「衝撃」


「いや、ワタシの雑な戦い方はいいよ。それよりもこの魔獣はアミ・メレオゥと言っていたが、こんな洞窟に潜むやつなのか? 体色だけは岩壁にあってはいそうだが」


 ゼトはあんな巧みテクニカルな戦い方が雑であってたまるかよとついと口に出してしまいたくなるのを堪え、魔獣ブルートゥの死骸をあらためて確認すると、首を横に振った。


『いいや、アミ・メレオゥはこんな洞窟じゃなく鬱蒼とした森林帯に棲息する魔獣ですよ。それももっとジメジメな暑い場所だ。こんなキレイな地下水が湖を作る程の涼しい環境は人間には快適だがアミ・メレオゥの好みじゃねえはずなんですよ。もっと禁足地に近い森の最奥手前くらいがジメジメとした住処には最適といったところです。それに、色を変える姿隠し能力と見た目は共通しちゃいるが、体色は全然違う。アミ・メレオゥはもっとガルシャの国色に近い鮮やかな森の緑なんです。こいつらは黒曜石に近い色だ。恐らく、俺たち現地民ガルシャでもまだ見たことがねぇメレオゥ種ですよこいつは』

「そうかありがとう、確かにフィジカもメレオゥ種なぞはこんな所には現れないとハッキリと言っていたな。我々の住むアギマス国内ではメレオゥ種は見ない魔獣であるからあらためて君に確認をしてもらったが……ふむ」


 懇切丁寧なゼトの応えに礼を言いながらリリィもその黒曜石に似た体色のメレオゥの死骸を確認し険しい顔で口元に指を当てて頭に考えを巡らせる。


「しかし、ガルシャの民である君たちが現れないといっていたメレオゥの新種が現実としてここに現れてしてしまっているという事は、ガルシャの常識でもここから先は通じないと思ってもいいのだろうか?」

『口惜しい話ですが、そう思ってもらっても構いませんよ。この長い洞窟抜け道もこの先どうなっていやがるか。壁に張り付いて動き回ってるルメヌゥの明かりがなんだか不気味に見えちまうな……ちっ』


 ゼトは言葉尻を歯痒くとさせ、目の前で洞窟内を淡く照らし続けるルメヌゥの背負う魔結晶鉱石の色にこの先には嫌なものが確実にあるとだろうという予感を感じていた。


『ま、こんな所で立ち止まってても仕方ありません。俺はすぐにでも先に進む方がいいと思いますよ。ビビってる暇は無いってね』

『あっ? ビビってるていうのは俺の事を言いてえのか?』


 そう発言した声はエイモンである。確かに進むしか無いのだろうが、最後の言葉にどこか引っかかる物言いを自身に向けられたと感じたゼトは威圧に声を返す。


『さてね、自覚がおありならおたくはビビってるてことなんじゃあねえのか?』

『てめ──』

『──ちょっ、待てよよしてくれ、これ以上争ってる場合じゃないという事はさすがに分かるだろう今は、仲間割れなんてダメだ』


 エイモンの挑発的な返しにゼトは突っかかっていきそうになるがそれをダイスが慌て引き止める。


「ああ、ダイスの言う通りだ。我々は助け合わないとこの先を進めないと考えるべきだぞ。とにかく、慎重に先を進もうか」


 リリィもダイスの意見を肯定とし、協力して前に進む選択を提案する。エイモンとゼトはこれ以上の押し問答はせず、ダイスは胸を撫で下ろし息をゆっくり吐いた。


 一行はメレオゥ新種の死骸を押しのけ鉄馬車が通れる道を作り先へと進む。






 ***






 しばらくと進んだだろうか、一行の視界に見える魔獣ブルートゥは天然照明代わりであるルメ・ルメヌゥのみであり、あれから黒曜石体色メレオゥの襲撃も無い。


 あのメレオゥはあの辺りの壁のみに張り付いていたのだろうか、まだ先は長そうで地上の明かりさす出口の痕跡も見えず。メレオゥ達がどちらの方向から侵入したのかは分からないが、リリィ達が襲撃ポイントで接触した箇所からかなり奥まで進んできている。こんな所まで進んで密集しているものなのだろうか。もっと洞窟内にバラけて餌となる岩壁に埋まった魔結晶鉱石を捕食しにくるのではないか。魔結晶を独占するルメヌゥを排除するのではないのか。一行の反撃に防衛本能が働き壁張り付きに姿隠しで息を潜ませている可能性もあったが、指揮〈ハイザートン〉の魔結晶幻境双眼デュアルアイにのみ付与されている熱感知術式サーモグラフィをもう一度発動させても反応が見えないため術式の不調が無い限りはその線も薄いだろう。


 リリィは色々な可能性を思案しながら先に進むが、いまだ何も見えてこず、先見えぬ洞窟内は不気味に静寂を続けている。


『随分と長いなぁ。こんなにも長く大きな洞窟があるんだなぁ』


 見えぬ出口に痺れ切らし口を開いたのはダイスである。その滑りとテカリのあるグロテスクな姿に苦手意識のあるルメヌゥが無数と岩壁に張り付いている所に気が滅入っているのも大きいが、単純に好奇心から口をついて出た言葉だ。


『この洞窟抜け道は古くからある地下洞窟を利用したものだからな。自然が生み出した長大さてヤツだ。俺達が目指すケヨウス砦が約六百年前に建造されたもんでここが抜け道として整備され始めたのもそれくらいだと学舎の歴史授業では習ったもんだな』


 その口をついただけなダイスの言葉もゼトは拾いあげて丁寧に説明してくれた。


「ほう、学舎の歴史授業で教えられるほどこの洞窟抜け道は貴重な歴史遺産なのだな」


 周りの警戒は怠らずにしつつリリィも軽く話の輪に入り、興味深く頷く。


『今でも使われ続けてる抜け道ですからね、俺達ガルシャ民にはあまり歴史遺産て感覚は無いですよ。ただ、六百年前は魔刃騎甲も無しにこの洞窟を整備したってんだから、ご先祖には感心します』


 魔刃騎甲ジン・ドールのような魔導兵器が発明されてから約百年。千年以上の戦争歴史の渦中では近代的な武装である。その前身である「武装魔獣アーマド・ブルートゥ」が戦の華として活躍し始めたのも四百年前程度である。六百年前ともなると人間の身ひとつで戦いを行っていた時代だ。そんな時代に洞窟整備なぞ、戦争中とはいえ幾重の犠牲と覚悟の上で挑んだ大事業であったに違いない。ゼトが感謝と感心を先祖へと向けるのは分からなくもない話だ。ガルシャ人として誇りに思っているのだろう。


『なるほどね、ガルシャの歴史にゃ興味は無えが、この洞窟抜け道がすげえて事は認めますよ』


 特に興味は無しとエイモンが〈ハイザートン〉の大盾装甲に覆われた肩をイカらせるようにして歩いているように見えゼトは不快に感じる。


『ちっ、何か言いたけりゃ──』

『──ッッ!? 待て、下がれッ!!』


 舌打ちひとつにエイモンへトゲ鋭く言葉を吐き出そうとしたゼトの前にエイモンは突然と〈ハイザートン〉を前進させ、大盾装甲ビッグシールドを合着とさせ前へと即座に突き出した。


 瞬間──耳を劈くような異音と共に空気までをも殺さんとする衝撃波が一行に襲いかかってくる。


 重力低減術式グラビトロ空間圧縮術式ハイスペルスによる二重の魔法術式スクリプトで保護されている魔操術器コックピット内にまで衝撃は響き、ゼトは目の前で衝撃波を前面に喰らい耐える大盾〈ハイザートン〉の背に眼を剥くのだった。

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