第29話 女子高生と、織田上総守

 木下藤吉郎に抹殺された、平手政秀の遺体を、私は松の木に寄りかけようとすると。


「……話……聞け」

「きゃぁああああっ!!!」


 てっきり、亡くなったと思っていたので、急に平手政秀が話し出したので、私は大きな声を開けてしまった。


「……あの……糞餓鬼を……上総……守様に……接触……させるな」

「……ですが」


 木下藤吉郎を、織田信長の側近にさせないと、私が知る日本史が大きく変わってしまう。そのためには、最悪な結末になろうが、木下藤吉郎を織田信長に接触させないといけない。


「……奴は……鬼……じゃ……この国全土……災厄を……もたらす」

「……分かっています」


 天下統一をした豊臣秀吉。英雄扱いされているのは裏腹に、晩年は本当の鬼のような所業をしている。従弟を切腹させたり、明を征服するため、手始めに朝鮮出兵を行っている。平和にしたはずの天下人が、自ら平和を壊すような、意味の分からない行動をするのが、晩年の秀吉だ。


「……上総守様……まだ何も知らぬ……若造……鬼にならないよう……祈るのみ……だ……」


 平手政秀は、信長の事を心配しながら、本当に息を引き取った。




 夕刻近くになると、私は光秀に教えられた寺に向かい、光秀、義藤と合流した。


「明日の早朝、織田の者と会う約束をしました。場所は、この寺です」

「それでは、私たちはこのままいれば良いってことですか?」


 光秀は頷くと、私は悩んだ。光秀たちは順調に物事が進んでいるようだが、私はどうだろうか。

 私は、信長に会うための道のりを遠ざけている気がする。そもそも、秀吉に嫌われ、この場にいる方が危うい感じがする。奇襲を避けるため、一刻も早く、この寺を移動し、別の場所に行った方がよいかもしれない。


「一応、織田家の関係者の名を聞いても良いですか?」

「もちろんです。名は、藤吉郎と言った、まだ織田家に仕えて間もないと――」


 どうあがいても、私は秀吉に会わないといけないようだ。卑怯な手を使っても、織田家に入り込んで、信長を懐柔しようとしている。


「すみませんが、その者の相手、一度1対1で話し合いたいです」

「素晴らしい。得体のしれない男と会う覚悟。普通の女子では出来ないでしょう!」


 光秀も、そして義藤も承知してくれたので、私は再び木下藤吉郎と会うことにした。




 早朝、ようやく日が昇ってきたところで、寺に一人の男がやって来た。


「こりゃあまあ、また会うなんて……。儂と姉さん、運命で結ばれてますね」

「あはは……それは光栄です……」


 藤吉郎は、私がいると知ると、大爆笑していた。


「話をしましょか。まず、そっちの話からで」


 光秀とは、どのような話をするのか聞いている。


「織田家当主と面会したいです」

「織田様にですか? そりゃ、滑稽な話ですわ。自分で入り込む機会を捨てたじゃないですか」


 再び、藤吉路は大爆笑。


「織田様は、とーっても忙しいんですわ。尚更、家老が抹殺されて、それの対応。しばらくは会えんでしょうね」

「でしょうね」


 そのことは、目の前で見ていたから分かっている。


「けど、儂の計画に協力してくれた礼として、無償で会わせてあげようじゃないですか」


 絶対に裏がある。藤吉郎の無表情の顔が、そう語っている。


「会います。ただし、同行者を付けても良いのなら」

「何人でも構わんですよ。五人だろうが十人以上だろうが。いや、たくさん連れてきたら、織田様が警戒して帰っちゃいますわ」


 ガハハハッっと、下衆な笑いをした藤吉郎の姿を見た後、私は退室し、光秀と義藤が藤吉郎の会談を始め、それは昼頃まで話していた。





 藤吉郎は、翌日の昼に何もない平原を待ち合わせにした。そこは、藤吉郎は平手政秀を抹殺した場所で、すでに遺体は無く、織田家が回収し、供養したのだろう。


「貴方が、上総守様でしょうか?」


 平手政秀が亡くなった松の木の下に、ヒョロヒョロした細身の男性が佇んでいた。髷を結って、狐のような細い目つき。そして歴史の教科書で見た肖像画の顔が、私の目の前にいた。


「おう。そうだ。儂が織田家当主、織田上総守だっ!!!」


『鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス』


 信長の性格を現した一句がある。信長の残虐性と、短気な面を現した一句だが、そんな句は出鱈目だと思うぐらいに、信長は満面の笑みで、そして初対面なのに、軽々しく私と肩を組んできた。


「お主があのサル坊主が言っていた、面白い女か! 何処が面白いのか、何か一発芸をやってみろ」


 一発芸なんて出来ない。私はどうしたらいいのか困惑していると、後に日本史での大事件、本能寺の変を起こした明智光秀が、信長に話しかけていた。


「漂浪者、明智十兵衛と申します。この度は、若き当主、織田上総守様に聞きたいことがあり、わっちたちは、遠い地から会いに来ました」

「儂に答えられる範囲ならな。言ってみろ」

「織田様の将来についてです」


 そう光秀が尋ねると、信長は淡々と答えた。


「特に無いな」

「……無いのですか?」


 天下統一と言うのかと思ったら、信長は裏表が無い表情で、光秀の問いかけに答えた。


「儂は当主をやりたくない。儂は面倒なことはやりたくない。何か良い感じで、一族のいざこざが収まらないかと思っている」


 他力本願の信長に、私たちは目を丸くしていた。


「それで、尾張国を平和な土地にする。他国の今川家、義父の斎藤家がもし侵攻してきたのなら、国民が一丸となって、この国を守り、息子が生まれ、隠居するまで、穏やかに暮らしていたい」


 この考えは、私の当主、朝倉義景に似ている。いや、義景その物だ。一国だけを統治し、戦国乱世に巻き込まれたくない、穏やかに暮らしていたいのは、もしかすと度の戦国大名が思っていたことなのかもしれない。


「もう聞きたいことは終わったか? それなら、儂も女に聞きたいことがある。正直に答えてくれよな」


 けど、やはり信長。急に態度が一変し、隠し持っていた腰刀で、私の眼球が当たるギリギリの所で寸止めしていた。


「女が、政秀を殺したって本当か? あのサル坊主が言っていた」


 やはり、秀吉は私をこの場で殺すつもりだ。私を犯人にして証拠隠滅を図り、信長に何かを吹き込んで、秀吉は逃げるつもりだ。


「何故政秀を殺した?」


 私の目の前には、信長の腰刀の刃先がずっとある。少しでも動けば当たる。怖い、死にたくない。独眼竜なんて、この戦国の世に2人もいらない。けどここで怖気ついて、引いたら、秀吉の思う壺。秀吉の挙動もおかしいし、このままだと、日本の未来は少しずつおかしくなっていくだろう。


「……」


 ここで藤吉郎がやった事。真犯人は木下藤吉郎だと言えば、命は助かるかもしれないが、当然藤吉郎は白を切る。しかし、私は藤吉郎に加担し、抹殺を黙認してしまっている。知らなかった、私は嵌められたなんて言っても、信長は信じないだろう。


 そもそも、私は何のためにこの地にいるのだろうか。そうだ、私はそのままの事を言えばいいだけだ。


「これも、国のためなんです」

「国のためだ?」


 もちろん、信長は納得していなかった。


「ある人を救いたいから」

「人のためだと?」


 信長は、一気に般若顔になった。


「私は、朝倉凛延景。越前、朝倉家の家臣です」


 自ら名を明かすと、信長は急に表情が元に戻り、腰刀を収めた。


「政秀を殺したのは、越前を守るためと言うのか?」

「いいえ。越前だけの問題じゃありません。この国、日本を守るためにもあります」

「日本を守るためだと?」

「上総守様の功績で、この戦国の世は、一気に終わりに近づきます」

「政秀のようになりたくなければ、包み隠さず話してもらおうか」


 信長には、言ってもいいだろう。信長の働きかけがなければ、日本史は大きく変わってしまう。信長が倒れるまで、そして朝倉家が滅亡するためには、信長の平和主義を無くし、領土拡大欲を強めないといけない。


「この話は、木下藤吉郎にはご内密でお願いしたいです」

「良いだろう」


 私は、信長に今後の日本の事を話し、そしてこの話によって、信長の中に眠っている、大六天魔王を目覚めさせる、きっかけを作ってしまった。


「サル坊主の言う通り、面白い人間だ。殺すのは惜しいが、このまま無罪放免は出来ない。朝倉家の家臣は、何が出来る?」

「織田様。ここに政秀様を祀る寺院を立てるのはいかがでしょうか?」


 私の昨日の出来事は、隠し通すことが出来なくなり、就寝する前に、光秀と義藤に話していた。状況を知っている義藤は、この地に寺を建立させることを提案し、その資金は、義藤が負担することで、話に決着がついた。


「寺院が完成するまで、私はこの地にいます。そして命日には、毎年参拝します。許してほしいとは言いません。政秀様の補填を、私が行います」

「そうか。なら、しばらく罪を償うため、失った政秀様の代わりとして、しばらく動いてもらおうか。そこの2人のお供も一緒にな」


 何か、良い感じに織田家に入ることが出来たので、結果オーライで、私は織田信長に接触することに成功した。

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