍しく客がいるじゃねえですか。しかもべっぴんで、一目で恋してしまいましたよ」


 そう言って、青年は私の横にあっさりと座って、私をじっと見つめていた。


「姉さん。どっかの男の者ですか?」


 ナンパは初めてだ。そして何だろう、すごくこの男と話すのが嫌だ。生理的に、この男とは合わないと思った。


「無視するなんて、そりゃ無いでっさ。儂、こう見えても武士なんですわ。経験は浅いですが、今後の姉さんの人生が安泰したいなら、儂に付いてきてくれませんか?」

「……織田家の人ですか?」


 そう尋ねると、男に団子を持ってきた店主が、男の名前を言った。


「お客さん、運が無いですね……。殿は、すっごく話術が上手で、年上だろうが、刃先を首に突き付けられるも、笑えるぐらい度胸がある。そんで喧嘩になった相手でも、最後には仲良くなるぐらい、変わった人なんだよ」


 私は、藤吉郎という名前にも、もちろん聞き覚えがある。


 それは、天下統一を成し遂げた、豊臣秀吉の初期の頃の名前、木下藤吉郎だ。私の横には、天下人が座り、そして私をナンパしようとしている。女好きとして有名だが、まさか私をナンパしてくるとは思わなかった。


「変わった人なんて、おっちゃん、褒めても何も出ませんわ」


 そして藤吉郎は、愉快そうに笑う。面長で、唇が一般の人より前に出ていて、信長が『はげネズミ』というあだ名をつけたのも、私は納得してしまった。


「藤吉郎さん。この地を治める武将は、誰か分かっていますか?」


必ず、豊臣秀吉は織田信長に仕えるだろう。ここは生理的に受け付けないが、藤吉郎に接近した方がいいかもしれない。


「変な事を聞くなぁ。この地は、織田様の勢力じゃないですか」

「信長――織田様に仕えているんですか?」


 そう聞くと、藤吉郎の目の色が変わり、私の鼻先に団子の串を突き付けてきた。


「美しい姉さんなのに、織田家に興味あるなんて、中々目の付け所が良いですわ。今は余計な人が多いから、織田家はまだ勢力を拡大出来てないけど、儂と協力してくれるなら、織田家の重臣ぐらい、会えるかもしれませんし、気に入られるかもしれませんわ」

「……何をする気なんですか?」


 そう言うと、藤吉郎は不敵な笑みを浮かべた。


「傅役の抹殺」


 藤吉郎の言葉に、私は藤吉郎とかなり距離を取った。


「警戒しなくてもええんですわ。姉さんは、なーんにもしなくても良い、抹殺するのは儂の仕事。ただ、姉さんの美貌を使って、傅役を懐柔する、とーっても簡単な仕事ですわ」


 信長の傅役にハニートラップを仕掛けて、隙が出来た時に、藤吉郎が傅役を暗殺する魂胆なのだろう。


「どうします? あ、それと当主と正室の間には、中々子供が出来ないみたいなんですわ。当主に気に入られれば、一気に正室に出世できる機会が出来るかもしれまんよ?」


 信長の嫁は興味はない。私は朝倉家を最悪な結末にしないように、前から動いている。そしてバッドエンドを回避するには、信長と対面し、良い感じで関係を持たないといけない。


「私、朝倉凛って言います」

「儂は、木下藤吉郎って下級武士です。けど苗字があるとは、姉さんは、それなりに身分のある人なん? ま、そこはどーでもいいですけど、協力してくれるなら、儂の考える作戦は、絶対に成功し、一気に織田家の中枢に乗り込めますわ」


 若き頃の豊臣秀吉に会った私は、信長と接近出来るよう、ここは腹を括って、木下藤吉郎と行動することにした。

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