第24話 女子高生と、渡月橋の戦い ~合戦二日目~

 遂に雪も降り始め、辺りは暗くなり始めた頃。戦は一時休戦となり、互いの軍は撤退し、各々の陣営に戻った。桂川の河川敷、戦場となった田畑には、雪をかぶった、命を落とした兵士たちの亡骸が横たわっていて、戦争の凄惨な現実を思い知らされる。


「……寒い……寒い……寒い……寒い……武家に嫁いだら……こんな思いも……しないといけないんですか?」


 数週間前までは、何不自由なく、貴族の暮らしをしていた近衛殿は、今では体中を震わせ、凍えそうになっていた。

 三好家は、嵐山近くの、別の山の頂に陣を構え、私たちも一時的に三好家の陣営にいた。この時代にテント一式、キャンピングカーは無いので、雪が降ろうが、鼻水が止まらないぐらい寒い夜でも、周りの人で肩身を寄せて暖を取るしかなかった。例え火を起こしても、山頂に強く吹く冷たい北風で、すぐに消えてしまうからだ。


「今でも、戦の最中です。寝たら死ぬと思ってください」


 極寒の中で寝たら、体温が下がって死ぬ。もしかすると、細川家が夜襲をしてくる可能性もあり、油断していると簡単に討ち取られて死ぬ。この戦が終わらない限り、私たちは安堵できる時間は無い。近衛殿には、酷な事を言っている自覚はあるが、本当の事なので、近衛殿に婚約解消と言われる覚悟で、そう言った。


「……多分、敵は夜襲をしてこないと思います。……無駄に体力を削らないよう、朝までジッと待つのみです」


 吐く息、鼻息も白く、ジッとしていると、次第に被っている陣笠の上に雪が積もる。この状況は、相手の細川家も一緒だ。敵兵が寒さで動けず、夜襲を仕掛けても、三好家に返り討ちにされる可能性が高い。無駄な消耗戦はせず、今夜は何もないと思う。


「……何かあったら、近衛様は絶対に私が守り抜きます。……ですから、無事に朝を迎えるためにも、出来るだけ、心身共に休めてください」

「あはは……頼もしいですね……。もし、朝倉様と早く会えていたら、石合戦では、朝倉様を副将に起用していましたよ……」


 少しだけ笑った近衛殿は、それからはジッとして、朝が来るのを待ち続けていた。

 今は何時なのだろうか。いつ戦が終わるのか。早くこの戦が終わらないかと思いながら、私たちは一夜を過ごし、長い夜が終わり、戦場に日が昇った。


「今日こそ、細川と決着をつけるっ!!!」


 朝の陽ざしが、山の一帯を照らし始めると、大将の三好長慶が、自らの兵たちに発破をかけ、士気を上げようとしていたが、この寒さで、長慶などの重臣以外、皆の士気は低く、小さな返事をするだった。


「先発は、将軍殿に任せるっ!!! 将軍殿が自ら突撃すれば、皆の士気がうなぎ登りだっ!!!」

「良いですね。その役目、引き受けましょう」


 将軍、義藤を自らの手駒のように扱う長慶だが、義藤は反論する事無く、長慶の考えの賛同していた。つまり、私たちが細川家を倒す道を切り開かないといけない。


「足利家は、前方で動きます」


 馬に跨る義藤は、そう指揮を執り、三好家と敵対している朝倉家の名は呼ばず、朝倉家の兵は義藤の後方を歩く事になり、細川家との戦は2日目を迎えた。





 山を下りると、田畑や河川敷は、一面は雪で真っ白になり、空は快晴。白く輝く雪が、目で直接、太陽を見ているように眩しく、今日の合戦に影響しそうだが、私は一つ気になった物があった。


「……あれは……渡月橋?」


 雪景色の中、私は雪で真っ白になっている、桂川に長い橋、渡月橋と思われる橋があった。まだ橋を架けている最中のようで、橋の真ん中で分断されていて、向こう岸に渡ることは出来ないようだ。


「……今日で終わらせる」


 そして対岸には、細川家の兵が集まっていていた。細川家も被害が出ているようで、兵の数も減っている。一気に畳みかければ、この戦は勝つことが出来るだろう。


「武力だけで、この世を治められると思うなっ!! この蛮族共っ!!!」


 互いに睨み合っていると、細川家の方から、立派な甲冑を身に付けた、それなりに身分が高いと思われる男性が、馬に騎乗し、桂川の真ん中で、そう叫んでいた。


「交渉がしたいっ!!! 大将の姿を現せっ!!!」


 この流れは、細川家は和睦を望んでいるのかもしれない。細川家もなるべく被害を抑えたいと思っているのか、両軍が衝突する前に、和睦を持ち掛けてきた。


「朝倉様。もしかすると、もう戦は終わりますか?」


 細川家の提案に、三好家、足利家の兵はざわつき始めた。これで戦は終わる、冬の寒さに体力は奪われ、一刻も早く戦を終えたいと、近衛殿だけじゃなく、みんな思っているのだろう。


「討て」


 そう思っていたのに、足利軍の近くに布陣していた松永久秀が、兵士に弓矢の雨を降らせた。交渉を持ち掛けた男と馬は、無数の弓矢を打ち込まれ、絶命する。体中に弓が刺さり、桂川は一時的に真っ赤になった。


「何故、没した細川の話を聞かないといけない? 主様も、和睦を持ち掛けるほどに追い詰められている、細川を逃す訳がないだろ? 三好家は、ここで一気に細川家を根絶やしにするっ!!」


 皆、ここで和睦して、戦が終わると思っていた。しかし、自分勝手な松永久秀の独断によって、細川家との戦が始まってしまい、松永軍は細川家を攻め始めた。


「……やむを得ず。……遅れを取った足利も、松永に続いて進軍しますっ!!」


 状況に流された義藤も、松永軍に続いて、進軍を始めてしまった。


 この状況は良くないと、私は思った。冬の寒さに、皆の体力もなく、和睦で戦が終わるかと思ったら、松永久秀の行動で、和睦出来ずに、戦に突入。足利軍だけではなく、数百名の朝倉の兵の士気は凄く低い。予想以上な被害が出てしまうかもしれない。


「朝倉は、この場に待機してくださいっ!!」


 周りが声を上げて進軍している中、私は朝倉の兵たちに、そう呼び掛けた。


「おいおい。日和ってんのか?」


 私は、義景に気に入られているだけの新入り。奏者として多少活躍をしていたが、武功の成果は上げていない。だから、毛屋猪助は反発し、無視して義藤と共に戦い始めるだろう。


「まだ声量が足りねぇ。一応、孫次郎様に名を譲り受けた人なら、もっと自分の考えに自信を持て」


 私の考えを無視して、猪助は突撃するかと思ったら、私の意見に賛同し、フォローしてきた。ぽっと出の私の話を、皆は聞くのか。その不安があって、思った以上に声は出なかった。だからもう一度大きく息を吸って、肺が冷たくっても、私は周りの喧騒に負けないぐらいの声を出した。


「平和的に戦を終わらせようとしてきた細川家を、三好家は何も話を聞かずに殺したっ!!!! だから、三好家に加担する必要性はありませんっ!!!! 朝倉家は、三好家と反旗を翻し、この場に留まりますっ!!!」

「おいおい。それだけ、将軍様を守る任務はどうする?」


 猪助にそう言われると、私は猪助の目を見て、こう答えた。


「腐っても、彼は征夷大将軍です。この状況を見定めることが出来なければ、もう足利将軍家は終わりです。その際は、見限りましょう」

「はっ。将軍様を侮辱しちまったな。後で処刑されても知らんぞ」


 毛屋猪助も、退屈そうにしていたが、私の発言を守り、この場に留まっていた。


「凛様の判断は賢明だと思われます。動いたのは、一部だけのようです」


 私は、しばらく静観していると、吉清がそう報告したので、私は後ろを見た。

 桂川では、松永軍と足利家は、細川家と衝突し、足軽兵による殺し合いが始まっていた。けど、後方には三好家の本隊、三好之虎、十河、安宅の兵が留まっていた。


「それなら、このまま待機をします」


 私は、三好家と同じ考えだったことに、自信が付き、この場に留まることを改めて、決意した時、私たちの隊に向けて馬で駆けてくる人物がいた。


「久しいな。この姿を見て、忘れたとは言わせない」


 その人物を見た時、私はこの場に留まる事を、後悔するほど、顔を合わせ辛い武将だった。


「ええ……。ご無沙汰しております……」


 片腕だけで、器用に手綱を操り、馬に乗る、私が近江の坂本で対峙した、あの十河一存そごうかずまさだった。本来あるはずの右腕は無く、その右腕を切り落とした私を、十河は恨めしそうに見ていた。


「どうして朝倉が紛れている? 何を企んでいる?」

「色々ありまして……それで将軍様と同行する事になりまして……」

「丁度良い。朝倉家が、将軍様の一部なら、兄の言葉を、細川に伝えろ」


 十河は、朝倉家を伝令を頼んだ。


「話を聞く準備はある。とな」


 十河の意外な言葉に、私は目を丸くしたが、すぐに聞き返した。


「それって、三好家はこの戦いを望んでいないって事ですか?」

「敵対する家に、教える義理は無い」

「それなら、どうして私たちに伝令を頼むんですか?」


 朝倉家を敵対しているという認識があるなら、どうして十河は、私たちに伝令を頼むのか。恐らく、足利軍の本隊から別れ、この場に置いていかれたから、足利家の一部の兵だと思って、十河は、私たちに近づいたのだろう。

 けど、鬼十河と言われるぐらい強い人なら、このまま私たちを無視して、自分の兵を使って伝令をすればいいのにと思った。


「これは好機だと思った。少数で戦場に突入し、そのまま玉砕すればいいのになと思ってな」

「うわー。性格悪いですね……さすが鬼と呼ばれるだけはありますよ……」


 互いに苦笑交じりに会話をした後、私は十河にこれだけ入っておいた。


「窮鼠猫を噛むって、ことわざを知ってますか? 弱い相手、少数の兵でも、逃げ道のないところに追いこんではいけないという意味ですから、覚えておくと良いかもしれませんね」


 十河に軽くあっかんべーしておいてから、私は朝倉の兵にこう言った。


「この戦を終わらせるために、朝倉家は動き始めます。無理強いはしません、私の考えに賛成できない人、新入りで、殿のお気に入りだから嫌っている人がいるなら、私を無視してもらって構いません」


 それを言って、私は激戦地を避けて、建設中の渡月橋近くを通って、細川家本陣の寺に向かうことにした。


「女一人を戦場に向かわせるなんて、それこそ無視出来ねぇ。そもそも立っているだけなんて、退屈で仕方ねえからよ、殿しんがりぐらいならしてやる」


 猪助たちは、私に付いてきてくれた。足利家の別動隊として、私は対岸の細川家の本陣に向けて、動き始めた。

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