第42話 女子高生の、心の弱さ

 一乗谷に、白山の噴火による地震が襲った翌日。私は朝倉館に向かい、宗滴の事を伝えた。


「……そうか」


 軍神と言われ、いくさ奉行と言う役職を長く就いている宗滴が、もう戦場に立てなくなってしまったことに、義景もショックを隠せないようだ。


「凛よ。この事は、他の家臣に他言するな。昨日の出来事があった以上、宗滴様の事も広まってしまっては、更に越前国内が混乱する」

「承知しました」


 越前国内だけではなく、同盟関係になっている浅井家、長尾家に、宗滴の話が伝わってしまっては、絶妙なバランスで築いてきた関係が、一気に崩壊するだろう。長尾家も、長らく宗滴と関係があったから、快く同盟の話に乗ってくれた。ここで宗滴が戦場に立てないことを知られれば、長尾家はすぐに同盟を解消してしまう可能性もある。


「凛は、今回の地震については知っていたのか?」

「いいえ。そういった話は聞いたことは無いです……」


 戦国時代に、白山が噴火、越前に大地震が襲った話なんて聞いたこともない。揺れは大きかったものの、数軒が一部崩壊したり、主要な建物が倒壊したり、犠牲者が出たわけでもないので、壊滅的な被害を出さなかったから、文献に書かれなかったのかもしれない。


「それもそうか。知っていたら、凛が口うるさく、地震の事について話していただろう」


 義景は、今回の地震の被害について、私に話した。


 平泉寺辺りにうっすらと火山灰が積もり、噴石も降ってきたようだが、特に大きな被害はなかった。しかし隣国の飛騨国に火山灰や火山ガス、噴石が多く流れていき、飛騨国は壊滅的な被害を受けているだろうと、さっき報告を受けたようだ。


「人的な被害はなかったようだが、これは朝倉家にとって、決して安心できない状況だ」


 義景は、天井を見上げながら、こう話した。


「天変地異が起きた翌年は、天候不順で作物は育たず、飢饉が起きると言われている。飛騨の農民が一揆を起こし、それが加賀の一向宗の動きを活性化させる。来年は、宗滴様がいない中、加賀の一向宗と戦うことになる」


 宗滴がいたから、これまで加賀の一向宗を撃退、追い詰めることが出来ていた。しかし、宗滴が戦場に立てなくなった以上、私たちで一向宗を撃退しないといけない。

 史実でも、宗滴が亡くなって以降、朝倉家は急に戦に勝てなくなり、宗滴のように戦える武将がいない、後継者がいなかったことも、朝倉家が最悪の結末になった一つだろう。


「私が、宗滴様の代わり――いや、宗滴様を超える、軍奉行に就きます」

「ほう、それは頼もしい。これから凛に任せる事にしよう――と、そう私が言うと思うか?」


 今回は、流石に良くない返答をしてしまったのか、義景にすごく睨まれた。


「奏者で功績は認める。しかし、戦の経験は、宗滴様には到底及ばない。これからは景紀様、もしくは景鏡に軍奉行を任せる事になるだろう」


 敦賀郡司の景紀なら、私も反論は無い。けど、あの景鏡が軍奉行に就くことになったら、更に朝倉家は最悪な結末を迎えるだろう。後の信長に投降して、義景を裏切る人物だ。秀吉と関係を持ってしまったようだし、景鏡だけが、軍奉行になるのは、絶対に避けないといけない。


「……不満そうだな」

「はい。すっごく不満です」

「今からでも遅くないだろう。宗滴様に色々と教えてもらう事だな」


 義景に許可は貰ったので、私は宗滴の付き人になる事を決意し、安波賀の宗滴の屋敷に向かおうとした時だった。


「よくもまあ、余所者が堂々と、殿と話が出来ますね」


 朝倉館を出た、馬場の所で、景鏡と遭遇してしまった。


「景鏡様の悪口なんて言っていませんよ。昨日の噴火の事で、殿に相談されただけですから」

「由緒ある、朝倉家の行く末を唯一知る人ですから、殿のご意見番になりつつありますね。これは、朝倉家の危機を招く事でしょう」


 景鏡は、フッと鼻で笑った。


「宗滴様が、弱った隙を突いて、朝倉家の実権を握るつもりですか? 延景殿?」


 宗滴に近い人しか知らないはずなのに、何故か景鏡が知っていた。


「藤吉郎殿から聞いていますよ。そろそろ、宗滴様がくたばって、朝倉家の衰退が始まる。それは、延景殿も当然知っていたのでしょう?」


 ここは、白を切る事が正解なのだろうか。けど、一方的に無視をして、この場を立ち去ろうとしても、更に景鏡が確信して、宗滴の事を家中に広めてしまうだろう。


「朝倉家を滅亡させるために、私が見す見す宗滴様を弱らせたと言いたいのですか?」

「それは良い考えですね。宗滴様は、赤淵様と同じように、神のように称えられている宿老。もし、この話が広がったら、また延景殿は追放せざるを得ないでしょうね」


 昨日の噴火によって、越前国内が混乱している中、私が宗滴を陥れた話が広まったら、また身を隠さないといけなくなる。


「悪い事は言いません。今のうちに荷物をまとめて、さっさと一乗谷から出ていきなさい。今度こそ民衆は、延景殿を許さないでしょうね」


 景鏡にそう言われてしまうと、1年前の記憶が蘇ってくる。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「体調が優れませんか? 頭を冷やすためにも、濠に入れてあげましょうか?」


 私は、過呼吸になってしまい、景鏡の前に何も出来なくなってしまい、そして景鏡は愉快そうに笑う。


 私だけではなく、また宗滴や義景に迷惑をかけてしまう。近々起きるであろう、一向宗との戦いに備えるため、なるべく宗滴に負担をかけたくない。今からでも宗滴に、一から指南してもらって、私が宗滴の代わりに戦場に立てるよう、朝倉家の最悪な結末を回避したい。


「要らぬ事を考える、景鏡の方が、民は許さぬ」


 そう思っていた時、私たちの前に、骨折して動けない、こうやって力強く2本の足で立っているだけでも痛いはずの宗滴がいた。


「宗滴様。殿に御用ですか? それなら、私が代わりに伝えましょう」

「儂は、家臣から聞いた情報を、若殿に話すだけじゃ」


 宗滴は、作り笑いをする、セールスマンのような景鏡の提案を、あっさりと断った。


「邪な事を考えるぐらい、暇を持て余しておるなら、早く景鏡の居城に戻り、民の心配をせぬか」

「宗滴様。私は、貴重な人材を守るためにも、延景殿に隠居――身を隠すことを勧めただけです」

「一人だけに気を遣うのではなく、先日の噴火で混乱している、多くの民に気を遣え。民がいなければ、朝倉家は成り立たぬ。壁書にもある様に――」

「壁書の内容は、重々把握しておりますよ。今更、壁書の話を聞きたくありませんので、宗滴様の言う通りに、亥山の方に戻りましょう」


 景鏡は、口を尖らせ、座り込んでいる私の醜態を目に焼き付けながら、私たちの前から去っていった。


「凛殿。儂の代わりに頑張ると言うなら、まず心を鍛え直さないといけないのぉ」


 それは、宗滴の言う通り。松永久秀の史実とは異なってしまった死。噴火で越前国内が混乱し、そして宗滴も戦に立てなくなってしまい、精神を削るような出来事が次々と起きてしまったことに、私のメンタルはかなり弱っていた。


「戦で果敢に立ち向かう心の強さと、人の醜い面に立ち向き合う心の強さは別物。その違いを知る為に、今から儂に付いてきなさい」

「宗滴様。無理は良くないです。今は安静に――」

「ずっと戦場に立ち続けたからの。じっとしておられぬ性分なのじゃ。儂の体調の事は気にするではない」


 そう言って、愉快そうに笑う宗滴だが、ずっと顔には脂汗が滲み出ていて、足も小刻みに揺れ続けていた。

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