第49話 朝倉宗滴、最大の失敗

 なぜか現代に戻ってきた私は、宗滴と共に朝倉館跡に行き、義景の墓所の前で、霊体の義景と再会した。


「まず、この状況に追いつけていない、朝倉凛に説明しておこう」


 義景は、私をまっすぐ見て、こう告げた。


「宗滴様と朝倉凛は、あの戦いで死んだ」


 宗滴は、もしかしてと思っていたが、まさか私も死んでしまったようだ。秀吉が刺した脇差は、予想以上に深く刺さっていたようだ。


「なんと情けない。歴史を変えるといった者が、あっさりと死んでしまうとは。私は失望した」


 それはそう思われても仕方ないだろう。私は、義景に何も反論できなかった。


「ふむ。どうやら、儂が知っている若殿とは、別人のようじゃの」


 私の会話を見ていた宗滴は、顎を指でなぞりながら、疑いの目を向けていた。


「凛殿への追及は後で良いじゃろ。まず、儂と話してくれるのかの?」

「はい。それはもちろんでございます」


 宗滴には頭が上がらないようで、義景はまっすぐ宗滴の顔を見つめた。


「情けないのは、若殿じゃ」

「……」


 宗滴にぴしゃりと言われると、義景は黙り込んでしまった。


「儂が死んだ後、何があったのかは分からぬ。しかし、朝倉家代々築き上げた物を、若殿は見事に壊してくれたようじゃの」

「……」

「返事もせぬか?」

「も、申し訳ありません」


 義景は、宗滴にはまったく頭が上がらないようで、宗滴の前に座り込み、そして深々と頭を下げた。


「まず、あの庭は何か? 庭を造るなとは言わぬが、あの規模の庭を造れるなら、侵攻してくる敵国に立ち向かうための武器、装備も揃えられたであろう」

「……滅相もございません」


 宗滴は、諏訪館跡庭園を、興味深そうに見ていたが、腹の中では、相当腹を立てていた。


「小少将殿を愛していたのかの?」

「それは好いておりましたっ!! 何故なら、前妻の間でに出来た子は、家臣たちの権力争いの火種となり、毒を飲まされ、前妻までも殺されたのですっ!!」

「子を失う悲しみを、二度としたくないからと。小少将殿、子も溺愛したのか?」

「……自分の子は、とても可愛いのです……男児となれば、なおさら愛着が湧き、現実を逃避したくなります」


 徐々に、義景は涙声になり、ぽつぽつと地面に涙を落とし始めていた。霊体が流した涙が、地面を濡らせるのだろうかと思ったのだが、どうやら実際は雨のようで、土砂降りの雨が降り出しだ。


 この雨は、義景の今の心境を表しているような感じがした。



「若殿は、大国である越前を治める、名門朝倉家の当主である。現実逃避したところで、何も解決せぬ。それぐらいの事も分からないほど、若殿は落ちぶれていたのか?」

「ええ。その通りでございます。海路を作り、越前、この一乗の地を堺のような賑わいを作ろうと、懸命に動いていた時期もありましたが、阿君丸くまぎみまるを亡くして以降、そのような熱意も無くなってしまいました。宗滴様の亡き後、河合殿、魚住殿、前波殿などの頼れる家臣が多かった事もあり、戦も家臣や一門衆に任せてしまい、窮地に陥るまで、私自身は、酒池肉林に溺れておりました」


 この話は、私もしっかりと聞いておかないといけない。どこかに義景をバッドエンドにしてしまうターニングポイントがあるはず。もう戦国の世に戻れないかもしれないが、私は義景の言葉を一言一句聞き逃さないように、黙って聞いていた。


「若殿は、いくつで亡くなったのかの?」

「四十一でございます」

「……家督を継いだのは、十六だったかの。若殿が若年だったから、なかなか死にきれずに、最期にはつい戦場に向かってしまったの」


 宗滴は、しばらく間をおいてから、再び義景にこう言った。


「儂の責任もある。すべてを教える前に、儂が死んでしまった事。殿を信用しきれず、殿の成長する機会を奪ってしまった事。儂が良かれと思ったことが、朝倉家を滅亡するきっかけを作ってしまった事に変わらぬ。義景様、そして凛殿。ここでお詫び申し上げる」


 宗滴は、霊体の義景、そして墓所に向けて頭を下げた。


「せめて、この役に立たない老ぼれが、最後に何が出来るかと考えた時、儂は思いついた」


 宗滴は、義景を抱き寄せ、そしてゆっくりと義景の頭を撫でた。


「若殿が元服する前、まだ子供だった頃じゃったかの。いつもこうやって、褒めていたことを覚えておるかの?」


 義景は、きょとんとしていたが、特に嫌がる様子も無く、宗滴の行為を拒否しなかった。


「凛殿から聞いた。よくぞ、一乗の民を守り抜いた。よくぞ、この一乗の地を戦場にしなかった」

「それは、私の事を信用できず、私がこの地に敗走してきたときには、すでに一乗の町はもぬけの殻だったので、戦場とならず、犠牲者が出なかっただけです」

「それで良いのじゃ。どのような形であれ、民を守ることは、国主として立派なことじゃ」


 宗滴は、実子のように、さらに義景を抱きしめた。


「このように、若殿ともっと接する機会があれば、若殿の暴走を止められたかもしれぬの……」


 宗滴の悔いは、まだ若年の義景を置いて、亡くなってしまったことなのだろう。義景の後年の行いと言うより、自分が先に逝ってしまったことが、大軍相手の戦で負けたことのない、宗滴の最大の失敗なのだろう。

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