第35話 朝倉義景と、足利義藤の考え

 私が一乗谷に帰ってきた翌日。朝倉家の家臣たちは、朝倉家の本拠地、朝倉館に召集された。


「雪が降り出す前に、一度、皆を集めて、意見を聞きたいと思っていた。先日、ようやく準備が整ったことで、私は朝倉家に忠誠を誓っている、皆を呼んだ」


 家臣の前に堂々と座って話す、当主の朝倉義景は、そう挨拶していた。義景の後方には、宗滴もジッとして座っている。義景の行く末を心配するよう、義景の後頭部を見つめていた。


「まず、皆に会っていただきたい方がいる。私より偉い方を、待たせるわけにもいかないからな」


 義景がそう言うと、義景の側近、景近がゆっくりと襖を開けて、この部屋に、室町幕府の将軍、足利義藤を入室させた。


「「……っ!!」」


 ただならぬ気配を感じたのか、一斉に家臣たちが頭を下げたので、私もすぐに頭を下げた。


「堅苦しい挨拶は止してください」


 義藤がそう言っても、家臣は頭を上げない。


「礼儀正しいのは良い事なのですが、朝倉様の皆様は、真面目過ぎますね……。職権乱用になってしまうので、あまり言いたくないのですが……。将軍の命令です、顔を上げて、私の顔を見て、話を聞きなさい」


 義藤がそう言うと、一斉に家臣は顔を上げて、黙って義藤の話に耳を傾けていた。


「十三代目将軍、足利義藤は、まだ京の奪還をあきらめていません。父上が果たせなかった、足利家の再興させるために、私に力を貸してほしいのです」


 つまり義藤は、朝倉家を利用して、三好家と全面戦争したいと言っている。


「お言葉ですが、それは出来ません」


 義藤の言葉に、家臣がざわついている中、義景はそう言い放った。


「朝倉様の考えを聞いてもよろしいでしょうか?」


 義藤は、義景の言葉に狼狽える、激昂することもなく、落ち着いた口調で、そう聞いた。


「加賀の一向宗です。今から攻めてくる可能性は低いでしょうが、長期的に畿内に兵を向け続ける事は、一向宗にとっては好機。手薄になった国境を一気に攻め込んで、あっという間に、越前北部は一向宗の物になると思います」


 義景の話に、家臣たちも納得したようで、一気に義景の意見に賛同する者が増え始めた。例え、足利将軍家に気に入られる為に挙兵したとしても、本拠地の越前を奪われてしまっては、本末転倒。


「将軍様。若殿の意見に関しましては、儂も同感です。これまで朝倉家は、長きにわたって、一向宗と争いを続けています。今更、和睦するのは、難しいと言えるでしょう」


 義景の意見を補足するように、宗滴はそう言った。


「分かりました。一番は将軍自ら、一向宗の方々を宥め、和睦交渉するのが一番なのでしょうが、今の私では、実力不足。朝倉様の力になる事は、難しいと思います」


 義藤が観念したように、小さくため息をした時だった。


「将軍様。一つ、一向宗を黙らせる方法があります」


 宗滴が、そう言うと、ざわざわしていた部屋は、一瞬で静かになった。


「越後の長尾家と手を組むと言う案です」


 宗滴は、越後の長尾家、後に活躍する、上杉謙信と手を組むことを提案してきた。


「宗滴様は、三好家との対立は避けられない。そういう考えでしょうか?」


 義景は、宗滴の話を聞いた途端、声のトーンが低くなり、宗滴の提案は、義景にとって不満のようだ。


「越前の周辺が、不安定な状況です。畿内を掌握した三好家に、朝倉家が戦に挑んだ場合、間違いなく朝倉家は無事では済まないでしょう。多くの民、家臣を失い、朝倉家は衰退するのは、目に見えております」

「長尾家と同盟を結んで、朝倉家の背後に、長尾家が付いていると言うことで、三好家に睨みを利かせると」


 義景の言葉に、宗滴は頷いた後、話を続けた。


「これは、若殿の為でもあります」

「私の為とは、どういう事ですか?」

「若殿にとっては、最初の危機であると言う事です。朝倉宗滴は、すでに老体の身。ずっと若殿を見守っていたいのですが、そう言う訳もいきません。三好家が将軍様以上に力を持ってしまった以上、日本各地の状況は目まぐるしく変わっていくことでしょう。これからの朝倉家を担うのは、若殿です。これからも朝倉家が名門である事、戦国の世を生き延びる事、初代永林様から続いている、朝倉家を後世に生き続けるためにも、若殿は成長していかないといけません」


 宗滴の話に、義景はゆっくりと天井を見上げていた。


「私は、平穏な日々が好きです。この地には、京から来た文化人たちが、多く住んでいて、戦国の世だと忘れるような、極楽浄土のような町を目指しています。私のような思想を持つ人は、この時代では変なのでしょうか?」

「若殿の考えは、とても素晴らしいです。ですが、応仁の戦以降、ずっと日本は戦乱状態。そのような考えを捨てないといけない時が来ることでしょう」

「分かっています」


 義景の中で、何か決心したのか、しばらくの間、放置されていた義藤に向けて頭を下げた。


「改めて申し上げます。朝倉家は、将軍様の話に協力出来ません。先祖代々受け継がれてきた、この地を捨てる事、家臣と文化人の人々を裏切るような行為は出来かねます」

「朝倉様の思い、しかと受け止めました」


 義藤も、朝倉家は京奪還に協力しない、上洛に消極的だと言う気持ちを知ると、困惑、激昂、悲哀な表情になることなく、京の都を奪還したような、清々しい顔をしていた。


「景鏡。若狭の動向はどうだった?」


 私の捕縛を失敗した後、景鏡は若狭に出向き、状況を確認しに行っていた。


「はい。あまり良くないと言えるでしょう。若狭国内では、浅井家と見せかけて、真の目的は、若狭国の掌握。三好家が侵攻してくると言う噂が流れていて、荒れ地になる前に、敦賀に若狭の人が流れてきているようですね」

「つまり、噂通りに、来春は、三好家の浅井領侵攻は、やはり確実と?」

「そう考えた方が良いでしょう」


 景鏡の話を聞いた義景は、顎を撫でた後、家臣たちにこう言った。


「三好家も将軍様が、実際は生き延びていることは、把握しているだろう。将軍様がいる限り、下手に越前には侵攻しないと見ている。もしくは、将軍様を、差し出せと言う可能性がある。将軍様を差し出すような、行為はしないが、もしそう言った話になれば、話は別だ。将軍様を守るため、朝倉家の名に懸けて、三好家と徹底抗戦する」


 義景の言葉に、家臣だけではなく、義藤もゆっくりと頷き、嬉しそうな表情をしていた。


「私の考えは変わらない。こちらかは一切動かない。だが、有事の際がいつでも来ても良いよう、物資の調達、城の確認、農民との団結力を固め、士気を高めておくように」


 義景は、当主らしく、目力を強くして、一言一句がしっかりと聞き取れるように、家臣に一人ずつ、指示を出していた。


「朝倉凛延景」

「はい」


 義景に名前を呼ばれると、私もすぐに返事をして、義景の指示を聞いた。


「久々に、奏者を行ってもらう」


 私は、再び奏者の役目を果たすことになったので、頭を深く下げた。





 朝倉館に、家臣が終結した日から、2日後。私は義景に呼び出され、再び朝倉館に足を踏み入れた。


「凛には、この書状を届けてほしい」


 私は、義景から書状を託された。


「相手は、誰ですか?」

「宗滴様も言っていただろ? 越後の長尾殿に渡してほしい」


 今年は、色んな人と出会っている。信長、秀吉、そして上杉謙信。歴史の教科書で絶対出てくる偉人と、私はまた知り合うことになった。


「内容を聞いておきたいです」

「簡潔に言うなら、上洛に協力した恩を返せと書いてある」


 背に腹は代えられないと言った感じで、義景は長尾家と協力を求める事にしたようだ。


「つい先日帰って来たばかりなのに、またこの国を出させるような事をして、申し訳ないと思っている」


 もう少し体を休めたいのが本音だが、義景が、私に頭を深々と下げている姿に、本音を言うことは出来なかった。


「越後は、越前より雪深い土地だと聞いている。雪に気を付け、そして無事に、長尾家に私の言葉を伝えてほしい」

「承知しました」


 私も義景に頭を下げて、翌日に一乗谷を出て、京より遠い、越後に出向することにした。

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