天文23年

第37話 女子高生と、朝倉家の決断

 長く、厳しい冬を乗り越えた人々は、春の暖かな空気に誘われ、外で遊ぶことが多くなっていた。梅の花、山桜も咲き、庭で宴会や歌会、一乗谷の町民たちが元気に行き交う、平穏な時間が訪れていた。



 しかし、そんな平穏な日々は、すぐに終わりを迎えた。



「三好家が、浅井家領地に侵入し、周辺の農村、田畑に火を放って好き放題に荒らした後、若狭国に向けて進軍した」


 緊急で朝倉家家臣は、朝倉館に召集され、予告通りに侵攻してきた三好家の動向を、私たちに伝えた。


「殿。ついに決断されるのですね」


 ついに戦が始まると悟った、義景のいとこ、景鏡を筆頭に、家臣たちが少しざわついた後、すぐに静かになり、義景の指示を受けようとしていた。


「前にも言ったが、朝倉家は動かない。このまま静観する」


 やはり、義景からは動かない。


「殿。侵攻されてしまった後では、遅いのです」


 義景の態度にしびれを切らした景鏡が、すくっと立ち上がって、義景を説得しようとしていた。


「侵攻される前に、こちらからも軍を派遣し、睨みを利かせるべきでしょう。もちろん、大将は私で大丈夫です。こちらから仕掛けるつもりはありませんが、威嚇で弓射ってしまうかもしれませんが」

「景鏡。私の意見は変わらない。余計な動きを見せるな」


 義景の強固な態度に、景鏡もついに限界が来たのか、周りにいる家臣たちに、こう呼びかけた。


「皆の者。殿は、まだ当主になって日が浅い。だから、この状況が、如何に良くない事なのか、私たちが教えないといけません。先祖代々治め続けた、朝倉家の領土を守るために、家臣たちが立ち上がらないといけません」

「景鏡。私の話が聞こえなかったか? 余計な動きを――」

「静観するなど、臆病者がすること。名門朝倉家が、野蛮な三好家に舐められないよう、ここで鉄槌を下すべきでしょう」


 景鏡の呼びかけに、多くの家臣たちが景鏡側に付いてしまい、一気に三好家と交戦するムードになってしまった。


「殿は、あくまでも当主ですから、討ち死にしないよう、この館で近衛殿の娘と、大人しく引き籠っていることをお勧めします」

「……」


 景鏡に、散々馬鹿にされても、義景はただ景鏡の事を見つめ、沈黙を貫いていた。


「昨年、三好家と戦の準備を命令したのは、殿自身です。せっかく、家臣たちの士気が上がっているのに、殿の優柔不断のせいで下げてしまうのは、勿体ない。領土を広げるだけではなく、家を守る為にも、戦が必要だと言うことを、殿は理解するべきです」


 どっちが当主なのか。そう思わせるような光景を見せられた後、景鏡、そして多くの家臣たちが、勝手に戦の準備を始め、この館の大広間には、私、景近などの数名の家臣しか残っていなかった。


「意味が分からんっ!!!」


 そして、義景は激昂し、畳を強く叩いた。


「父上たちが築き上げた、この地を失いたくないのだろうっ!? そう言っていた張本人が、どうして自ら壊そうとするっ!? 私には、全く理解が出来ないっ!! わざわざ、こちらから挑発する意味は無いだろっ!!」


 何度も畳を叩きつけながら、義景が怒鳴り散らした後、私は口を開いた。


「正直な事を言います。今の殿は、腑抜け、臆病者と揶揄されても、誰も否定しません」

「凛。言葉を慎めよ?」


 義景は、私の事を思いっきり睨んだが、私は引くことなく、そのまま話した。


「三好家は、朝倉家を簡単に滅亡できると、そう思っています。平和ボケした朝倉家の攻撃なんて、痛くも痒くもない。そう思われているから、鷹狩気分で、サクッと若狭を攻略しようと思っているんです」


 畿内を掌握した三好家に、何も怖いものはない。足利将軍家を乗っ取って、このまま三好政権を樹立する勢いだ。


「お前が好戦的なのは、未来の為か? 私が動かないと、朝倉家は滅亡しないと言うのか?」

「いいえ。どう足掻いても、朝倉家は滅びます」


 朝倉家が滅ぶ未来は変わらないだろう。木下藤吉郎、後の豊臣秀吉が未来の出来事を把握しているのであれば、自分自身が天下人になる為に、朝倉家は排除するだろう。


「私は、三好家の思うがままにさせたくないんです。この戦国の世では、当たり前な事なのかもしれませんが、当主を裏切り、下剋上をする行為は、私にとって許しがたい事です。己の天下の為に、将軍様と対立し、何度も争っている行為を、足利将軍家に忠誠を誓っている朝倉家が、見過ごしたままでいいんですか?」

「ここで交戦すれば、間違いなく三好家と敵対することになり、越前に二度と平穏な日々が来なくなる可能性もある。そういう覚悟が、お前たちにはあるのか?」

「二度と、一乗谷の地に住めなくなる方が、嫌だと思います」


 現代では、一乗谷は、民家と水田、出土した遺跡が点在する、長閑な田舎の風景が広がっている。両親に聞いた話だと、本格的な調査をされる前は、一乗谷は水田地帯が広がっている、何もない場所だった。ここにかつて、大きな城下町があったと言うのは、伝説、おとぎ話のような感じだったらしい。


「攻撃は最大の防御です。そう言った作戦も、アリだと思うんです」

「……攻められる前に攻めろって言いたいのか。しかし意味もなく突撃し、兵を無駄死にさせるのも、間違っているだろう」

「近いうちに、どこかの小さな勢力の戦国武将が、多くの領土を治める戦国武将を討ち取る、下剋上が起きます。その武将は、損害を考えず、ただ勝つことだけで奇襲を仕掛けて、見事勝利を収めた。これからの戦国時代は、大胆な動き、新しい武器、火縄銃を巧みに使う武将が、生き残る時代になります」


 義景の前で、織田信長の事は、絶対に話さない。後に敵対し、滅ぼされる相手なのだから、ここでネタバレさせてしまったら、歴史が大きく変わってしまう。だから、昨年の尾張国に亡命していた事は、義景は知らず、ずっと近衛家で療養していたと思っている。


「朝倉家には、その技術があります。三好家だけではなく、朝倉家も最先端の技術を持っていると言うことを知らしめるためにも、今回の出陣は、必要だと思います」

「今後ずっと、朝倉家は三好家と争うことになったら、誰かお前たちを、総大将として出陣してもらうからな」


 義景は立ち上がって、数人だけ残っていた家臣たちに、こう言った。


「戦の準備をせえっ!! 越前、若狭の周辺の海まで、三好家に奪われないよう、朝倉家の力を見せつけてやるっ!!」


 この選択は正しかったのだろうか。間違いなく、史実ではありえない、朝倉家と三好家との衝突。この結果が吉と出るのか凶と出るのか。義景のスイッチを入れた張本人が、一番不安だった。





 三好家の若狭侵攻から1日後に、朝倉家は一乗谷から出陣した。総勢6500人で出陣するのだが、実際は。三好家の軍勢には敵わない。


 三好家は、総勢1万6千人ほどと言われ、完全に若狭国の武田家を滅亡させるつもりだ。


 朝倉家は、初陣となる義景と、義景の補佐をする宗滴軍。そして、景鏡軍に敦賀郡司の景紀軍、山崎一族の軍、河合吉統軍で、今回は出陣し、前波家や景隆などの一門衆は、加賀の一向宗を警戒し、一乗谷や各々の城に残っている感じだ。


 そして今回、私も軍を持つことになった。京の渡月橋の戦いの際に、一緒に行動した毛屋猪助隊を、私が率いる事になり、総勢は100人程度の軍で、私も今回の三好家に立ち向かう。


「どうなってんだ? どうして武田家が、朝倉に刃向かう?」


 越前と若狭の国境近くにある、武田家の城、国吉くによし城。義景の母、高徳院は若狭武田家出身で、縁戚関係にある。だから若狭国にすんなりと入れると思ったが、私の後ろを歩いている、猪助が前方の若狭武田家の家紋が入った、幟を見て、不審に思っていた。


「……マズイ……かも……しれません」


 そして武田家の幟に紛れて、三好家の家紋の幟も見えてきた。国吉城が陥落した様子はないので、もしかすると、国吉城城主が、三好家に裏切ったのかもしれない。


「――っ!!」


 そして不意に、攻撃が始まった。

 開戦の合図のように、無数の矢が前方から雨にように降り注ぎ、それが若狭武田家の宣戦布告だと思った義景は、突撃の合図を出し、朝倉家と武田家の合戦が始まってしまった。

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