第20話 女子高生と、朝倉景鏡の追手

 早朝、一乗谷から北陸道を並行するように整備された道、、山道を走る朝倉街道を抜けて、私と福岡吉清は、京の都を目指すため、ゆっくりと歩いていた。


「うらが修行している時に、そんなに大変なことが……」


 そして私は、吉清にこれまでの事を話した。義景の正室、細川殿が亡くなった事、義景に初めての子供が生まれた事、そして私は悪人扱いされ、今は一乗谷にいられない事。私の身を案じて、義景は一乗谷から離れるように、義景の継室を探すように命じた。


 己を鍛えるためと言い、吉清は1年ほど山に籠って修行をしていた。どのような修行をしていたのかは知らないが、吉清に特に変わった様子は無い。

 福岡家当主だった、弟の吉澄が一向宗との戦いで重傷を負い、兄の吉清が代役で当主になっている、訳ありの武将だ。私より身長が低い、小柄な体形。身長も伸びた訳もなく、筋肉が付いて、体が大きくなったわけでもない。ショタと呼ばれるキャラで、童顔で愛嬌のある吉清なのだが、勿論私より年上。景近と年齢は変わらないようだ。


「当てはあるんですか?」

「この太刀を託してくれた、近衛家に挨拶しに行こうと思っています」


 義景の極秘上洛の際に面識になった、公家の中でもかなり力を持つ、近衛春嗣に会おうと思っていた。アポイントも取っていないので、面会してくれるか分からないが、とりあえず義景の奏者として会うつもりだ。


「吉清様は、何か分かった事がありましたか?」


 山に籠って、吉清様は何か変わったのか。そう思って聞いてみると、吉清は照れ臭そうに答えた。


「特に何も……ですね……」


 私は、吉清がどのような修行をしていたのか知らない。吉清と会うのも、今日が久しぶりで、何か技を習得したのか。それとも変わらずに、小心者のままなのか。けど私はそれでもいい。誰か一人でも、私の肩を持ってくれる人がいてくれるなら、私は心強い仲間だ。


「そうですか。京に着くまでに、何か感じられたらいいですね」


 吉清は頼もしい味方と思いながら、京を目指す。一応、私は追われている身なので、どこかの町に下宿する事無く、辺りが薄暗くなろうとも、そのまま平野部を抜け、山間部に入ろうとした時、20人ほどの足軽が道を塞いでいた。


「北陸道を避け、朝倉街道で来る考えは、孫八郎様の考え通りだ」


 そして甲冑を身に付けたおじさんが立っていた。


「凛様。南条なんじょう郡、峠周辺を守備している、鉢伏はちぶせ城城主、印牧かねまき能信よしのぶ様です」


 吉清は、成長していた。十河家襲撃の際には、手足も出ず、ただ怯えていた。けど今、あの時の似たような状況に陥っていても、吉清は取り乱すことなく、平然としていた。


「私を心配して、峠道を案内してくれるんですか?」


 兵を率いて、そして城主がわざわざ甲冑を着て、私を待ち構えているという事は、間違いなく、景鏡の仲間で、私を捕らえようとしている。なので、嫌味っぽく言ってみる。


「馬鹿を言うな。悪人を捕らえるのは、私の仕事だ。大人しく投降すれば、斬首だけは勘弁してやる」

「このまま大人しく、景鏡様の思い通りになるのは嫌ですから、強行突破しますね」


 同じ朝倉家の家臣だ。内輪揉めは避けたいので、刀を振るわず、強引に兵の仲を突っ切って、峠道を越える。


「お前たち。女子だからと言って侮るな。この女、朝倉延景は、お館様の正室を見殺しにし、家中を混乱に陥れた大罪人だ。孫八郎様に身柄を引き渡すので、殺さず、捕らえろ」


 能信は、そう兵たちに命令して、私を捕らえようと動き始めた。


「凛様が動いてはいけません」


 刀を構え、殺さない程度で斬りつけようとした時、吉清が私の右手を掴んで、制止させた。


「理由は?」

「凛様が、本当の罪人になります。越前国内を乱す反逆者、裏切り者の烙印を押されたら、宗滴様、そして殿も擁護出来なくなります」


 吉清の話に、私は動けなくなり、私は一歩後ろに下がった。


「うらに任せてください」


 吉清には、この状況を打破できる作戦があるようで、能信の兵の槍が差し迫っても、怯える事無く、仁王立ちしていた。


「……行きます」


 吉清も、私が集中モードに入る時みたいに、大きく息を吐いていた。これは私のやり方を参考にしたのか、ゾーンに入った吉清の動きは一瞬で、瞬間移動したように足を蹴り上げて走り、そして誰かの足軽の槍を1本奪い、そして穂先を能信の喉仏に突き付けていた。


「凛様は、殿の奏者として動いているだけです。凛様の活動を邪魔するという事は、殿に逆らう、反逆者として、うらが見なします」

「わ、分かった。一先ず槍を置け」


 能信は観念したのか、吉清に降参し、吉清は言われたとおりに槍を地面に置いた。


「能信様は、朝倉家の本拠地が攻められ、火の海になっている光景を見たいですか?」


 私は、能信にそう問いかけた。


「私の味方になってほしい、話を信じて欲しいと言いません。ただ、信じる相手を間違えれば、朝倉家は最悪な結末を迎える事になりますので、ご注意を」

「孫八郎様を裏切れと言うのか? 孫八郎様は、中々重い腰を上げない、お館様の代わりに奮闘されている、素晴らしい方だ」


 能信は、義景ではなく、景鏡を信じ、忠誠を誓っている様子だ。そうじゃなければ、わざわざ道を塞ぎ、自ら私を捕獲しようと思わないだろう。


「えっと……本当にそうなのでしょうか? 景鏡様が汗水垂らして働いている姿、あまり見た事ないような……? いつも京から避難してきた公家と遊んで、お酒ばかり飲んでいるような気がします。ま、たまには一乗谷に顔を出す事をお勧めしますよ」


 私はそう言って、能信の兵を突破して、吉清と一緒に山間部に入って行ったが、能信の兵が追ってくる事は無かった。




 木ノ芽峠を目指している途中、私は吉清の事を聞いた。

 どうやら、足利将軍家が襲撃され、十河家と対峙していた時の、私の動きを覚えていたらしく、体を休める時には、私の動きを、頭の中で何度も思い出し、日が昇れば、山の傾斜を生かしたトレーニング、一日で何十往復も登山と下山を繰り返し、筋力をつけた。それを毎日繰り返し、私の動きを真似することが出来たようだ。これから剣技とか覚えれば、吉清は弟の吉澄を越えられるかもしれない。


 印牧能信以外に、私を捕らえようとする動きは無く、道中に立ち寄った敦賀の町に滞在しても、何事もなく、そのまま近江国に入り、そして近江と山城の境にある、逢坂関おうさかのせきを越えて、私たちは数年ぶりに京の都に入る。


 けど相変わらず、京の都は荒廃していて、道に倒れている人は見かけなくなったが、建物は損壊したまま、もしくは少しずつ再建しようと、復興しようと動き始めていた。


 京の街中でも、私は警戒を緩めず、京都御所近くにある、近衛家の屋敷に訪れた。


「おやおや。少しはその太刀が似合う、武士になれたようですね。朝倉凛殿」


 朝倉義景の奏者と来たと伝えると、近衛家の屋敷から、近衛春嗣が出迎えてくれた。


「手土産は、私のスマホの中から、5枚ほど新たな写真でいかがでしょうか?」

「面白いですね。聞きましょう」


 何とか、近衛春嗣と接触することに成功し、私たちはようやく任務を開始することが出来た。

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