第38話 女子高生と、国吉城の戦い

 

 私は、三好家との決戦の準備をしている冬の間、私は、宗滴と二人きりで対談した時、こんな言葉を言われた。



「武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にてそうろう

「……えっと、それってどういう意味でしょうか?」

「勝つためには、手段を選ぶなと言う意味かの」


 宗滴の話だと。どんだけ非道な手段を使ってでも、戦に勝て。そんな事は、私には出来ないだろう。


「凛殿と初めて会ったとき、こんな話をしたの。どうしたら戦国の世を終わらせられるかと」

「はい」

「それが、一つの答えでもあるじゃろう」


 非道な行為が、戦国の世を終わらせるなんて、私には理解できない。


「こちらが絶対に勝つと思っておるから、戦を仕掛ける。それならば、それ以上の力を、敵側に見せつければ良い」

「……だから、手段を選ぶなって事ですか?」

「凛殿が来た五百年後の日本は、平和になっておるのじゃろ? 儂たちの時代の人には、この国が、どのように戦の無い世の中を作っていったのか、見当がつかぬ。だから、儂たちの時代では、戦は無くならぬ。武力で戦を終わらせることが、最善策になってしまうのお」


 戦をすることは悪ではない。何事も恐れずに、ガンガン攻めろと。戦に消極的な私に、宗滴はアドバイスを送ったのだろう。




「おい新入り。何ぼーっとしてんだ? そんなんだと、すぐに殺されんぞ」


 宗滴との会話を思い出していると、後ろに立っていた、毛屋猪助に怒られる。


 今回の戦では、私は軍を率いる事になっている。毛屋猪助をはじめとする、毛屋軍100人ほどと、福岡家の吉清と吉澄兄弟、そして越後に赴いた時に同行した、高橋景業。少数だが、私も朝倉軍の一部として活動することになる。


「越前の名門、朝倉家は、統括も出来ていない腰抜けの集まりに、決して負ける事はないっ!!! 武田、三好には、山崎新左衛門をはじめとする、朝倉家の先鋭軍で、木っ端微塵にしてくれるっ!!!」


 天文23年の春。朝倉家は、山崎新左衛門の号令と共に、越前と若狭の国境近くにある山城、国吉城のふもとで、武田、三好家と衝突した。


 朝倉家も弓を放ち、開戦の合図を送ると、互いの兵が衝突し、槍で突き合った後、次第に両軍が戦場になだれ込み、石を投げ合ったり、取っ組み合いが始まり、合戦は本番を迎えた。


「私たちの軍も、武田軍――いや、メインの三好軍に立ち向かいます。大将の首を取れとは言いません。三好家を徹底的にマークして。三好家のみに損害を出す。そして背後についている三好家を打ち崩せば、武田家の士気を下げられると思います」


 私たちの軍は、功績を上げることを目標にしなかった。基本合戦では、敵兵の首を取って、戦が終われば首実験で、名のある武将なのか確認する。そして名のある武将だったら、褒美がもらえると言う、歩合制だ。


「変な指示だな。一丁前に、立派な甲冑着けている奴が、大将の首を見逃せって言うか? そんな指示じゃ、俺たちの方が先に士気が下がっちまう」

「す、すみません……。こんな風に言うのは、初めてなんで……」


 猪助に、そんな風に批判されると、私はほくそ笑んでしまう。


 今回から、私は今までの具足一式ではなく、義景、宗滴たちなどの重臣と同じく、甲冑を身に着ける事を許可されている。甲冑は、宗滴が若い頃に身に着けていたもので、宗滴のお下がりだ。越前朝倉家の軍神、朝倉宗滴の名に泥を塗るような、みっともない行為は出来ない。


「要するに、滅茶苦茶にすれば良いんだろ?」

「捉え方は自由です。好きにやっちゃってください」

「お前らっ!! 隊長の指示だっ!! 三好の奴らに、前回の恨みを晴らすぞっ!!!」


 私では上げられないような、猪助が軍の皆の士気を上げ、一度激戦地から離れた後、不意を突くように、側面から激戦地に突っ込んだ。


「越前国朝倉家家臣、朝倉凛延景、参ります」


 深く息を吐いてから、私はゾーンに入る。次々と襲ってくる武田、三好家の兵を太刀で一刀両断していく。


 先陣に、山崎新左衛門を筆頭とする、山崎軍が突っ込んでいき、武田家と激戦を繰り広げ、そして続けざまに、景健軍、河合吉統軍も続けて突っ込んでいき、武田家と三好家を総攻撃する。そして強引に国吉城に追い込み、籠城させるつもりのようだ。


 両軍が衝突して、数時間が経った頃だろうか。私も、次第にゾーンが切れ始め、体が悲鳴を上げ始める。


 これ以上だと体が壊れてしまうので、ゾーンが切れた時に、私は一時的に、戦場から撤退し、近くにあった茂みで体を潜めた。


 呼吸を整え、再び戦場に戻った時には、武田、三好家が撤退を始めていて、私は猪助の元に駆け寄った。


「どこ行っていたんだ? 姿が見えなかったから、あっけなく討ち取られたのかと思ったぞ」

「殿から名前を譲り受けた者が、そう簡単に討ち取られるはずがないじゃないですか」


 私の姿を見た、猪助、そして福岡兄弟も、安堵した表情を浮かべていた。


 私の軍は、激戦地を強引に切り込んでいき、戦場の中心部で動いていた。中心部にいれば、もちろん戦死した人が多く倒れ、私の甲冑や顔にも、斬り倒した人の返り血が付着していた。

 辺り一帯に、血が流れ、兵士に踏まれた亡骸は、見るも無惨な姿に変わり果て、臓物が飛び出したり、体の一部が千切れていたりしている。ゾーンが切れた私には、この惨たらしい光景を直視することは出来ず、思わず吐いてしまいそうになる。


 グロテスクな光景とは言ってはいけない。戦国の世では、このような光景が当たり前になっているし、後の時代でも、必ず戦争が起きて、多くの罪の無い人たちの命を失ってしまう。だから、この惨劇を繰り返してはいけないと思いながら、一度戦場を後にした。




 日も落ちて、両軍は一時休戦。朝倉家は国吉城近くにある山、駈倉山かけくらやまに陣を構え、国吉城に籠る、武田、三好家と対峙してた。


「相手は、武田の重臣、粟屋越中守。三好からは松永甚介という者が、指揮を執っている」


 猪助が捕らえた三好家の兵を、景健が尋問して、相手の情報を聞き出していた。更に話を聞くと、粟屋越中守は、三好家と密かに関係を持ち、力が弱くなっている武田家を乗っ取って、下剋上を果たそうとしていると、捕虜が答えたようだ。


「恐らく、この闇夜に、三好家は援軍を呼んでいる。夜に戦闘は発生しない油断の隙を突いて、一気に畳みかけたいところだが、それだとこっちも同じだ。夜襲で成功するのは、極端に低いだろう」


 義景は、大人しくしている景鏡に、こう指示した。


「景鏡は、早朝に仕掛けよ。準備した火縄銃で、増えた三好家の兵を一気に減らせ」

「良いでしょう」


 三好家との戦に向けて、朝倉家は宣教師から貰った、火縄銃を分解して構図を解析し、量産化して、この戦に数百丁の火縄銃を作り上げた。


「敗走した兵を、宗滴様が追撃し、国吉城を陥落させる」


 大分、ガバガバな作戦な気がするが、宗滴の助言をもらいながら考えた、義景の作戦なのだから、誰も反対することはなく、再び大きな戦が始まってしまうのだろう。


「雨か」


 宗滴が、ボソッと呟いたとき、ポツリポツリと、雨粒が落ちてきて、そして、この辺り一帯は、土砂降りの雨が降って来て、次第に雷も鳴り始めた。


「私の考えは変わらない。雨が降ろうが、嵐になろうが、景鏡は火縄銃の準備をしてほしい」


 義景の頑な意志に、景鏡は鼻で笑った。


「殿、お忘れですか? 雨の日は、重厚な鎧兜を撃ち抜く、強力な火縄銃は使用できないと――」

「景鏡。お前らしくないな。何、弱気になっている? 名門朝倉家に、敗北と言う文字はない。どんな状況であっても、絶対に勝つのが、私たち一族だ」


 義景の強く言い放った言葉は、戦に疲弊し、悪天候になって不安になっていた家臣たちの士気を上げる、朝倉家の最大の武器になった。

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