第23話 女子高生と、渡月橋の戦い ~三好家家臣 松永久秀~
清水寺近くにある城を出た足利義藤は、およそ500名の兵を率いて、すぐに三好の兵と合流した。
時は師走。北風が冷たく、そして黒い雲が空を覆っている。もしかすると、京では初雪を観測するかもしれない。
朝に京の都を出ると、すぐに田畑が広がる農村になり、近くには有名な嵐山。そして大きな桂川が流れている。昼頃に到着すると、桂川を戦場とし、三好家と細川家が戦をしていた。すでに戦は始まっていて、弓を放ち合った後、足軽が薙刀や槍を持って、衝突し、そして足元には、転がっている亡骸もあった。
「こ、これが本当の戦場ですか……?」
あれだけ威勢を張っていた近衛殿だが、実際の戦場を見ると、私の後ろに隠れてしまった。
義藤から具足一式を借りて身に付け、私は春嗣から頂いた太刀を持ち、近衛殿と吉清は、槍を持って、戦場の地に立っていた。
人生2度目の戦国時代の合戦への参加。この前は、一向宗の侵攻を食い止めるための戦であり、宗滴が総大将だったので、皆が安心し、士気が高い状況で戦に臨み、難なく一向宗を撃退した。
けど、今回は宗滴はいない。だから、私もとっても怖い。ただ寒いから、体の震えが止まらないではなく、今から生死に関わる行動をするからだ。
「甘えなんて通用しません。無事に帰りたいなら、情けをかけずに、敵を倒すのみです」
本当は、目の前で人が血を流して倒れていく光景を見たくない。今すぐ逃げ出して、スマホでバズっている動画を見ていたい。けどそんなことは出来ない。この戦場で生き抜くなら、相手が老人だろうが同年代だろうが、カッコいい男性だろうが、殺そうとしてくる人を、自分で撃退するしかない。
『私たちは、このまま突撃し、細川家が陣を構える、対岸にある寺院に向けて進軍します』
しばらく馬に乗り、辺りを静観していた、大将の足利義藤は、周りにいる兵にそう言っただけで、進軍を始めた。
どう考えても、強行突破は無謀だ。周りには、多くの敵兵がいるので、多くの兵を失う可能性が高い。戦場のど真ん中を突破するという事は、弓などの飛び道具が命中し、大将である義藤を討ち死にさせる可能性が高い、リスクのある行動だ。
「うう……このまま、静観しているだけで、何事もなく勝つことは出来ないんですか……?」
「あの……そう言う発言って、私の世界では死亡フラグって言って、何か起きちゃう前触れになっちゃう――」
近衛殿が死亡フラグを言った途端、足利軍に突撃してきた軍がいた。
「嵌められましたか」
義藤は、前方を睨んでいて、そして前方の兵の中から、馬に乗った男性が出てきた。
「よう。弱虫な将軍様よ。兵を率いた遊びは楽しいか?」
「松永様。戦を遊びと思うのは、よろしくありません」
松永と言う名前で、私はピンと来る。宗滴のように白髪で、老体だと思えない、堂々とした風格。この人は、後に信長の歴史にも関わってくる、あの
「私たちは、三好様の応援に来ました」
「は? 弱虫将軍が来ても、足手まとい。この戦は、お前たちがいなくても、
鼻で笑った久秀は、軍配を私たちの方に向けた。
「目の前に、細川よりも価値がある首が転がっている。あの首を持って来れば、私のお気に入りの茶器を授けてやる。死に物狂いで討ち取れ」
久秀の声により、松永軍の士気が一気に上がり、兵がなだれ込んできた。無事に戦が終わる事は無く、私たちは松永久秀の軍と対決する事になってしまった。
「将軍様をお守りしろっ!!」
突然の久秀の寝返りにより、足利軍は義藤を守ろうと、義藤周辺に兵が集まり、すし詰め状態になる、あっという間に混乱し、足利軍は総崩れになってしまった。
「朝倉様も、早く将軍殿を守った方が良いんじゃないんですかっ!?」
近衛殿がそう言っていても、私は一歩も動かず、迫りくる兵たちの前に立ち続けた。
久秀の軍は、足利軍よりも多い数がいる。総崩れのまま、正面衝突すれば、足利軍は全滅だ。
「敵に背中を見せた瞬間、死ぬと思ってください。それぐらい、戦場は地獄より恐ろしい場所なんです」
私は逃げない。太刀を抜いて、太刀を構え、そして大きく息を吐いて、ゾーンに入る。
この時の為に、今までどれだけ太刀を振って来たのか。細川殿が傍らで見ている日常の中、雨の日だろうが、雪の日だろうが、嵐の日だろうが、初めて奏者に任命され、プレッシャーで胃痛があった時以外、稽古を欠かさなかった。
「朝倉凛。参ります」
太刀を強く握って、私は、先頭を走っていた松永軍の兵を一人の前に立ち、太刀で斬り捨てた。
「私は主君を守るために、太刀を振るう。ただそれだけです」
斬り捨てた時に、顔に兵の返り血を浴びた。けどそんなのは気にならないし、悲鳴も上げる事も無く、息絶えたので、私は相手に情が湧く事がなく、近くにいた兵士も斬り捨てた。
「足利家は、まだ死んでいませんっ!! 本当に足利家を再興させたいなら、相手に背を向けず、立ち向かむのが、まず足利家がやる事ですっ!!!」
3人ほど斬り捨ててから、混乱している足利軍に、私はそう叫んだ。数名でもいいから、松永軍に立ち向かう人が出て欲しいという思いで、私は足利軍の士気を上げようとした。
「朝倉様の言う通りです。敵に背を向けるなんて、近衛家の娘として、恥となってしまいます。手加減なしに葬ればいいんですね?」
屁っ放り腰だった近衛殿は、槍を構えて、近くにいた松永軍の兵の首を突き刺した。
「……福岡家の代理当主として、戦で手柄を上げませんと」
吉清も槍を持ち、そして覚束ない槍さばきで、何とか松永軍と対峙していた。
「私は、足利将軍家の再興の為に戦います」
再び大きく息を吐いて、スイッチを入れ直す。多勢に無勢の状況だが、義藤がここで討ち取られたら、歴史が変わってしまう。義藤を守るため、私はこれ以上進軍させないようにと、無心で斬り捨てるだけだ。
「お前、孫次郎様のお気に入りの女か。よう言ったな」
太刀で松永軍と交戦していると、私の背後には、50名ぐらいの集団が出来ていて、その集団をまとめる、左に大きな刀傷痕がある、単眼の男性が、私に話しかけた。
「やってやんよ。このまま朝倉家が侮辱されるのも癪だ。
暴走族の族長のような感じの人は、前に景近が称賛していた、
「感謝します」
猪助に頭を下げると、猪助は近寄ってきていた松永軍の兵を、容赦なく槍で突き刺した後、対岸の細川軍にも聞こえるような、大きな声で叫んだ。
「足利様は、下がって体勢を立て直してくだせぇっ!! それまで朝倉が、鼠一匹もここから遠さねえからよぉっ!!」
猪助の言葉に、朝倉家の士気が上がった。遂に京に派遣されている朝倉家の兵も参戦し、朝倉家は松永軍と衝突した。
数は、猪助率いる兵が増えたとしても、圧倒的にこちらが不利なのは変わらない。ずっとこのまま松永軍と戦い続けるのは、皆の体力も持たないし、私だけではなく、近衛殿と吉清は、更に戦に慣れていないので、万が一のことがあれば、私はもう一乗谷に戻れない。
「新入りっ!! まだ行けるだろっ!?」
「はいっ!」
猪助は、徐々に進軍し始めようとしていた。朝倉家の数は少ないが、徐々に足利軍の兵も、松永軍と戦い始め、足利軍は劣勢ではなくなり、五分五分になりつつあった。こちらの士気は高いので、一気に押し込めば、松永軍を壊滅できるかもしれないと思い、猪助はそう提案したのだろう。
「凛様っ!! 横から新たな軍勢が来ていますっ!!」
傍で戦う吉清は、そのような報告をしてきたので、私も太刀で斬り捨ててから、横の方を見る。現実はそう簡単に物事を進められない。チャンスだと思った時に、足利軍は新たな危機に陥っていた。
「けっ。三好の援軍じゃねえか」
猪助は、舌打ちをしてから、敵兵を倒していた。
横の嵐山の方面から、三好家の旗を掲げる軍勢が迫って来ていた。
「これ以上は……キツイ……」
やっと巻き返せると思ったら、松永久秀は援軍を呼んでいた。これ以上松永軍の兵力が増えてしまったら、足利軍は壊滅する。
「……何をしている……松永殿」
援軍が到着すると、一時的に戦闘が止まり、援軍の中から、不機嫌な顔をしている、義藤と同じぐらいの年齢の男性が現れた。
「……裏切りか?」
男性がそう問いただすと、久秀がゆっくりと自軍の後方から歩いてきて、不気味な笑みを浮かべていた。
「
よくもまあ、嘘の話が淡々と言えるなと、私は松永久秀に感心してしまった。
「……今は細川と戦だ。……変な行動をするな」
「うるせえな。お前ら、主の弟だろうが関係ない。之虎の軍も殲滅だ」
久秀は、私たちだけではなく、本来味方であるはずの、三好之虎の軍にも攻撃を始め、この辺りは三つ巴の合戦場になってしまった。
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