第47話 女子高生と、因縁の一向宗との決着

 朝倉家は、一気に加賀へ勢力を伸ばし、1週間で尾山御坊の近くまで進軍し、尾山御坊が見渡せる場所にある山城、高尾城に拠点に構えた。元々は一向宗が使っていたが、は景鏡が攻め落とし、尾山御坊の状況を知るには、うってつけの場所だった。


「この戦に、何の意味がある?」


 一向宗との連戦により、朝倉軍はかなり疲弊していた。火縄銃もかなり使用しているので、弾もわずかになり、あとは槍などの接近戦で戦っていくことになる。その状況を見て、私に従軍している、宗滴の家臣の一人、黒坂くろさか勘解由左衛門かげゆざえもん景久が、私に問いかけてきた。


「一向宗を決着をつけるのは良いと思うが、なぜここまで朝倉家だけがしないといけない? 話を持ち掛けてきた長尾家はどうした? まったくこちらの事を気にしている様子がないのだが」


 そう言われてしまうと、私も返答に困ってしまう。ただ朝倉家を利用して、北陸地方の平定を早めようと、長尾家が利用しているのではと思ってしまう。当の本人は、あの有名な合戦、川中島の戦いで、武田信玄と戦をしているという話を、風のうわさで聞いた。


「上手いこと利用されているとしか思えない。雪で身動きが取れなくなる前に、撤収するべきだと思わないか?」


 ここまで追い詰めて、ここで撤収するのは、また一向宗に反撃のチャンスを与えてしまうようなものだ。もう少し粘って、一向宗の力を削りたいところなのだが、兵のことも考えると、これ以上の連戦は危ないとも言える。一向宗も、自分の死を恐れず、果敢に朝倉家に攻撃してくる。負傷者も勿論、戦死者も多く出始めている。この戦況を見て、また翌年でも良いと思っている人もいるのだろう。


「北陸は雪深い。雪に備えるためにも、今から国に帰り、冬支度をしたいと思っている兵も少ないはずだ。一向宗もそう思っているはずだ」


 景久にそう言われてしまうと、私も撤収を視野に入れるべきなのだろうかと思ってしまう。朝倉家、越前を守り抜くには、民のことも思いやり、来年のためにも、一度和睦して、越前の帰国を――



「景久は、悲哀のある武士に育ち、儂は誇らしく思う」



 そう考えている時、昏睡状態だったはずの朝倉宗滴が、私たちの前に現れた。

 影武者でもない、紛れもなく本物の宗滴は、思いはずの甲冑をしっかりと身に纏い、かつての軍神を思い出させるような、猛々しい姿をしていた。


「儂が来たなら、もう勝利は確定じゃ。このまま一気に攻め入るかの」


 危篤だった宗滴が現れたことによって、朝倉家は騒然となり、夜襲されたかのように、高尾城は慌ただしくなった。


「戦は長引かせてはいかぬ。景久のように、雪の心配を考えるなら、早々とこの戦を終わらせるべきじゃ」


 動揺している家臣たちにも目もくれず、宗滴は淡々と景久に話し続けた。


「宗滴様。もう銃の弾も少なく、一向宗との激戦によって、兵は大変疲れています。一度和睦を結び、越前に撤退するべきなのではないのでしょうか?」


 景久も、宗滴の考えに反対する。お互いの意見は間違っておらず、どっちの行動を取っても、朝倉家は損をしない未来になる。


「窮地に陥ったものほど、人を強くさせるものはないじゃろう。ここで背中を見せれば、朝倉家は一向宗に背後を突かれ、敗走するという情けない姿を見せることになる。けどそれは朝倉家も一緒ではないかの? 残り少ない弾で決着をつけようと、意気込んで臨めば、朝倉家は勝つ」


 宗滴のはっきりとした言葉に、景久は自分の頬を思い切り叩いていた。


「申し訳ありませんでした」

「民を思う気持ちは捨ててはならぬ」


 宗滴は、景久の肩を何度か優しく叩いた後、私の前に立った。


「儂に最期までついてきなさい」


 宗滴の言葉を聞いて、私は一向宗との決着をつけるため、脱ぎかけていた兜の緒を再び、きつく締めた。


 しかし、どうして宗滴は平然と甲冑を着て、歩行できるのだろうか。骨折は治っているかもしれないが、体は痩せこけ、甲冑を着て武器を振ることは出来ないはずだ。どうやって加賀国まで来て、こんなにも闘志を燃やして戦に臨もうとしているのだろうか。私は分からないまま、最終決戦に臨んだ。





 夜明けと共に、朝倉家は動き始めた。


 尾山御坊に向けて、すべての火縄銃の弾を使い、威嚇射撃をした。


「全軍、突撃っ!!!!」


 朝倉家は、銃声を聞いて取り乱している一向宗に追い打ちをかけるために、一気に進軍し、尾山御坊の近くを流れる犀川を渡り、一向宗の拠点を取り囲んだ。


「朝倉太郎左衛門尉教景っ!!!! これまでの朝倉家と一向宗との因縁を、ここで晴らさせてもらおうっ!!!」


 真っ先に敵陣に乗り込もうとしたのは、刀すらまともに持てなかったはずの宗滴で、尾山御坊の門から飛び出してきた一向宗を、槍で蹴散らしていた。


「宗滴様に続けっ!!!」


 宗滴の動きを見て感化された宗滴の家臣、そして山崎家など朝倉家の重臣たちも、一気に槍や弓などで一気に一向宗に立ち向かい始めた。


「……朝倉凛……延景……参ります」


 大きく息を吸い、そして敵を討ち取るだけを考える、ゾーンに入り、私も太刀を思い切り振って、続々と現れる一向宗を斬り捨てていった。


「凛様。おかしいと思いませんか?」


 吉清がかなり息を切らした状態で、私の背後に立って、そう言ってきた。


「敵兵が全く減っている感じがしないのです」


 かれこれ30分ほどは切り続けているだろうか。朝倉家も全軍で尾山御坊を取り囲み、多くの一向宗を討ち取っているはずなのだが、一向宗はなぜか減ることはなく、徐々にこちらの犠牲者が増えていくばかりだった。


 私は急に嫌な予感がした。とんとん拍子に一向宗の本拠地まで攻め入ることが出来て、最終決戦だと思い、朝倉家は一ヶ所に集まり、総動員で尾山御坊を攻めている。


 もしもこれが最初から、一向宗の作戦だったら? そう思い始めると、私は乱戦している戦場の中、私は叫んだ。


「全軍、退却っ!!!!!!」


 そう叫んだ後、尾山御坊の塀や櫓の上から、一斉に朝倉家に匹敵するほどの火縄銃を構えた一向宗たちが、朝倉家に銃弾の雨を降らせた。


 朝倉家が有利だと思っていた最終決戦は、今では一変し、朝倉家の兵士たちの阿鼻叫喚。火縄銃の容赦ない攻撃で、一気に多くの兵士を失った。


「――っ!! 吉澄っ!!!!」


 そして、吉清の弟、吉澄も額と胸から血を吹き出して、重い音を立てて息絶えていた。


「どうですか? これで史実通りに近づけましたかね?」


 私の周りが朝倉家の兵士の亡骸が倒れ、ようやく一向宗の攻撃が止まった後、馬に乗って、平気な顔で亡骸を踏む、小柄な男が近寄ってきた。


「信長の草履を温めなくても良いんですか? 秀吉様?」


 この一向宗を操っていたのは、まだ地位の低い、若き頃の豊臣秀吉だった。


「いいんですよ。安土殿――いや、濃姫様を紹介したら、信長公を、あっさりと儂を認めてくれたんですわ」


 今後の歴史を知っているから、秀吉は先手先手で行動し、見事に信長の重臣に成り上がろうとしている。


「ここで朝倉家の力を削いでおかないと、金ヶ崎で殿しんがりしないといけないんですわ。殿はすんごくしんどいですから、なるべくやりたくないのは、姉さんにも分かるでしょ?」

「だからと言って、一向宗を利用する必要はあったんですか?」

「大いにありですわ。同士討ちしてくれたほうが、後々の北陸平定を、柴田殿に任せなくても良くなりますから、


 秀吉の利己的な考えを聞いてから、私は太刀で秀吉を斬りつけようとしたが。


「天下人を殺せば、姉さんが好きな時代が変わってしまいますよ?」


 そう言われてしまうと、私は動けなくなってしまった。


「戦が無くなった未来の日本人は、とてもつまらぬの」


 秀吉は、脇差を取り出して、私の脇腹に突き刺した。甲冑は完全に全身を覆えるわけではない。わずかに隙間があり、そのわずかな隙間を、秀吉は脇差で刺してきた。


「こ……この……っ!!」

「おっと。浅かったかの」


 秀吉を突き飛ばすが、急に立ち眩みがし始める。腹部からかなり出血していて、傷口を塞がなければ、私もこのまま戦死するだろう。


「失礼仕る。お主が、後の天下人かの?」

「儂の想定通りですわ。この女がそんなに可愛いですか? 越前の軍神殿?」


 私は、宗滴の声が聞こえ、安心したのだが、うつろな目で見た宗滴の姿を見て絶望した。


「本当に軍神ですか? 銃弾で思い切り撃ち抜かれた穴もあって、矢も刺さり、全身出血中の落ち武者のような老いぼれが、朝倉宗滴殿ですか」

「いかにも。武将たるもの、このような死に方が出来るなら、儂は本望じゃ。一乗の地で、病でくたばるより、悔いのない死に方じゃ」


 宗滴は、槍を巧みに使い、秀吉に立ち向かうが、やはり年齢のせいか、すぐに体力の差が出てしまい、あっさりと、私と同様に、脇差で腹部を刺されてしまった。


「そ、宗滴様……」


 秀吉を討ち取りたい。歴史なんて変わっても良い。朝倉家のバッドエンドを救えるなら、朝倉義景が悲運の運命にならないなら、私は史実じゃない、違った未来になっても良いと思って、簡単に振れる小刀で秀吉を斬りつけようとするが、思った以上に傷が深く、まともに動くことすら出来なかった。


「がっはっはっはっ!!! 後の天下人が、このような力量だと知ってしまった以上、儂はそう簡単に死ぬわけにはいかないようじゃのっ!!」


 宗滴は、手が切れ、血が流れだしていても怯むことなく、刀を握りしめ、そして秀吉の脇差を奪い取って、秀吉を斬りつけた。


「――っ!!」

「指一本か。指が一本無くなったぐらいで同様なら、お主は天下人に相応しくないのぅ」


 指を切り落とされた秀吉は、私たちを忌々しそうに睨みつけながら、一目散に退散した。


「深追いはしなくても良い。この戦は、決着がついた」


 宗滴は、ふーっと大きく息を吐いた後、胡坐をかいて、私と語り出した。


「この戦は、引き分けじゃ。互いに多くの被害者を出し過ぎた。焦った景鏡が、和睦の提案を申し出に行った」


 景鏡は、この地獄絵図を見て焦ったのか、独断で一向宗と和睦を結びに行ったらしい。この和睦は、すぐに締結されて、間もなく朝倉家は、越前に引き返すことになるだろう。


「景鏡が戻ってくるまで、しばし体を休めるかの……」


 宗滴にそう言われてると、私も安心してしまい、宗滴に言われるがままに、私も気を緩めて、ゆっくりと瞼を落としてしまい、深い眠りについてしまった。

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