第22話 女子高生と、頑張る姫様

 無事、朝倉義景の継室、近衛春嗣の妹、近衛殿を迎え入れる事を出来た私は、春嗣の勧めで、近江に逃れている、足利13代目将軍、義藤に謁見する事になった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 まだ逢坂関を越えていない所で、近衛殿は吸い込まれるように、街道沿いにあった茶屋の長椅子、床几しょうぎに座り込んでしまった。


「あの~、お二人は女性なのに、こんな急な坂を上り下りする事は苦とは思わないんですか……?」

「私は、もう慣れていますから……」


 越前と京の往復は、奏者の経験によって慣れてしまい、特に何も思わなくなってしまった。長い長いウォーキングだと思い、いつも景色を見たり、空が青いなとか、目先にある黒い雨雲を見ると、雨が降りそうだなと思いながら、山を越えている。


「あの……うらは男です……」


 近衛殿が女性二人が引っ掛かったのか、吉清はすぐに否定していた。


「はぁ!? こんな私みたいに美しい顔を持った人が、男のはずがないじゃないですかっ!!」

「はは……よく言われます……」


 近衛殿に外観で嫉妬された吉清は、苦笑していた。私も、初めて吉清と会った時には、女性と勘違いしていたので、やはり一級品の美貌を持つ近衛殿が羨むほど、吉清の顔立ちは良い方なのだろう。


「……ま、いいです。この家の茶でも飲んでから、私も頑張って歩いてあげますよ」


 近衛殿は、一瞬だけ、私と吉清の顔をじっと見た後、茶屋の人にお茶を求めていた。


「由緒正しい、近衛家の娘ですから、我がまま言って、田舎大名の奏者にご馳走してもらうほど、私は落ちぶれていません。私の分の銭は、ちゃんと払いますよ」


 そして私たちは茶屋で休憩してから、近江国の山間にある土地、朽木くつきに向かった。途中、近衛殿が疲れたと駄々をこねて、何度も休憩をはさんだので、朽木に到着したのがかなり遅くなったが、文句を言いながらも、ちゃんと私たちと同行してくれた事には、とても嬉しかった。


 けど、嬉しかったのは束の間。朽木に身を潜める義藤の居場所を、この地を治める武将、朽木家に訪ねていると、衝撃の事実を知った。


「……また……京に戻るんですか?」

「すみません」


 私と吉清は、ショックで崩れ落ちた近衛殿に、土下座した。

 足利将軍、義藤がいた屋敷はもぬけの殻。半年前ぐらいに朽木を発って、あの有名な京都の観光名所、修学旅行先でほとんどの人が訪れる、清水寺の近くに築いた、山城に移ってしまったようだ。


「このまま越前に戻って、殿と会いますか? 私は将軍様に話す事があるので、その場合は吉清様だけと行動になりますが」


 足利将軍家と親交があるので、朝倉家は新たに近衛家から継室を迎えた事を、私は、絶対に報告しないといけない。なので、このまま近衛殿を振り回すよりかは、吉清と共に、先に一乗谷に戻ってもらい、義景と会った方が良いだろう。


「いいえっ! 私も同行しますっ!」


 けど近衛殿は、すぐに立ち上がって、土下座している、私と吉清の頭を軽く叩いた。


「早く向かいますよ。由緒ある近衛家を、よくも振り回したなと、足利将軍殿に文句言いたいですから」


 怒って、実家に帰るとは言わなかったので、ひとまず安心したのだが、再び京にとんぼ返りする時、近衛殿は足利将軍家に、呪詛みたいな言葉を、ぼそぼそと言いながら歩いていたので、少し怖かった。




 約1ヶ月ぶりに戻って来た、逢坂関。一乗谷を出て、かなり月日も経ち、すっかり寒くなった日本は、チラチラと雪が降る季節になっていた。


「お久しぶりでございます。朝倉様」


 朝倉家の名前を出すと、山城の門番をしていた兵は、あっさりと私たちを通して、すぐに13代将軍の義藤に対面することが出来た。


 室町幕府13代目将軍、足利義藤。後に足利義輝と名乗り、剣豪将軍とも呼ばれ、室町幕府を再興するため、様々な困難があっても、奮闘し続けた人物。数年前の十河襲撃の時以来に対面したのだが、あどけなかった姿は無くなり、すっかり成長して、特撮ヒーローで活躍していそうな、若手俳優みたいな風格になっていた。


「朝倉家当主、義景様にはいつも文を交わし、自国の兵もあるのにも拘らず、多くの朝倉様の兵を送っていただいています。この場を借りて、足利将軍家は朝倉様にお礼を申し上げます」


 そして義藤は、深く頭を下げた。

 私が奏者として、足利将軍家に渡した親書の中に、朝倉家の兵を京に駐留させると言う話があり、今でも数百名の兵が、京に赴いて、足利家の兵として活動している。私たちを義藤がいる部屋に案内させた人物も、朝倉家の家臣だった。


「と、とんでもないですっ! 私たちこそ、将軍様の力があってこそ、越前を統治が出来て、多くの民が、戦国の世を忘れるぐらい、穏やかに過ごしています」

「そうでしょうか? 朝倉様の力量が無いと、一国をずっと統治し続けることは難しいでしょう」


 私と義藤とそう会話を交わすと、振り回されて、ずっと呪詛を唱え、ついに痺れを切らした近衛殿が、義藤に啖呵を切る。


「将軍殿っ!! この私、近衛家の娘を振り回すとは、近衛家を下に見ているとしか思いませんっ!! この近衛家に、将軍殿の謝罪を求めますっ!!」


 征夷大将軍と公家はどちらが偉いのか、詳しい事は分からないが、私は近衛殿が、物凄く失礼な態度を取っていると思い、すぐにこの場を宥めようとしたが。


「近衛殿下。申し訳ありませんでした」


 義藤は、躊躇する事無く、再び頭を下げた。征夷大将軍が、近衛家の娘にひれ伏している姿に、私は異様に感じた。


「近衛家は、これまで多くの人が関白に就いている、公家の最高位の官職。そして征夷大将軍は、官職の中では、関白なんか到底及ばない、下の官職です。ですので、こう言った光景は、変ではないと思います」


 呆気に取られている私の様子を見た、吉清は、そのような補足を入れた。


「けど、これって職権乱用じゃないんですか……?」

「目を瞑りましょう」


 ここで突っ込んだら、近衛殿が更に騒ぎ出すと考えたのか、吉清は見てみぬふりをしていたので、私も何も言わないことにし、近衛殿の様子を見守った。


「ふふん。それでいいのです。あーっ、私はこれでスッキリしました。朝倉様、この後は将軍殿と、ご自由にご会談をっ!」


 さっきまで殺意に満ちていた表情ではなく、満面の笑みをしている近衛殿は、私の後ろに座っていた。


「気にしないでください。近衛殿下とは、昔から付き合いがあり、お世話になっていますので、こう言ったやり取りも、必要なのですよ」

「そうなのですか……」


 私たちの前で、征夷大将軍が関白の娘に頭を下げられる光景は、本当は見られたくないはず。けど義藤は、穏やかな表情をしていた。


「それで、朝倉様は、この度はどのような件で?」


 それでようやく本題に入って、私は事の経緯を義藤に話した。義景の正室、細川殿が亡くなった事。初子が生まれた事。景鏡に徹底的に批判され、私は悪人扱いされ、義景の勧めで、一時的に一乗谷を離れている事。そして近衛家から、春嗣の妹、近衛殿を義景の継室として迎え入れることが出来た事を、義藤に話した。


「なるほど。朝倉様も、この数年で波乱万丈な生活を過ごしてきたようですね」


 義藤が、私の話を聞いた後、何もない天井を見つめながら、話し始めた。


「朝倉様と初めてお会いして暫くして、父上が病で亡くなり、三好様と争っていましたが、今では、三好様と和解し、畿内を守る、御供衆となりました。ですが、かつて仲の良かった、細川家とも色々あり対立し、戦をしています。その戦の最中、朝倉様は再び訪ねてきました」


 かなり忙しい時期に、私たちは義藤と会っている。義景の継室が見つけたと言う報告をしに来た私たちが、何だか滑稽に思ってしまった。


「これは幸運なのか、不運なのか。朝倉様、少々お付き合いしてもらえますか?」


 義藤が、微笑んでいるのか憂えているの変わらない、不思議な表情を浮かべた時、廊下からとんでもなく大きな足音が聞こえ、そして豪快に扉が開かれた。


「将軍殿っ!!! 今すぐ出陣の準備をせいっ!!! 細川が性懲りもなく、戦を仕掛けてきたっ!!!」


 怪獣映画の、大きなゴリラの怪獣のような、甲冑を身に纏った、無精髭を生やした、超大柄な男性が部屋に入って来た。


「三好様。見ての通り、私は、大切な客人と会談中です。挨拶もなく、当然入ってくるのは――」

「口答えをするなっ!!! 将軍殿っ!!! このままでは、また近江に逃げると言う、情けない選択をしないといけなくなりますぞっ!!! 将軍なら、さっさと敵を討つ準備をせいっ!!!」


 ただ罵詈雑言だけを言い、大男は部屋を出て行った。


「驚きましたか? あの方が三好様です。近くで戦が起きてしまっては、私も見過ごすわけにはいきません」


 あの大男が、畿内を掌握している、現時点での朝倉家の脅威の一人、三好長慶みよしながよし。もし目の前に、敵対している朝倉家が、この場にいると知られたら、三好長慶は私たちを殺しにかかるだろう。


「……分かりました。お供します」


 義藤は、私と共に挙兵する事を望んでいたので、私も覚悟を決めて、加賀一向宗以来の戦場に立つことになった。近くで戦が起きていれば、京から抜け出すのは難しくなるし、この山城に籠れば、もしかすると籠城戦に発展するかもしれない。そうならない為、私たちは、義藤の足軽として、この場を乗り切った方が良いかもしれない。


「ちょ、ちょちょちょちょ待ってくださいっ!! 戦国武将に嫁いだら、こ~んなに美しい姫も、戦場に行かないといけないんですかっ!?」


 そんなに可愛いと思っているなら、なぜ平然と死人が出る石合戦の総大将を、近衛殿はしていたのだろうかと、私は心の中で突っ込んでいた。


「近衛殿下の娘様は、私の母が避難している、清水寺に行かれても良いですよ?」


 義藤は、近衛殿に気を遣い、そう提案する。


「いいえっ!! せっかく気分が良かったのに、あの細川が攻めてきたせいで、私の気分は最悪ですっ!! あの細川の兵が、散り散りになっていく光景を見ないと、私の気が済みませんので……っ!!」


 近衛殿が、再び細川家に呪詛を唱え始めたので、私たちは急遽、足利家の兵として、細川家と対峙する事になった。

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