第30話 女子高生と、織田上総守の身内

 私は、織田家に一時的に仕えることになった。

 私に協力してくれる、先に一乗谷に戻っている福岡吉清は、以前の奏者の経験を活かし、尾張に身を潜めている、私に近況報告してくれる。

 私吉清の手紙によると、まだ一乗谷では、義景のいとこ、朝倉景鏡が、私の悪行を言いふらしているようで、民衆も私を良く思っていない人が増えているらしい。なので、まだ帰るのは良くないと言う話だ。


「儂の正室の話し相手になってくれ」


 若き信長の居城、那古野城に招かれた私たちは、早速信長にこき使われた。義藤、光秀は信長の三河国国境付近の偵察。そして私は、信長の正室の話し相手にされた。


「どうじゃ? またわっちの勝利じゃっ!」

「強いですね……流石です……」


 私は、信長の正室、通称『濃姫』と将棋の対局をし、そして私は完敗した。そもそも、宗滴や影近に教えてもらったことがあるが、いまだに複雑なルールなどは分かっていないので、濃姫に怒られたばかりだ。


「つまらんのぉ。女を捨て、武士の道を選んだのなら、将棋のような娯楽はしっかり覚えんといかんのじゃ」

「すみません……」


 油売り商人から、戦国武将に成り上がり、下剋上を成し遂げた、美濃のマムシと呼ばれる斎藤道三の娘、濃姫。

 信長と一つ下で、小柄な女性。綺麗な黒髪に、同性の私が羨ましがるほどの美人で、もし現代にいたのなら、即ドラマの主演女優になっていただろう。


「将棋は止めじゃ」


 しかし濃姫は、近衛殿とは違う、わがままな一面もある。存分に父親や家臣に甘やかされたのか、何か気に入らないことがあると、すぐに拗ねてしまう。


「凛、流石に双六は分かるの?」

「あ、双六なら分かります」


 天を仰いだ後、濃姫は双六を提案してきたので、私は今度こそ濃姫が楽しんでもらえるように遊んだのだが。


「みんな聞くのじゃっ!! 朝倉家は嘘つきじゃっ!! 双六を分かっていないのじゃっ!!」


 濃姫は、待機している侍女たちに、私が嘘つき呼ばわりをして、泣き喚いていた。


 この時代の双六は、全くルールが違う。サイコロを振るのは同じで、出たマス目の数字で進むのは一緒だが、そこからが違う。

 碁盤の上に、碁石と同じような、白黒の15個の石を並べ、自分の石を、相手の陣地にすべて入れた方が勝ちになる。囲碁将棋のように、石を取るわけではなく、完全に試合は運次第。サイコロの目をたくさん大きい数字を出すほど、勝つ確率が上がる。


「すみません……。私が知っている双六とは、全く違う物だったので……」

「言い訳はいいのじゃっ!! 早くわっちに、金品を寄こすのじゃっ!!」


 しっかり賭博要素もあるので、私は一乗谷にいた頃に貰った、奏者で活躍した時に貰った、報酬金の貨幣を渡し、濃姫の機嫌を損ねないよう、信長たちが帰ってくるまで、濃姫の接待を続けていた。





 別の日。今回は濃姫の相手ではなく、信長と少数の兵士と一緒に、那古野の地を離れていた。


「凛には、儂の実弟に会わせてやろう」

「弟が、いたのですか?」


 信長に弟がいたことは、初耳だ。

 信長の子、本能寺の変で父の後を追って自害した、長男の信忠のぶただ。のらりくらりとし、秀吉を激怒させ、没落したが、現代まで血筋を繋げた次男の信雄のぶかつは有名だが、信長の兄弟は、歴史の表舞台に出てくることはあまりないだ。


「おう。頼りになる弟よ。お前も気に入るはずだ」


 信長は、弟を信頼しているようで、表情は明るく、上機嫌のまま、何もない平原を歩き続けると、大きな水濠に囲まれた、城が見えた。信長の弟は、那古野の東に位置する地に城を構え、末森すえもり城の城主になっていた。


「これは兄上。わざわざ、足を運ぶなんて、どんな要件ですか?」


 信長の実弟、織田勘十郎信勝。たまに家に訪問してくる、セールスマンのようなニコニコした顔で糸目。こんなに穏やかな表情をする人が、本当に血のつながった弟なのかと疑ってしまう。


「平手政秀が殺された」

「家臣から聞いていましたが、兄上が言うのなら、本当のようですね」

「それで、この女子が殺した」


 信長が、私をそんな風に説明すると、信勝は目を見開いて、私を警戒する仕草をしていた。


「あ。なるほど。兄上の事ですから、処刑する前に引き回しているのですか?」

「政秀は重臣で、織田家にはなくてはならない存在だった。だからな、こいつを暫く政秀の代わりに登用――」


「ふざけるのも、大概にしてくださいっ!!」


 床を強く叩いて、信勝は激昂した。


「兄上の傅役だった人を、このような女子に殺されたのですよっ!? 血涙が出るぐらい、悔しいとは思わないのですかっ!? 兄上なら、苦しめてから、残虐に処刑するでしょうっ!?」

「何も」


 信勝は怒っている反面、信長はヘラヘラと笑っていた。


「父上が亡くなって、当主になったというのに、いい加減に奇行に走るのは止めてくださいっ!!」

「奇行か。儂の行動をどうしてそう思う? 暑かったから、偶々着崩したら、それで皆は、うつけ呼ばわりにしたな」

「これからの織田家を引っ張るには、ちゃんとした姿、他家に舐められないような振る舞いをしていただきたいのですっ!!」


 兄弟喧嘩に、私は完全に蚊帳の外。ここで殺人犯になっている私が、2人の仲裁に入っても、逆効果なので、じっとすることにした。


「ああ、そうですか……っ! 兄上は父上の位牌に抹香を投げつけた、人の心もない鬼っ!! やはり、兄上には、織田家を任せることが出来ませんっ!!」

「そうか。なら儂に刃向かうか?」


 たまに見せる、信長の裏の顔。本当の魔王のような不気味な笑みは、実弟の信勝にも効果があるようで、黙り込んでしまった。


「農民を率いて一揆を扇動したり、この城に立て籠もって、謀反を起こしても良い。だけどな、結果がどうなるかは、賢い信勝なら分かるだろ?」

「はいはい。兄上の事ですから、容赦なく討つでしょうね」

「話が早い。と言うことで、儂は信勝を信用しているからな。引き続き、今川家の動向を注視し、そしてこの女子の城の出入りを、許可してほしい」


 信長は、私をどう扱いたいのか。


「この女子。何があるのですか?」

「今は所持しておらぬが、太刀を扱えるだけではなく、あの畿内を掌握した、三好筑前守と一戦を交えた、剣豪だ」


 これからの日本の事。そしてこれまでの私の事を話していたので、信長は私の事を誇張して説明し、そして信長の話を真に受けた信勝は、大きく息を吞んでいた。


「一時的な登用だ。この女子、朝倉凛延景は、将軍家と朝倉家の奏者の任務もこなし、戦場にも立てる、他の家臣より役に立つ。そして何より、先見の明がある」

「それでは、朝倉殿。今後はどうなりますか? ずっと小競り合いをしている、今川家とは仲良くなれると思いますか?」


 信長の話を聞いた信勝は、私にそう尋ねた。


「今もどこかで戦が起き、誰か血を流して戦っている時代に、予想外な事は多々起こります」

「それは、織田家が没落すると言いたいのでしょうか?」

「貴方様の捉え次第でございます」


 今川家は、後に信長が桶狭間の戦いで破り、今川家は武田家や北条家の戦いで、没落していく。


「面白い女子だろ? 正直言うとな、このまま登用し、朝倉家に返したくはない」

「それは困りますよ。私は、朝倉孫次郎義景様だけに仕えるのですから」

「冗談だ。がっはっはっはっはっ!!」


 酒を飲んでいるのかと思うぐらい、信長は大笑いしていた。




 日が暮れる前、末森城から那古野の帰り道。信長はこう言った。


「これで清州の呆け共の殲滅に専念できる。これまでの凛の功績のおかげだ」

「清州って、確か、織田家一族ですよね?」


 この尾張国内には、いくつかの織田家の分家がある。その一つが、清州周辺を統治している、清州織田家になる。信長の父の代から、色々と揉めている家のようだ。


「そうだ。織田家に分家はいらん。目障りで、邪魔で、鬱陶しい。それで、国内の内乱に繋がるからな。儂がうつけ者を演じ、阿呆な分家は儂を討とうと考える。と言うことでな、明日は朝倉家の力を、儂に見せてみろ」


 私はただ頷いて、信長の命令に従うだけだった。

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