第40話 女子高生と、酔象の駒
戦が終わり、再び朝を迎えた後、朝倉軍は討ち取った兵たちの首実検を行った。
こちらにも死者は出たが、数百名と言う、被害は最小限で抑えられたが、武田、三好家の戦死者は想像を絶する多さだった。
武田、三好家の死者数は、約8500人。援軍で駆け付けた軍も、昨日の戦で、殆ど討ち取ってしまったらしい。
そして名のある武将、三好家の松永甚介、そして弟の助けに駆け付けたのであろう、松永久秀の首もあったが、粟屋越中守の首は無かった。恐らく逃亡したのだろう。
流石に、三好家の重臣、松永兄弟を失ったのが予想外だったのか、三好家はすぐに若狭国から撤退し、大人しく本拠地である、畿内に戻り、今回の戦いは朝倉家の完全勝利で終わった。
大きな成果を上げた朝倉家は、一乗谷に戻ってくると、皆が喜び、三日三晩お祭り騒ぎだった。更に一乗谷は盛り上がり、新兵器の火縄銃で敵を総崩れにした景鏡、軍神の宗滴、多くの功績を上げた、山崎新左衛門、そして松永久秀を討ち取った、青木上野介康忠は称賛された。
そして大将を務めた義景は、見事な初陣に、民衆は喜びと、父親から代替わりし、若年の義景でも大丈夫だろうと、これからも越前国の安泰が続くと安心していた。
けど私は、安心できる心境ではなかった。皆が喜んでいる中、私はずっと暗い顔でもしていたのか、お祭り騒ぎの中で、義景に朝倉館に呼ばれた。
「ほう。松永兄弟は、討ち取ってはいけない人だったのか」
「……はい」
お祝いムードの中、水を差すようで申し訳ないが、私は正直に、宗滴と将棋を指している義景の問いに答えた。
弟の松永甚介は、そこまで日本史に影響する人物ではないが、松永久秀が問題だ。後に日本史の表舞台に立ち、信長に仕え、信長の天下取りに関わってくる重要な人物だ。ここで討ち取られてしまっては、日本史が大きく変わるのは目に見えている。
「死んだ者が生き返る事は無い。事実を受け止め、今後どう変わっていくのか、注視した方がよさそうだな」
特に深刻な問題と思っていないようで、松永久秀が討ち取られた話は、義景に聞き流されていた。
「若殿。まだまだですね」
「宗滴様には敵いません。私には、
そう義景と宗滴が笑い合った後、義景が次の一手を考えている間、宗滴は厠に行った。
「凛はどうするべきだと思う?」
「私、将棋には疎くて……」
「この地では、将棋は蹴鞠と同等に盛んに行われている。宗滴様に習っておくべきだな」
熟考している中、私は義景にこう言った。
「殿。近いうちに宗滴様が亡くなります」
朝倉家の軍神と言われてきた、朝倉宗滴。歳も80歳に近く、この時代では長生きだ。まだ元気そうな姿でいるが、史実では、宗滴は義景が若いうちに亡くなってしまう。いつ頃亡くなったのかは、私も詳しくは知らないが、いつまでも宗滴がいて、安心しきっている義景に、私は忠告した。
「ついに私が、朝倉家を背負う時期が来ると言うのか」
将棋の次の一手を考えているのか。それとも私の話を聞いて悩んでいるのか。義景はピクリと動かなくなった。
「凛と出会わなければ、私は宗滴様の教えを守り、先代から受け継いできた、この国を守り続けるつもりだった。だが、このまま私が仕切っていけば、凛の言う通りに、朝倉家は滅亡する。そして凛は、史実通りに動き、朝倉家を滅亡させるのであろう? そうなったら、私はどう動けば良い? 自分の思うがままに動き、滅亡させるか、凛の言われるがままに、滅亡するか。何が正しいのだろうな」
朝倉家が、この地から去らないと、未来の一乗谷が無くなってしまうし、歴史も大きく変わってしまう。私は、この世界に来て、信長や秀吉の思うがままに、滅ぼされたくない。信長、秀吉を苦しめ、一向宗、本願寺以上に追い詰めた、織田家の宿敵になって、後世に名を残すことが、私が朝倉家に仕え続ける理由だ。
「自分の考えで動くことが、正解だと思います」
「前者の、私が思うがままに動けと言うのか?」
「はい。殿――いいえ、朝倉義景は心優しい人です。初代、英林様から治め続けた土地をを守ろうと、各国の敵将と戦い続けた結果、各国に敵を作り過ぎた。そして多くの家臣の意見に耳を傾けすぎたから、内部から崩壊していったのが、戦国武将、朝倉家です」
義景は、庭先にある花壇の花々を見た後、こう呟いた。
「そう聞くと、私は立派な事をする、誇り高き武将だな。これまで通りの私らしく、動いて行こうじゃないか」
私の話を聞いて上機嫌になったのか、義景は私に手招きをして、義景の横に座らせた。
「凛は、この酔象の駒の役目を覚えておくと良い。通常は、後ろには進まないが、敵陣に入った時には、奇妙な動きをして、敵を荒らす、嵐のような駒。それは、まるで宗滴様のようではないか?」
「似ていますね……」
「宗滴様が、近い将来に居なくなると言うのなら、凛が朝倉家の酔象の駒になるしかないな」
義景の後見人として、義景は、私を指名してきたが、私は首を横に振った。
「それが、朝倉家の崩壊につながります。適材適所、未来だけを知っているだけの人間じゃなくて、景近様のような、殿の為に忠義を尽くしている人を、そばに置くべきですよ」
「凛は、本当に欲がないな。他の家臣たちが聞いたら、野犬のように尾を振って、寄って来るぞ」
義景はそう笑った後、ついに義景の次なる一手を、将棋盤に叩きつけていた。
「私には、私なりの夢、野望がある。この地をさらに発展させるために、長尾家と共に、周辺の海域を掌握し、明や朝鮮などと交流を強める。皆が笑うような野望を、凛は付き合えるか?」
「面白い夢だと思いますよ。私は、殿について行きますよ」
「頼もしい言葉だ――」
義景が、そう言い終えた瞬間、お祭り騒ぎの一乗谷に、地鳴りの音が響く。そして暫くして、少し大きめの地震が、一乗谷を襲う。
ここ最近、一乗谷に度々地震が襲っている。決して弱いと言えない地震が、一週間に一度の頻度で起きている。
これが、朝倉家の衰退のトリガーだとは、義景たちだけではなく、未来を知る、私も思っていなかった。
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