フレイム騎甲館にて──整備班と専属法術式士 一


 リリィ達が食堂で食事を始めた一方その頃、三騎の魔刃騎甲ジン・ドールの整備を開始している整備班達は急ピッチで作業を進めていた。特に脚部への負荷が激しいリリィ騎〈ハイザートン〉は下半身部を中空に吊り下がった昇降ワイヤーフックに固定して外装を取り外し、魔獣鋼化筋肉ブルートゥマルス──魔獣ブルートゥから採取した筋肉に溶けた鉄を混ぜあわせ鋼化させた特殊生体金属──の上から鋼鉄骨格アイアンスカル確認チェックをマリオ整備主任が検査道具を使っておこない終えてから部品交換作業に入っていた。


(やれやれ、毎度よくここまでブッ壊してくれるもんだリリィュお嬢様は)


 武装実験部隊フレイムの魔刃騎甲はこの場にある三体のみである。他の部隊に比べると整備作業は実のところ多少ではあるが楽なものなのだ。本来〈ハイザートン〉という騎甲ドールは隣国領である「森林と渓谷の小国領ガルシャ」で開発された前世代量産騎〈ザートン〉を買い付けたアギマス技師が独自の強化改良バージョンアップを施し、アギマス領全域に量産配備された騎甲である。魔刃騎甲の自国開発を一から行って来てはこなかったアギマスの主流騎メジャーなのだ。前世代騎という性能の衰えはあるがマニュアル化されている程に優れた内部構造は整備しやすく、騎甲そのものの頑丈タフさもウリである。〈ザートン〉タイプは突き詰めてゆけば次世代魔刃騎甲にも劣らないポテンシャルを秘めていると考える整備技師も多い。武装実験部隊フレイムの魔刃騎甲ジン・ドールが全て〈ハイザートン〉である理由は主流な騎体であると同時にその優秀な騎体性能にもあるといえるのだ。


 実際、長距離支援狙撃に特化されたダイス騎〈ハイザートン〉と大盾装甲型の近接援護特化されたエイモン騎の損耗率は大したものではなく筋肉を初めとした魔獣素材や鉄部品等の交換は必要なかった。


 だが、新規開発の魔結幻境双眼デュアルアイを装備した指揮型のリリィュ騎の損耗率は尋常ではない。戦場で魔力を度外視したフル稼働で長時間休まずに戦い抜いているリリィュ騎は人間であるならば筋肉が断裂したかのように内部はボロボロである。急激に上がる魔力熱を抑えるために事前に外装部内側に仕込んでおいた魔冷却剤クールジェルも上がり続けた魔力熱で蒸発仕切っており、筋肉への負荷も掛かっている。このまま脚部へ魔力熱負荷を掛け続ける戦闘を休みなく続けていれば両脚の鋼鉄骨格部アイアンスカルがへしゃぎ折れていても不思議では無いのである。


(聞けば重力低減術式グラビトロで滅茶苦茶な超高度まで飛び上がって急降下着地、衝撃を真上に全部ぶち上げたってんだろう。おまけにそんまま重力低減術式でお得意の変態騎動かましてたってんだから、そりゃこうもなるってもんだろう)


 マリオ整備主任は大きく肩を回して本来の武装実験任務までに万全な整備をおこなえるかと考える。何をどうしても応急処置程度にしかならなさそうであるのがこの部隊の専属整備主任としての意見ではあるのだが。


(しかし単純に、もう相性が悪いんだろうと思うよ〈ハイザートン〉とお嬢リリィュさまの)


 そんな事を面と向かって言ってしまえば、この指揮型〈ハイザートン〉を気に入っているリリィは悲しむだろうと考えるとマリオ整備主任の溜息は大きい。とにかく今は動かせるように整備をするだけだと他の整備員達と自分の心にハッパをかけようとしたその時。


「おーい、マリオジいるかーいッ!」


 マリオの名を呼ぶ妙に甲高い女の声が整備場によく響き、作業していた全員がその声の主に振り返るのだった。


「うあっ、なんだよみんなしてこっち見てえぇ、ビックリすんじゃんかよッ」


 整備作業の忙しさに表情が厳つくなったままの整備員が一斉にこちらを向くので声の主である「サマージェン・カーター」は声の大きさだけは威勢よくビビり散らかして白法衣ローブのフードを両手で引っ張って顔を隠して縮こまった。


「おいオメェら、カーター先生が怯えてっから作業に戻れッ、綺麗なお顔が拝めて嬉しいのは理解わかっけどよッ」

「び、ビビり散らかしてなんかねえしッ、て、マリオジいぃっキレイなお顔とか言って褒めても何も出ないかんなッ。あたしをチョロい女だと思ってんじゃねえぞッ」


 マリオの稲妻のように響く声に整備員達は慌てて作業に戻り、ビビり散らかしと綺麗なお顔と言われたサマージェンは立腹と羞恥の入り混じった頬赤らな複雑とした表情で真っ赤な長い爪を突きつけて小走りにマリオの元にやって来る。


「何言ってんだ、オメエさんがバッチリ美人なのは事実だろうがよ?」

「うわはああああぃっ、やめろよウッ。ムズ痒くなっちゃうよッ」


 黙ってればな──という余計な事は口にせずにからかい半分に偽りなく言葉を返してやると突きつけていた長爪をへにゃりと崩して両手で露出した肌に爪を甘く引っ掛けて掻きながら地団駄と足を踏み鳴らして羞恥耐えるサマージェンの姿を眺めて手を止めている整備員をマリオがひと睨みすると整備員達は慌てて自分の作業に戻っていった。


(たく、しょうがねえな)


 と、半目で呆れながらも気持ちはわからなくもないとマリオ主任は男として若い衆の反応の理解だけはする。サマージェン・カーターの服装は真白な布服に赤と黒のツートンカラーの短いスカートで両手足を健康的に晒しているのだ。上から下まで覆うサイズの大きい白法衣ローブも着用してはいるが前は絞めずに羽織っているだけなのでより強調されて晒した素肌が見えてしまうのだ。時折、白法衣をズラして肩まで晒してくるので健康な男の眼から見れば目のやり場に困る劇薬のような女だろう。だが、マリオにとっては年の離れた親戚の娘のような感覚で接するのでサマージェンをそうゆう邪な目で見ることは無いのである。サマージェンもマリオの事は「マリオジ」と砕けて呼ぶように親戚のおっちゃんと戯れような接しかただ。お互いの絶妙な信頼というものが構築された良き関係である。


「そ、そんな事よりマリオジ、リリィの〈ハイザートン〉ちゃんの重力低減術式グラビトロの再構築やっときたいんだけど、どんぐらいで整備点検終わる?」

「そうさな、見ての通りの脚部内の鉄製部品交換でバラしちまってるからな、鋼加筋肉の肉付き点検も考えると結構時間かかるぞ?」

「あちゃあ、やっぱりかぁ。きっかり組み立てて貰わないと魔法術式スクリプトの再構築は無理だもんなぁ。仕方ないかぁ」


 サマージェンはいまだ下半身の外装部がバラバラになった内部の魔獣鋼加筋肉が剥き出しな〈ハイザートン〉を眺めながらため息混じりに白法衣のポケットに手を突っ込んで手持ち無沙汰だなと充血させた疲れ目でまばたきをした。


「なんならよ、組み立てるまでは食堂でメシでも食ってくればいいんじゃねえか?」

「それはぁ、さっき行ってきたぁ。今は行きたくなーい」


 少し仏頂面になったのを見て、何か今は会いたくないヤツでもいるのだろうと推測すると同時に余計な事は言わないように口髭たくわえの口を閉じた。


「んおいッしょ、よぉし、他の〈ハイザートン〉の術式チェックでもしてリリィ騎の術式再構築準備して待っておこうかなぁ。いいかい?」

「そりゃ、構わねえけど組み立てまで本当に長いぞ?」

「大丈夫大丈夫、リリィのは結構な難産になっちゃいそうだからジックリと他の子ちゃんを弄らせて貰うよ」


 サマージェンはニヘラと白い歯を主張する緩やかな笑いを見せると整備場での自分の定位置たる中央に転がしてある移動式小型昇降器ミニリフトへと向かった。





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