第34話 女子高生と、越前国の危機
私は、1年ぶりに一乗谷に戻って来た。
共に行動してきた、足利義藤は、一旦別れる事に。義景が義藤を連れて、朝倉館内に招き入れていた。
「……緊張……するな」
そして私は、朝倉家の軍神、朝倉宗滴に挨拶するために、久しぶりに宗滴の屋敷の敷地に踏み入れた。1年ぶりだが、特に変わった様子はない。出ていく前に見た、立派な屋敷と、庭にある大きな木。何も変わらない、日常に戻ってきたせいか、つい感慨深くなってしまい、涙目になりながら、宗滴がいるであろう、鷹狩用の鷹が育成されている庭に行くと、1年前よりも少し腰が曲がった宗滴の姿があった。
「宗滴様。朝倉凛……戻りました……」
1年ぶり、そして朝倉家と三好家が対立するきっかけを作ってしまったので、私は小恥ずかしくなり、顔を上げることが出来なかった。
「よくぞ、無事に帰って来た」
鷹を飼育小屋に戻してから、ゆっくりと私の方に顔を向ける。軍神と言われている宗滴だが、1年ぶりに会うと、柔和な表情で、ゆったりとした動きをしていた。出ていく前の、凛々しい表情ではなく、老後の生活をのんびりと過ごす、どこにでもいるお爺ちゃんのようになっていた。
「凛殿の話をゆっくりと聞きたいところじゃが、そう言ったわけにもいかぬ状況になっておる。凛殿は、今の朝倉家の状況を把握しておるかの?」
「いいえ。詳しい事は……」
義景の正室、細川殿が亡くなって以降、私の評価はがた落ちになって、町民に反感を買っている状況にしか聞いていない。私が、近衛殿を連れてきたことによって、徐々に私への価値観は変わり、今はほとぼりが冷めて、私への反感は減ったと言う。
「長旅で疲れておるじゃろ。屋敷の中で座って話すかの」
宗滴は、ゆっくりと歩きながら、そして私も久しぶりに屋敷の中に入った。
宗滴の屋敷も変わらない。朝倉館に劣らないぐらいの部屋数と、屋敷内の広さ。そして侍女の人もいるし、宗滴は一部の家臣の人も住まわせている。その家臣の一人が、私でもあった。
「宗滴様。一度、私が使っていた部屋に立ち寄っても良いでしょうか?」
「構わん」
宗滴の許可を得て、私は放置されているであろう、自室に立ち寄った。特に私物を置いていたわけではないが、書物や机が埃にかぶっていないか、心配に思いながら、ゆっくりと襖を開けた。
「あっ、ようやく帰ってきましたねっ!!」
「姫も元気そうで、何よりです……」
そして私が使っていた部屋には、何故か義景の継室となった、近衛殿が吉清と双六で遊んでいた。
「凛様。いつでも戻ってきても良いよう、常に掃除と手入れは、うらと姫様で行っていましたよ」
「ちょっ!! そういうことは、言わないんですよっ!」
私がいない間、吉清と近衛殿は親密な関係になったようで、日頃忙しい義景の代わりに、吉清が世話係になっているのかもしれない。
「話は良いか? 吉清殿も参加しなさい」
「承知しました……」
宗滴は、吉清も誘って、そして客人を招き入れる時に使う、大広間にやってくると、じっと正座して待っている男性がいた。
「宗滴様。本日もご鞭撻、よろしくお願いします」
「
宗滴が部屋に入ってくるまで、瞑想して精神を統一させていた、大柄な男性は、福岡吉澄、吉清の弟だ。一向一揆の時に、一揆兵に集団で襲われ、意識不明の重体になった。私が一乗谷から離れている間に、ようやく吉澄が目を覚まし、宗滴に稽古をつけてもらっているようだ。
「これは、延景様。私が眠っている間、兄の面倒を見てくれたようで、とても感謝しております」
「そ、そんなのとんでもないですよ……。私の方が、お世話になっていましたから……」
いきなり、吉澄に頭を下げられ、そして感謝されると、私も反射的に吉澄の前に座って、頭を下げた。
「後で、景近も来るが、先に儂たちで、話を始めるとするかの」
景近も参加するようで、景近も1年ぶりの再会、そして、武士の所作、心得を教えてもらった師匠になるので、宗滴と同じように、緊張してしまう。
「凛殿。字は読めるようになったかの?」
「崩し字は、すっごく難しくて……」
「それなら、儂の口から言わせてもらおうかの」
宗滴は、書状を読みながら、大声でこう言った。
「来春、三好家が北近江の浅井家を総攻撃する」
近辺で行われる、大きな戦の話を聞いた途端、私は息を呑んだ。
「この書状には、大雑把にまとめると、そう書いてある。真相は定かではないが、河合殿が京の町民から聞いた話じゃ」
奏者の大先輩で、実績と実力がある
「浅井家討伐と言うのは、ついでに過ぎん。真の目的は、凛殿が一番分かっているはずじゃ」
「……朝倉家の討伐ですか?」
「違うの」
昨年の渡月橋付近の戦は、足利軍として京に駐在していた朝倉軍は参加したが、最終的には三好家に対立し、三好長慶に怒りを買ってしまったから、反対勢力を倒すために、挙兵したのだと思ったのだが、宗滴は首を横に振った。
「越前は、もう安泰では無いと言う話を作るためじゃの」
「……えっと」
私は、宗滴の考え方が分からない。
「なぜ、この地に貴族や文化人が多いか。それは、応仁での大きな戦の後、争いの無い、京から近い土地が欲したかったからじゃの。元々、朝廷と将軍様と繋がりがあった、先代の孝景様が、京の文化を取り入れて、京の貴族、文化人を受け入れ、今の一乗谷を完成させた。そして若殿が、先代の意思を引き継いで、繁栄させておる。もし、この国に争いが起きるとなると、この地はどうなるか。ここまで言えば、分かるかの?」
「……この地が、廃れるって事ですか?」
「そこまではならぬと思うが、越前が戦場になると言う話を流し、畿内をほぼ平定した三好家が、京は安定した宣言すれば、あっという間に、貴族、文化人は戻るじゃろう。そして貴族たちを味方につけた三好家は、さらに力を強め、事実上、今の幕府は滅び、三好家が天下を握る事になるじゃろう」
あの三好家が、室町幕府を乗っ取ってしまったら、歴史が大きく変わってしまう。やはり、私が変な風に三好家に目を付けられてしまったから、歴史が変わりつつあるようだ。
「ですが、その話だと、浅井家を攻めるのはフェイクニュース――朝倉家に揺さぶりをかける脅し。実際に攻める気はないと言うことになりませんか?」
「三好家は、確実に浅井家を攻めるじゃろう。今回の話を口実にし、浅井家を取り込めば、勢いそのまま、北陸に進軍し、北陸道周辺海域を掌握。朝鮮と明からと、今よりも楽に交流できるようになる。その結果、更に三好家は力をつけ、三好家は日本を統一すると。儂は思う」
三好家の戦は回避できない。宗滴がそう見通しているなら、私も覚悟を決めないといけない。
「過去に、浅井家が六角家に責められた時にも、朝倉家は援軍を派遣し、浅井家を助けてきている。三好家に目を付けられたくないからと言って、突然浅井家を裏切ることは出来ぬ。そこで、お主たちの考えを聞きたいと思っての」
宗滴は、私たち、一人一人の目をまっすぐ見て、軍神と思わせるオーラを出して、私たちに尋ねてきた。
「己を守るか、朝倉を守るか。どちらが、これから朝倉家が進む道だと思うか?」
「私は、三好家と真っ向勝負します」
後に浅井家は、織田信長を追い詰める存在になる。浅井家の協力が無ければ、朝倉家はまた違う道で、バッドエンドを迎えるだろう。旧知の仲、浅井家を助けるのは、必然的になる。
「凛殿の考えは、私怨なのか。それとも朝倉家のためなのかの?」
「どっちでもないです。私は、私の目的を果たすためです」
宗滴の目をまっすぐ見て、私はそう答えると、宗滴は愉快そうに大笑いした。
「儂も、凛殿の意見に近いかのぉ。この歳になっても、まだ戦場で槍を振り回したいと思っておる。三好家の、強大な勢力と手合わせしたいと、儂も個人的な理由で、三好家の決戦を望んでおるっ!!」
「でしょうね。宗滴様は、そう言うと思っていました」
宗滴が笑っている最中に、後に参加すると言っていた、鳥居景近が入室してきて、宗滴の行動にため息をついていた。
「凛殿。久しいな、三郎衛門から話を聞いて心配したが、元気そうで、何よりだ」
クスっと微笑みかけてくれた後、景近は空いていたスペースに座ってから、私たちにこう言った。
「ですが、宗滴様と凛殿の考えは、実現しそうに無いでしょう」
「どういう事でしょうか……?」
景近がそう言うと、宗滴は急に笑うのを止め、そして宗滴は、苦虫を噛み潰したような顔で、こう言った。
「若殿は、戦を望んでおらん。浅井家が三好家に攻められようが、三好家が挑発して来ようが、朝倉家は動かないと、決めているようじゃ」
「理由は……?」
私は理由を尋ねると、景近が答えた。
「三好家は、我が朝倉家を攻めないと言う、確固たる自信があるようだ」
「自信……って……この一乗谷は、山に囲まれているから、攻め落とすには困難とか……?」
「お前が連れてきた、足利将軍様がいるから。それが、殿が考える、三好家が攻められない理由らしい」
義景の考えは、私だけではなく、宗滴と景近も納得していないようだ。
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