第21話 女子高生と、近衛春嗣の妹

 京に到着した私たちは、早速近衛家に顔を出し、そしてスマホの充電が少なくなりつつある、スマホを起動させ、タイムスリップする前に撮った、写真を近衛春嗣に見せた。


「……飛行機……新幹線……バス……バイク……ジェットコースター。……これが、500年後にある乗り物です」

「ほうほう。一つずつ説明してもらいましょか」


 飛行機は、遠くの世界に飛んで行ける乗り物。ジェットコースターは乗り物じゃないけど、娯楽のために乗る乗り物など。今回は乗り物について教えると、春嗣は満足そうにして、扇子を仰いでいた。


「そんで、朝倉殿の話は何ですか?」

「実は、殿の正室が先日亡くなり、継室を探していまして……」

「朝倉殿。それは図々しいですわ。そう言った問題は、身内で解決するべきですよ」


 春嗣は失笑していた。勿論、失礼な相談だと分かっている。けど、私には公家で権力を持つ、近衛家に頼るしかなかった。


「ま、それは気の毒に。朝倉殿は、さぞかし落ち込んでいるでしょうね。子が出来ず、亡くなったって感じですか?」

「いいえ。女の子は生まれまして」

「はいはい。それは、尚更継室探しに、躍起になりますわ」


 春嗣は、閉じた扇子を手の平にポンポンと叩きながらも、思案顔をしていた。一応、朝倉家の問題に真剣に考えてくれているようだ。


「越前の名門、朝倉家と関係を持てると言うなら、九条、花山院かさんのいん、西園寺などの、公卿のお方たちと、話しぐらいは聞いてくれるとは思いますよ」

「……朝倉家って、凄いんですね」


 聞いた事ない公家の名前だけど、春嗣が名前を挙げるという事は、相当力のある公家たちなのだろう。そんな名のある公家を紹介してくれるほど、朝倉家のブランド力は相当あるようだ。


「けど近衛家が、自ら力を失うような事はしません。北陸の地に、近衛家の力を拡大する出来るなら、朝倉殿に助け舟を出しましょう」


 春嗣は、ゆっくりと立ち上がって、自ら襖を開けてから、私たちに手招きをした。


「朝倉殿の継室に相応しいか、朝倉殿が見定めなさい」

「ありがとうございます」


 近衛春嗣に相談したのは正解だったようで、春嗣に義景の継室候補を紹介してもらえる事になった。広大で迷路のような近衛家の屋敷をしばらく歩くと、侍女が襖の前に待つ、部屋の前に春嗣は止まった。


「ここは、私の妹が暮らす部屋です。気に入られるよう、頑張ってくださいな」


 義景の継室候補に、春嗣は自分の妹を紹介してくれた。公家の女性とはどんな感じなのだろうか。私は一度、吉清と顔を合わせ、頷いてから、部屋の中に入る。


「ん? お兄様、この女二人は、新しい侍女の人ですか? それだったら、とっても嬉しいですっ!!」


 春嗣の妹は、細川殿とは違い、お淑やかな女性ではなく、現代のアイドルのような、天真爛漫な笑顔で、私を出迎えてくれた。


「詳しい事は、この者から聞いてください」

「はい!」


 兄の春嗣の言葉に、春嗣の妹は、元気よく返事をし、そして春嗣は、私たちを置いて、妹と私たちを残して、自分の部屋に戻ってしまった。


「侍女志望では無いなら、もしかして、私の新しい仲間ですか~? 今の所、私の軍の石合戦は、負けた事の無い――」

「ちょっと待ってくれませんか? あの、石合戦とは……?」


 妹は、よく分からない話を始めたので、話を遮るような感じになってしまったが、恐る恐るそう聞いてみると、隣りの吉清が説明してくれた。


「石を投げ合う遊びです。一乗谷の近くを流れる足羽川の河原でも、時折子供たちが集まって、戦の真似事をして遊んでいます。勿論、本気で戦いますので、石に当たり、打ち所が悪ければ、死者も出る事もあります」


 そんなバイオレンスな遊びを、戦国時代の子供は好んでしていたのかと思うと、私は平然と戦場に向かう、足軽たちの気持ちが分かった気がする。


「何か、役に立たない人ですね……。侍女でもなく、軍に入らないと言うなら、私に何の用なんですか?」


 急に不機嫌になった妹に、私は義景の継室の話をするべきか、凄く迷った。何故、春嗣はこの気性の荒い妹を紹介したのか。もしかすると、春嗣も手を焼いていて、早く追い出したいだけかもしれないが、朝倉家と近衛家の関係を良くするために、このような妹を紹介するだろうか。


「私、越前を統治する、朝倉家の家臣、朝倉凛って言います。今回は、右大臣様の妹様に、縁談の話を持ってきました」

「縁談ですか? この私にですか?」


 妹は、急な縁談の持ち掛けを信じることが出来ず、目を丸くしていた。


「是非とも、朝倉家当主、義景の正室になってほしいです」


 妹は、どんな返事をするのか。私は断られる覚悟で、妹にそう尋ねた。


「本当ですかっ!? それ、すっごく嬉しいですっ!」


 妹の意外な反応に、今度は私が目を丸くしてしまった。


「いや~。私ですね、妹がいるんですけど、私より先に寺の坊主に嫁がれて、それがすっごく悔しくて、憎くて毎晩、妹に呪詛を送り続けていたぐらい、早くどこかの男に嫁ぎたかったんですよ~。ま、大国の越前の大名の正室になれるなら、あの妹も悔しがるでしょうね~」


 急にルンルン状態にになった妹の様子を見ると、義景の正室になるのは嫌では無いようだ。もしここで断られて、継室を見つけられなかったら、私はどうしようかと思っていた。義景と顔を合わせづらくなり、最終的に打ち首確定コースになっていただろう。


「それでは、朝倉家に嫁いでくれるって事で、よろしいですか?」

「はい!」


 無邪気な妹の笑顔を見て、私は何としてでも、義景と夫婦円満になってもらいたいと思った。裏表ある性格、少し腹黒い、小悪魔的な、あざとい性格みたいだが、顔は凄く美人。国民的アイドルでセンターで歌っていそうな、私より整った顔立ちで、この愛嬌のある笑顔。公家の近衛家の女性で、身分も申し訳ない。あの義景なら、上手く関係を保ち、そして景鏡も文句は言わないだろう。


「吉清様。右大臣様に報告してもらっていいですか? 私、もう少し話していますので」

「はい。承知しました」


 吉清には、春嗣に交渉成立の報告をお願いし、私は妹――近衛殿の様子を見ることにした。


「で、朝倉様は、どうやって硬派な兄上様を誑かしたんですか?」


 吉清、そして侍女たちが部屋を出た途端、近衛殿は態度を急変させ、ジト目、私を怪しんでいた。


「以前に、朝倉様がこの屋敷に来た時を境に、兄上様は変わりました。内大臣の仕事を熱心にこなし、そして最近では、右大臣に転任しましたが、今は、歌合せや茶会に参加してばかりで、役職の業務はおざなりになっていると、父上様が嘆いていました。朝倉様、貴方は近衛家を利用して、朝倉家をどうしようと思ってるんですか?」


 春嗣の実態は、私は把握していない。けど現代の写真たちを見て、春嗣はいずれは戦国の世が終わり、平穏で便利な世界になる。そう感じた春嗣は、粉骨砕身で行動せず、戦国の世を終わらせようとはしなくなってしまったようだ。それが気になり、近衛殿は義景の正室になる事をオッケーしたのかもしれない。


「気になるなら、今すぐにでも朝倉殿と行動しなさい」


 どんな風に説明しようかと、悩んでいた時、すぐに戻って来た吉清、そして兄の春嗣が戻って来て、春嗣が近衛殿にそう言っていた。


「この朝倉殿は、他の大名とは違い、おかしな理由で動いています。朝倉家に嫁ぐ気になったなら、そちらの朝倉殿と同行し、朝倉家がどんな家なのかを知り、疑念を解決するべきでしょうね」


 近衛殿にそう言った後、春嗣は今度は私に話しかけた。


「朝倉殿。越前に帰る前に、将軍の義藤殿に挨拶はしておきなさい。今はまた三好家と対立し、また近江国に身を隠していますが、近江に逃れる前に会った時、義藤殿は、朝倉殿に会いたがっていましたね」


 そういう事なら、越前に直帰せず、足利将軍家に謁見した方がよさそうだ。現役将軍に挨拶せず、素通りしてしまったら、また細川家に文句を言われそうだ。


「足利将軍殿にも気に入られているなんて、一体、この朝倉様は何者なんですか?」


 更に近衛殿に怪しまれてしまったが、私は春嗣に言われたとおりに、近江国にいる義藤様に会うことにした。

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