第50話 女子高生、今後の目標

 

「若殿は、どこが朝倉家の滅亡が始まったと思うか?」


 宗滴自身も、ようやく気持ちの整理がついたのか、義景と離れ、灰色の空を見つめながら、義景にそう尋ねた。


「私が考えるに、二つの点が思い当たります」


 義景も、灰色の空を見つめながら、そう述べた。


「一つは、最愛の妻、小少将との出会いです」

「何故か?」

「小少将は、確かに麗しき女性であり、私のことを愛してくれました。ですが、それは朝倉家で権力を持つために過ぎない行為でした」

「つまりあの庭は、小少将殿に無理やり作らせられたということかの?」


 宗滴が、そう指摘したが、義景は首を横に振った。


「どんな無理な願いでも叶えてしまいそうなぐらい、彼女には恐ろしい、魔性の力を持っている」


 義景がそう言うのなら、私は後年に現れる小少将を警戒しないといけない。


「そして、最大に私の運命を狂わせた男、織田上総介」


 義景が最大の滅亡フラグだと言うのは、やはり織田信長だった。


彼奴あやつが現れてから、朝倉家は徹底的に追い詰められ、この私を自刃させただけでは満足せず、この一乗の地を徹底的に破壊した。私は彼奴が憎い。また戦を望めるなら、朝倉家の全てを注ぎ込んで、織田を叩きのめしたいと思っています」


 義景は地団駄を踏み、唇から血が出そうなぐらい、唇を噛み締め、心底から信長を憎んでいた。


「織田か。美濃の者から、最近の織田家の活躍を聞いた。うつけ者と言われていた青年が、尾張国内を一気にまとめ上げ、美濃のまむしの娘を正室に迎え、斎藤家と手を組んだと。やはりか。やはり織田の小童が、朝倉家を狂わせるのか。それなら、儂も納得する」


 そう言って宗滴は、合点がいったのか、自分の顎を撫でまわしていた。


「義景様。朝倉家を破壊したのは、信長だけじゃないです」

「心当たりがあるか?」


 信長が現れただけが、朝倉家の滅亡フラグではないと思うので、私は義景と宗滴の会話に割って入った


「明智光秀。そして室町幕府将軍、足利義昭を信長の元に向かわしてはいけない。義景様もそう感じていませんか?」


 折角の上洛の機会があった朝倉家。しかし、義景は義昭の願いを聞き入れず、しびれを切らした義昭は、光秀と共に一乗谷を出て行ってしまった。これが、朝倉義景の最大の失敗とも言える行為だろう。


「そこまで状況を理解しているのなら、私が直々に言わなくても良いか」

「はい。私もれっきとした朝倉家の家臣です。今回の死をきっかけに、何をすべきか分かりました」


 私は、そう力強く言うと、義景と宗滴は穏やかな表情をしていた。


「そもそも義景様。私は最初、奏者として――」

「話が長くなるから、言わなくても良い。そもそも私は、ずっと朝倉凛の行動を監視――いや、体に憑依しているから、今までの事はすべて知っている」


 どこまで見ているのかは聞かないでおこう。しかし、急激に武術に優れたり、戦の時にゾーンに入れるようになったのは、義景が私の体に憑依していたからかもしれない。


「朝倉凛延景。かつての私の諱を譲り受けた以上、朝倉凛が目指す世界になれるよう、朝倉家に心身を捧げろ」

「はい。そのつもりです」


 そう私は返事をすると、宗滴は久しぶりに聞く、愉快そうな豪快な笑いをした。


「凛殿には、もう何も教えることはなさそうじゃの。己が正しいと思うことに、常に突き進むのじゃ。朝倉家が織田に最悪な滅ぼされ方をされないよう、時には織田上総介のような、突拍子の無いような、風変わりな行動もやってみることじゃの」

「はい。頑張ります」


 そして私は、宗滴に頭を下げた。


「今まで、たくさんの事、右も左も分からない私に、戦国時代の厳しさを教えていただき、本当にありがとうございました」


 私がそう言った後、再び宗滴は、愉快そうに笑うと、いつの間にか雨も止んでいて、そして日差しが私たちを照らしていた。


「朝倉凛。私の散歩に付き合ってもらおうか」


 義景は、ふらっと墓所から離れ、私と宗滴を山の上に連れて行こうとしていた。


「儂の父上の墓に参るのかの?」

「おっしゃる通りです」


 一乗谷全体を見渡せるような高さに初代当主、朝倉孝景の墓所がある。通称、英林塚えいりんづかに、義景は私たちを招いた。





 初代当主、朝倉孝景。応仁の乱で功績を挙げ、戦国大名、朝倉家の礎を築いた人物。朝倉家の分国法、英林壁書を作成し、歴代の朝倉家当主が長き守り抜き、百年余り越前を治めることが出来たといっても過言ではない。応仁の乱で実際は堅実な人物だったと思われる。

 初代孝景の墓所、五輪塔が令和の時代に現存している。ずっと一乗谷の住民を見守っているような場所にあり、一乗谷に災害などの危機が迫ったとき、この五輪塔が鳴動して、危機を知らせると、そんな逸話が残っているんだとか。


「さて。朝倉凛に話しておくことがある」


 最初に宗滴、義景、そして最後に私が英林塚に参拝した後、義景は私にこう言った。


「今の者は、すぐに何でも調べられるのであろう? 今の現状、調べておくとよい」


 義景の言われるがまま、私はずっと戦国時代で電源を切っていた、スマホの電源を入れ、そして日本史を調べてみた。


「……特に変わったことはありませんね」


 松永久秀が戦死してしまった事。それぐらいしか、日本史が変わっていないと思う。


「そうか? 朝倉凛が重要と言っていた、明智の事が出てくるか?」


 義景の言葉が気になり、私は検索エンジンに、『明智光秀』と入力してみる。


「……出ない」


『明智光秀』と入力しても、出てくるのは、明智姓の著名人など。戦国武将の明智光秀の名前が出てこなかった。


「そ、それじゃあ、本能寺の変は……?」


 明智光秀が存在しなければ、織田信長はどうなったのか。私は織田信長と検索して、織田信長の年表を調べてみる。


『1582年 羽柴秀吉が本能寺を包囲。本州をほぼ平定していた織田信長は討ち取られ、49年の生涯を終える』


 本能寺の変を起こしたのが、明智光秀ではなく、なぜか羽柴秀吉、後の豊臣秀吉になっていた。


「……そして、羽柴秀吉の天下統一に勢いをつけ、1585年に天下統一を成し遂げる。……色々歴史が変わってる」


 豊臣秀吉が、天下統一を果たしたのは、1590年の事。史実より5年早くなっていた。しかし、秀吉が亡くなったのは、史実通りで、1600年に関ヶ原の戦いが起きて、徳川家康が江戸幕府を開き、近代へ変わっていくのは、変わらなかった。


「朝倉凛がやってきた事は、更に最悪な結末を招いている。この一乗の地を徹底的に破壊した挙句、私は切腹出来ずに、生け捕りにされ、京で処刑される事になっている」

「景鏡の裏切りが無かったってことでしょうか?」

「姉川の合戦で、まず景鏡は生け捕りにされた。そして私は、刀根坂で大敗し、越前の各地で散り散りとなったが、朝倉家一族は、すべて生け捕りにされ、公開処刑で京の民衆の見世物にされた。天下一の極悪人として、織田の天下統一を妨げたとして、あらゆる罪を科せられた。私の場合は、愛王丸、小少将も斬首される光景を見せられた後、首より下は地中に埋められ、鋸で切られ続け、そして絶命した。朝倉凛が知る歴史とは違う最期になっている」


 義景の話を聞くと、今まで私がやってきたことは、無駄だったのかと思ってしまう。


「話すべきではなかったか?」

「……いいえ。……さらに決心がつきました」


 今までの私だったら、処刑の光景を想像してしまい、過呼吸で倒れていただろう。けど、宗滴が倒れて以降、私は大きく変わった。戦国時代は、常に残酷なことが起きて心を強く持たないと、生き抜いていけない。


「朝倉凛延景。私の当主である朝倉義景を、バッドエンドから救います」

「よろしく頼む」


 義景に小さく微笑んだ後、私を再び戦国時代に送るために、不思議な力を使おうとしていた。


「宗滴様。行く前に、一つだけ、聞いても良いですか?」

「ほう。何を聞くのかの?」

「あれだけ衰弱していたのに、どうして急に体調が戻って、戦場に立てたのですか?」


 加賀出兵の際、宗滴は危篤だと聞いていたし、足を骨折し、もう戦場には立てないと言っていた。しかし、私たちを助けに来た時には、宗滴は軍神と呼ばれ、何度も戦で戦ってきた、強くて頼もしい姿だった。


「病で死ぬなど、私の性に合わん。死ぬなら、戦場で死んだほうが、儂の性に合っている。そう思ったら、急に食欲が湧き、失った力も戻った気がしての。飯を食い、赤淵様に参拝し、そのまま加賀に行ってしまっただけじゃ」


 宗滴は、やはり私たちだけじゃ心配だったようだ。まだまだ、私は修行をしないといけないと思った。


「儂は、あの世で織田の小童の経緯いきさつ、そして凛殿の活躍を見る。何かあれば、景近に頼りなさい。同じ同性同士、色々と話せるし、相談もできるじゃろう」


 皆には秘密にしていると言っていたが、宗滴は、景近が女だということは気づいていたようだ。


「景近に凛殿宛に遺書に渡しておいた。それを必ず確認するようにの」

「はい」


 宗滴には、もう心残りはないのか、清々しい表情を浮かべていた。


「では、いってきます」


 義景、そして宗滴に挨拶してから、私は義景の力で再び戦国の世に旅に出た。

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