第33話 女子高生と、朝倉景鏡の衝突

 越前に1年ぶりに帰ってきたが、運の悪いことに、天敵の朝倉景鏡、そして木下藤吉郎と遭遇してしまった。


 しかも木下藤吉郎、豊臣秀吉は、なんとタイムリーパー。豊臣家の天下を絶対的にするために、亡くなった慶長の時代から戻ってきて、木下藤吉郎の姿で、今は色々と裏で動いているようだ。


「姉さん。儂と手を組みませんか?」


 硬直していた私に、藤吉郎はニヤニヤしながら、私の前に立ち、手を差し伸べて、ひそひそと話し始めた。


「儂は、打倒徳川。そして姉さんは、史実通りに君主の朝倉を滅ぼす。道中まで、利害は一致してますし、何の悪いことはありませんよ?」

「私は、太閤様の目的とは、全く違いますよ? 私は、後世の令和の時代まで朝倉家の名が残るよう、無能と揶揄されないように、最悪な結末を避けたいだけです」


 そういうと、藤吉郎は大らかに笑った。


「あーあ。それは確かに避けたいと思いますねー。ちゃんと、覚えてますよ。儂らが到着した時には、朝倉は、あの里山を捨てて、逃亡していましたわ。そんな話、後世まで残ってたら、無能と言われるのも納得ですわ」

「じゃあ、討ち取った朝倉義景、浅井長政の髑髏を箔濃はくだみしたのは、本当ですか?」


 この話は、後世では有名な話。正月のお祝いの時、討ち取った義景、そして浅井親子の髑髏に金箔処理をして、家臣の前に披露。そして髑髏を盃にして、酒を飲ませ合ったと言う、信長の残虐行為の一つだが、酒を飲んだ話は作り話。



 私は、朝倉義景が家臣から失望され、織田家に寝返り、見放される。そして四季折々のいろんな景色を見せる一乗谷を火の海にして、越前国の人々に忘れ去られる。そして酒のつまみとして、義景の髑髏が金に箔濃にされることが、一番のバッドエンドだと思っている。



「姉さん。それは最悪な結末なんですか? 織田殿は、朝倉、浅井に敬意を払って、そのような施しをしたんですよ。それは最悪な事じゃないでしょ?」

「私の世界では、他人を殺める事は、重罪なんです。他人を殴ったり、師匠が弟子に愛情表現だと言って、わざと暴言を吐いたり、叩いたりすることも罪になるんです」

「何か、つまらん世の中になってますね~。姉さんの世界が楽しくなるように、尚更徳川を滅ぼさないといけませんわ」


 打倒徳川家康を焚きつけてしまったのか、藤吉郎は上機嫌になりながら、蚊帳の外になっていた景鏡と合流していた。


「無断で、尾張を抜け出してますから、そろそろ帰らんと、織田様に追放されてしまいます。そんじゃ、儂はこの辺で失礼しますわ。この姉さんの事は、朝倉殿に任せます。煮るなり焼くなり。朝倉殿の今後の為にも、ここでさっさと殺すのも得策だと思いますよ」


 かっかっかっと、太閤になった秀吉を彷彿させるような笑いに、私は、ただ勝った気になっている藤吉郎を睨むことしか出来なかった。ここで藤吉郎を殺してしまっては、歴史が大きく変わってしまう。現代の日本が、全く違う国になってしまうだろう。そのことも分かっているのか、藤吉郎は敵対している私に、堂々と背中を向けて歩いて、山を下りて行った。


「藤吉郎殿は、殿とは違って寛大な方です。藤吉郎殿は、すぐに出世して、殿が史実通りに討ち取られても、後に、私を登用してくれる約束してくれました」

「口約束が、この戦国の世で守られると思っているんですか?」

「血判状、見ますか?」


 血判状も交わしているなら、いつでも景鏡は、朝倉家を見限る事をするだろう。


「私は、殿より野心を抱いている。越前一国だけではなく、あの邪魔な加賀の一向宗を殲滅させ、そして衰退していっている若狭の武田家も滅ぼし、周辺の海域を掌握し、日本各地、そして朝鮮や明とさらに交易をし、我が国を繁栄させる。ですが、あの殿はそんな野心を抱かない。朝倉家は、衰退していく一方……」


 景鏡が手を挙げると、景鏡の兵士たちが、私たちに向けて、槍や最新鋭の武器、火縄銃を数丁構えていた。私が越前を離れている間に、朝倉家は火縄銃を量産化出来たようだ。


「延景殿は、邪魔なんですよ。まずは、延景殿の首を取り、殿の士気を下げる。これが、私が一番最初にすることですねっ!!」


 数名だと思っていた景鏡の兵は、100名ぐらいいた。後方で控えていたようで、20名の景紀の兵と私と義藤では、太刀打ちできない。槍と火縄銃の集中砲火。まだ足利将軍家が、目の前にいる事も知らず、景鏡は、私たちを殲滅させようとしていた。


「話し合いでは、無理なようですね。朝倉様の身内に刃は向けたくないのですが……」


 義藤も覚悟を決めて、太刀を抜こうとした時、景鏡の足元に、数本の矢が突き刺さった。


「誰ですか? 緊張のあまりに、手元が狂いましたか?」


 こめかみを引きつかせながら、景鏡は兵士たちにそう尋ねると、近くにあった高い杉の木の上の方から、声が聞こえた。



「狂っていないぞ。景鏡、家臣の内輪揉めを止めるのは、当主の役目だ」



 杉の木から降りてきたのは、弓を持って、景鏡を睨みつける、朝倉家当主、義景だった。


「景鏡。私は、お前が必死に頼み込んだから信用し、若狭の動向を調べる事を許可した。だが実際は、邪魔者を排除するための行動だった。これは、お前が起こした謀反と言う事で良いか? 景鏡」

「謀反なんて、聞き捨てなりませんよ。殿が、今以上の活躍していただくためには、この女子おなごを排除することが必要なのですよ」


 私への殺意は否定しないようで、今回の行動を正当化させようと、景鏡は弁明しようとしていた。


「お前の抱く野望。一応聞いていた。お前の抱く野望に、私は悪いとは思わない。良い事だと思う」

「そう思ってくださるなら、殿もこの女をさっさと追放して――」

「凛が、何をすると言うのか? お前は、凛の何に怯えている?」


 義景が、景鏡にそう問い質すと、景鏡は私に指差した。


「この女、朝倉家を滅亡させようとしていますよ? 私は死にたくないし、歴代の当主が築き上げた、極楽浄土の土地を失いたくありません」

「あの地が、極楽浄土か……」


 義景は、景鏡の話を聞いて頷いてから、弓を降ろした。


「話は分かった。だが、若狭への動向は確認するように。畿内の三好の動きが不穏だからな」

「……承知しました」


 しょ気た顔をした景鏡は、顔を俯かせたまま、兵を引き連れて、木ノ芽峠を降りていった。





「お久しゅうでございます。将軍様」


 景鏡との一触即発を、義景のおかげで何とか回避した後、義景は峠道と言う場所でも、頭を下げて、義藤に挨拶をしていた。


「こちらこそ。碌に返事もできず、朝倉様を心配させて、申し訳ありません」


 義藤も義景のように、地面に座り込む、そして頭を下げていた。


「京では、義藤は討ち取られ、三好は将軍様と歳が変わらない、阿波公方を将軍にさせようと動いています。私は、家臣から存命だと言う話は聞いていましたから、特に動揺することはありませんでしたが、将軍様の暗殺されたことは、全国に広まり、更に各地の大名は動きが活発化しております」

「それは把握しています。朝倉凛様と尾張国に潜んでいた時にも、そのような空気を感じておりました」

「さようでございますか。それなら話が早いです」


 互いに頭を上げた後、義景は私の方を向いた。


 義景は、いつものニコッとした顔ではない。景鏡のように、敵を見るような目で、私を見ていた。

 怒られるのか、それとも景鏡のお望み通りに、投獄されるのか。義景が身を隠せと言ってくれたのに、1年以上返事もせず、朝倉家と三好家の対立するきっかけを作ってしまったから、義景は相当怒っているのだろう。


「お前は、何も変わらないな」


 義景は、怒るどころか、呆れている表情を見せていた。


「宗滴様も相変わらず元気だし、景近もお前をずっと心配している。それと、凛が連れてきた姫も、早く帰って来いと、いつも呪詛を唱えている。それと、四葩も健やかに育っている」


 私がお世話になっている人たちの近況を聞くと、私は急に肩の荷が降りた気がして、いつの間にか目尻から涙が零れていた。


「……段々と冷え込んできたし、さっさと戻るぞ。当主が病に罹ったら、家臣がうるさいからな」


 義景は、やれやれと言った感じで、鼻で笑った後、さっさと歩き始めてしまったが、私は義景の行動を不審に思い、背後から義景に声をかけた。


「殿は、一人で来たんですか?」

「ああ。黙って抜け出してきたから、今頃、館の中は、大騒ぎだろうな」


 義景を護衛する兵士の姿はない。私が罪人として扱われ、一乗谷での身の安全が保障が出来ない以上、私を国外に逃げることを勧めた義景だが、宗滴、景近、吉清以上に、義景はずっと私を心配し、誰よりも私の帰りを待っていたのだろう。言葉では語っていないが、行動がそう表していた。

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