第31話 女子高生と、織田上総守の課題

 数日前から、清洲織田家と小競り合いが発生しているらしい。那古野の北を流れる庄内川で、睨み合いが続いているようだ。


「儂は、この小競り合いに勝つつもりはない。調子に乗っている阿呆共に、一泡吹かせたい」


 私は、城を出る前の信長から、そんな話を聞いたので、今回の戦の意気込みが、今まで経験した合戦とは違う。攻めるのではなく、攻められるのでもなく、ただ当主が戦場に立ち、相手を威嚇するだけが目的らしい。信長は、この小競り合いに勝ち、そのまま勢いに乗って、分家を滅ぼすつもりはないようだ。


「と言う訳で、凛が戦前に立て」

「ええっ!?」


 若き当主ながら、宗滴と同じ、いやそれ以上に立派で豪華な甲冑を身に着けた信長が、具足一式で戦前に立たされる私に、そう命令した。


「功績を上げろとは言わん。急に現れた足軽兵が太刀を振れば、十分威嚇になるし、阿呆共も震え上がる」

「そういう物なんでしょうか……」

「そういう物だ。ほら、儂が退屈で帰る前に、早く動け」


 信長は、私を戦前に立たせることは変えないようなので、私はとぼとぼとにらみ合いが続く、川岸に向かって歩いていくと、ガチャガチャと具足の音を立てながら駆け寄ってくる音が聞こえた。


「お供しましょう。朝倉様」


 将軍の面影もない、一般の足軽と相違がない、足利義藤がやってきて、私の横を歩いた。


「私ならともかく、将軍様が討たれたら不味いですから、私一人で――」

「私を見くびらないでください。朝倉様に近づけるよう、常日頃剣技を磨いていますから」


 そういう話でもない気がするが、ここで義藤が討たれることになってしまっては、歴史が大きく変わってしまう。更に私に重荷が、私の肩にのしかかる。


 しかし、戦前に立ったとしても、私は何をすれば良いのだろうか。今は互いに睨み合ったまま、大きな衝突は起きていない。対岸には、百名弱の清洲織田家の兵がいるが、信長はここで戦をするつもりはない。こちらは総動員として、500名の兵がいる。一気に攻めれば、勢いで清洲織田家の居城、清洲城まで攻めることが出来るだろう。


 間違いなく、私は織田信長に試されている。


「将軍様。今後、織田家と接点を持っておくことは、後の足利家の利点になります」

「それは、どういった意味でしょうか?」


 後に、織田家と足利家は深い関係を持つ。室町幕府を再興させた織田家にとっては、足利家は救世主のような存在になる。義藤はあまり関係を持つことはないが、弟の義昭が関係を持つことになる。


「織田家は、この時代の空気を一変させます」


 そう言うと、義藤は私の一歩前に出た。


「それなら、将軍直々、この空気を一変させないといけませんね」


 早足で、義藤は両軍が睨み合う、庄内川の川の中にポツンと立った。


「この私に、刃を向ける者はいるかっ!!!?」


 今まで聞いたことないような大声で、義藤は清洲織田家に向かって叫んだが、清洲織田家に動きはなく、少しだけざわついただけであった。


「そちらの織田家は、腰抜けばかりかっ!!! 私は、征夷大将軍、足利義藤であるっ!!! こんな好機、二度と訪れることはないであろうっ!!!」


 自ら足利義藤と名乗った将軍様は、2本の打刀を抜いて、両手で刀を持った。


「私と相まみえる男はいないのかっ!!!」


 そう義藤が叫び続けた後、清洲織田家の軍の中から、小太りの男性が歩いてきた。


「儂は、坂井大膳さかいだいぜんと申します。生きている時に、本物の将軍様をお目にかかれるなんて、嬉しい限りでございます」


 この坂井大膳だけは、具足とは違い、ちゃんとした鎧兜。この軍の大将だろう。


「京には、伝わっていませんか? 尾張の若造が、奇行を繰り返し、実父にも敬意を払わない。大うつけがいるという噂ですよ」

「すみません。日々、戦ばかりでしたので、そう言った話は入ってきません」

「そうですか。いや~。将軍様は、食っては寝て、女、若い男に囲まれ、悠々自適に過ごしているだけの、置物だと思っていましたよ」


 坂井大膳が嫌味を言うと、義藤はにこっと笑った。


「地方の武将にそう思われていたとは、私も驚きです。更に幕府を再興させないといけない。改めて決意出来た事に感謝申し上げます」


 そして義藤は、2本の打刀を挟みのように、坂井大膳の首の横に置いた。


「茶番はここまで。今すぐ、この馬鹿馬鹿しい争いを止めなさい。若い芽を摘むなど、大人がする事ではないでしょう」

「将軍様は何も分かっていない。あの大うつけに、この国を任せてしまっては、織田家はあっという間に、今川家、斎藤家に乗っ取られることでしょう。せっかく斯波家を蹴落として、一国を治めるぐらい強くなり、結束力が高まっている中、あの大うつけが生まれ、織田家にわざわいを起こす存在です。織田家が滅亡する前に、大人が間引きをしないといけないのです」


 間引きと言う言葉に、私は反応してしまった。


「話に割り込んで、申し訳ないですが、今の言葉、聞き捨て出来ません」

「何だ? 奇妙な見た目をしておるな」


 髪色、そして親からもらったこの体を馬鹿にされたことに、私は更に無視出来ない。


「この国、いやこの日本は、遠い未来に子供が少なくなってしまうんです。そして大人の勝手な事情で、罪の無い子供を処分、いや殺すことなんて、私が許せません」

「世間も知らない子供か? 子が多ければ多いほど、家督争いの火種になり、貧困も起きる。子は男と女1人で充分だ」

「そうですか」


 私は大きく息を吐いて、そして久しぶりにゾーンに入って、咄嗟に太刀を抜き、川を断ち切るつもりで、太刀を振り下ろした。


「貴殿のような大人がいるから、この争いは一向に収まらない。いつまでも、この乱世が続くなんて思わないでください。こんな乱世を終わらせるのが、織田上総守様ですから」


 一瞬だけ、川の流れが断ち切れて、川底が見えて気がした。


「お、恐ろしい子供だ……。大うつけは、化け物まで手懐けたのか……っ!!」


 坂井大膳は、私の行動に腰を抜かし、すぐに私たちに背中を向けて逃げ出し、そしてすぐに兵を引き上げていた。


「流石朝倉様です。太刀筋だけで、敵将を退けるとは。やはり凄い、私が尊敬する方です」

「いやいやいや。尊敬されるほどの事なんかしていませんし、私なんて、まだまだです。間引きと聞いただけで、頭に血が上って、心を乱してしまいましたから」

「いいえ。これからの子供を未来を心配する心に、私は感銘しました」


 本当に私を尊敬しているのか。それとも私をフォローしているのか。義藤は、私に微笑みかけてくれた。


「はっはっはっはっ!! 本当に追い払うとは、面白い女だっ!!」


 馬に乗ってやってきた信長は、愉快そうに笑い、そして川の中でも馬を降り、私の陣笠を無理やり外して、そしてくしゃくしゃと私の頭を撫でた。どうやら、今回の目的は達成できたようで、私は安心しきってしまい、川の中でも座り込んで、しばらく放心状態で動くことが出来なかった。





 色々あった尾張国への潜伏。滞在して2か月ぐらいのときに、義藤が支援して建立した、平手政秀を供養する寺院、政秀せいしゅう寺か完成し、私と織田家の関係者は、改めて平手政秀の葬式を執り行い、これで私の役目も終えた。


「越前の朝倉家に戻るのか?」


 私は信長に呼び出され、そう質問された。


「はい。私の当主は、朝倉義景様だけですから」

「ふん。今回の回答はつまらんな」


 信長は拗ねているのか、私から顔を逸らして、そしてこう言った。


「また顔を出せ。濃も遊びたがっているし、また儂が、鷹狩に連れて行ってやる。それと、もし政秀の命日に来なかったら、すぐに越前に侵攻して滅亡だからな」

「はい」


 私はそう言って、深く頭を下げた後、これだけ入っておいた。


「木下藤吉郎には、気を付けて」


 この葬式にも参加していない、木下藤吉郎。もちろん、真犯人だから、顔を出し辛いのかもしれないが、ここ最近は顔を全く出さず、信長にも会っていないようだ。妙に動きを見せない木下藤吉郎に、私は警戒していた。


 それと明智十兵衛、後の明智光秀も、あの庄内川のいざこざの後、姿を見せていない。行方不明になっている状態で、義藤も居場所を知らないらしい。もしかすると、木下藤吉郎と何か企んでいるのかと、そう不安に思いながらも、私は織田家に別れを告げ、義藤と共に越前、朝倉家の本拠地、一乗谷に戻る事にした。

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