洞窟戦闘


『敵対魔獣と言ったって、ルメ・ルメヌゥ以外に魔獣なんて』


 ダイスの〈ハイザートン〉が周囲を見回し警戒動作を取るが、どこをどう見やってもゆっくりと這い回るルメ・ルメヌゥの姿しか現状態の魔結晶幻境眼マギイリュアイでは確認する事ができない。この洞窟抜け道は相当長く出口たる地上光も見えない程だ。このずっと奥にいるという事だろうか。ダイスはを使おうかと隊長リリィへと確認許可を取ろうとするがエイモンの緊迫した声が先に耳へと飛び込んでくる。


『いや、魔獣が反応を示しているんだ。いるぜ、近くに』


 エイモンは魔獣エル・ファントゥの反応を確かなものと感じ取り肩の大盾装甲ビッグシールドを前面に押し出し、前へと出た。


『おい、魔獣使いは下がらせておけ。太い四つ足ファントゥじゃ不意な反撃を避けるのは不利だからな。鉄馬車の守りでも固めて貰えるとありがたいがね』

『ちっ、んな事は言われなくてもよく分かってるってんだよこっちもよ。ユーヤング言われたとおりに下がれよ。鉄馬車を守っていてくれ』


 エイモンの辛辣にも聞こえる圧のある声に舌を打つがゼトも考えていた事は一緒であるとユーヤングを下がらせエイモンと共に前へと出る。


『くそ、分かっちゃいるが皆目と見当もつかねえ、もっと前に進ませてもらうぜ』


 こうして立ち止まっていても埒が明かないとゼトが先へと進もうとするが、魔刃騎甲を横入にさせてその行く手をエイモンは止めた。


『おい、無闇に動くんじゃねぇよ。うちの隊長が確認するまで待つんだよ』

『あっ? 確認て、あの二つ眼でか?』

「もうやっている。もう少し待っていてくれすぐに終わらせる」


 後方のリリィの声に騎甲ごと振り向かせると、リリィの指揮〈ハイザートン〉の深紅の双眼が鈍い赤色に灯り目線だけを上へと向けている異様な光景に思わずとゼトは母親に昔物語りに聞いた「月夜の森の吸血姫ヴァンピール」のようだと眼を剥いた。


『あ、あれで何か分かるってのかよ。いや、あれは人間の眼みてえに上にもあげられるのか?』

『へへ、カッコつけたキザなデザインだとでも思ってたのかい』


 驚きのゼトにエイモンが少々得意げに笑ってみせる。だが、ゼトが驚愕するのも無理はない話だ。本来、魔刃騎甲ジン・ドール魔結晶幻境眼マギイリュアイは頭部の面積を丸ごとに占める大きさであり、それを頭部外装ヘッドガードで覆っているのだ。魔結晶幻境眼マギイリュアイの役割は二つあり、ひとつは外の映像を圧縮された空間である自然摂理を捻じ曲げた幻影ユラギの中にいる魔操術器コックピット内の魔結晶投影境面マギイリュモニタに送る事であり、もうひとつは魔導神経マギニューロを伝う魔操術士ウィザードの体内魔力を貯蔵し、魔刃騎甲全体に魔力を伝え動かす魔操術士ウィザードの負担軽減補助対策を主とした脳髄の一部役割りを担っている。魔刃騎甲の眼が伝説上の巨人怪物サイクロピスを模したような肥大な一つ眼に見えるのにはこういった理由があるのだ。同時に、弱点ともなるため魔刃騎甲戦で頭部を狙うのは基本戦術であり、頭部と泣き別れになるのを防ぐために首周りの装甲も厚くなっているというわけだ。ガルシャでは顔面外装フェイスガードを採用し、境眼を完全に覆っており、外装の隙間から投影した映像を正しく魔操術器コックピット内に送られる様に顔面外装その物に補助改良術式が加えられているのだ。ガルシャの魔刃騎甲の頭部が全て兜を目深に被ったようなデザインとなっているのはこのためである。


 故に、リリィの指揮〈ハイザートン〉の二つ眼は魔刃騎甲の中では特に目立ち物珍しい面構えとなる。眼そのものを動かせるという事は二つ眼に見えるような顔面外装フェイスガードを取り付けているのではなく、両眼共に独立して造形されている事が分かる。それだけでもゼトには驚きであるが、何か別に能力が備わっているのかと思わず好奇心に唾を飲み込む。


「いるな……前方天井部に熱感知反応がある。手ぐすねを引いて獲物を見つめ舌を舐めているのだろうな。微動だにせずコチラが来るのを待っているぞあれは」


 指揮〈ハイザートン〉の赤色の灯りが双眼から徐々に失われてゆき、リリィの淡々とした呟きに聞こえるがハッキリと耳に届く声が響き、腰部に取り付けられた魔騎装銃アサルトガンを掴み右腕部に装備する。ガヂャリとした魔甲弾の装填音が重く鳴る。


(あまり、洞窟内での発砲はセオリーではないが、出力を絞れば一発くらいは……いけるはずだッ)


 リリィの指揮〈ハイザートン〉が手早く前方天井部へと銃を構え、迷いなく戦熱甲弾ブラストブリットを発砲した。


 閃光マズルと共に可視化された燃える魔甲弾が炎の帯を細長く描き、天井に張り付いた何かを撃ち抜いた。


 歪な鳴き声を上げて炎に全身を包まれた巨大な爬虫類に似た魔獣が岩のような黒曜の身体を転がし飛び、やがて四つ足で整備道に立つと魔結晶に覆われた肥大な眼をギョロギョロと動かし怒りを顕にさせた攻撃態勢を取り始めた。


『あ、アミ・メレオゥ──いや違うコイツは』

「呑気にお話というわけにはいかないぞ。一気に攻めるッ!」


 驚愕するゼトの声を後にし、リリィは左脚を地に強く踏みしめ、脚部鞘から鋼刃剣ソードを打ち飛ばすように抜刀させると低減重力下で左腕部の掌中で柄が静止する。それを掴み風車の如く回転させると鋼刃が柄に装着され一振りの剣となり指揮〈ハイザートン〉は攻めの構えをとる。


 メレオゥが攻撃へと移ろうと大口を開けた瞬間、リリィの〈ハイザートン〉は刃を一瞬にしてじ突き入れ可視化された焔を燃え上がらせる。膨れた焔の勢いのままに一刀と斬り伏せてゆく。内部から燃やされたメレオゥの身体は呆気なく口から腹にかけてを両断され、魔結晶に覆われた眼が赤熱に揺らぎ炭化した身体を地に転がし、断末をあげずに息絶える。


『す、すげぇな』


 リリィのあまりに一瞬すぎる早業な攻撃動作にゼトは思わずと惚けた声を漏らすが、リリィから緊迫の声が返ってくる。


「まだだ、姿隠しに張り付いているのは一匹や二匹では無い。仲間殺られに仕掛けて来るぞッ。各騎戦闘態勢だッ!」


 リリィの号令にダイスとエイモンが「了解」と復唱し、戦闘態勢に入る。ゼトも一瞬遅れに復唱し、脚を強く踏みしめ鋼刃剣を抜刀、装備した。


 瞬間、姿露すがたあらわにメレオゥの群れが出現し、大口を開けた長い舌を次々に伸ばし攻撃を仕掛けてきた。


 エイモン騎が迷いなく前に進み前面に構えた大盾装甲ビッグシールドで舌攻撃を受けとめる。メレオゥの舌先端に同化した魔結晶は鋭利に尖り頑強な装甲に連続で突き立て削り取る嫌な音がした。重力低減術式グラビトロの防護壁能力をものともせず攻撃を届けさせてくるこの貫きな攻撃は分が悪いというものだ。続いて大盾装甲へとメレオゥ本体が魔刃騎甲と同じ身丈な身体を体重を乗せてのしかかろうとしてくる。


『その程度でナメてんじゃねえぞッ!』


 エイモンは操術杖ケインを前方に押し出し、両の踏板ペダルを踏み込んだ。

 大盾〈ハイザートン〉の周囲に展開する重力低減術式グラビトロの重力が弱まり〈ハイザートン〉は一瞬、中空に浮くと大盾装甲同士が合着する。脚部を折り畳み「突撃形態ストライカア」への変型を完了させ、一気に突撃戦を仕掛けた。


 空を切り裂く鋼鉄の巨鎧に吹き飛ばされてゆくメレオゥ達であるが、その体皮は頑丈なようであり身体は粉ちぎれにはならず次々と中空に飛ばし上がり地に叩きつけられるのみだ。だが、奇襲攻撃カウンターは成功と言ってよい、メレオゥ共は体勢がバラバラとなり、それは一瞬の好機を生み出す。


 そこをリリィ達は見逃さず、一気に畳み掛ける。


 エイモン騎がきりもみに回転しながら突撃形態ストライカアを解除し、腰部着合魔騎装銃ラープトガンを構え中空から魔力付与せずの小型魔甲弾スプリットを連続掃射する。硬い皮膚に覆われたメレオゥらはたまらず動きを強制的に止めさせられざるを得ず、大口を開けて濁った鳴き声をあげて射線から慌て逃げ出そうとする。ダイス騎〈ハイザートン〉とゼト騎の〈ガルナモ〉はそこにすかさず抜刀した鋼刃剣ソードで斬りこんでゆく。弱点をひとつひとつ突き、一匹、また一匹と仕留めていけば数の不利を覆せるはずである。


 だが、その中で別格な攻撃を仕掛ける魔刃騎甲ジン・ドールあり。リリィの指揮型〈ハイザートン〉である。


 指揮型は重力低減術式グラビトロを用いた背面推進ブースターを使用しエイモンのラープトガン射線へと一気に飛び込むと戦熱の魔力を付与した鋼刃剣ソードの赤く燃え上がる刃で一体のメレオゥを斬りつけてゆく。頑強である皮膚で受け止めたメレオゥだが歪な鳴き声を吐き出し魔結晶に覆われた眼をギョロギョロと動かし始める。リリィはその命乞いとも取れる眼の挙動は意に介さずと推進力ブーストの勢いのままにメレオゥの首を強引に両断し、振り向きざまにすぐ側で大口を開けているメレオゥに魔騎装銃を向け、その口中に銃口をねじ込み真っ赤な魔力噴き上がる一発の魔甲弾を撃ち込み黙らせた。そのまま身体を蹴りつけるとエイモンの撃ち込み続ける連続掃射甲弾を重力低減術式の魔操術器コックピットへの直撃を逸らす防御能力を巧みに利用し、次々とメレオゥの群れの口中に叩きこんでゆき、その濁りな悲鳴にも似た鳴き声を挙げさせながら無力化していった。


『す、すげぇなんてもんじゃねえ……』

『リリィ隊長、そんな無茶な戦法をしなくても』


 逃げ出した数匹分を何とか仕留めていたゼトとダイスは唖然とし、対象的な反応を見せ、両脚を沈み込ませるように折り曲げて着地するリリィ騎を見つめた。


「こっちの方が早いだろう。特別製な魔甲弾タマも無駄にはならない」


 リリィは事も無げに言ってみせるが、常人ができる戦い方ではないとゼトの〈ガルナモ〉が知らず頭部を左右に振っていた。


『やれやれ、撃つ方はヒヤヒヤしたもんですがね。また魔法術式スクリプトに負荷をかけ過ぎな無茶苦茶をすると鉄馬車の中で泡吹いてんじゃないんですか、アイツも』


 掃射構えを解いたエイモンが呆れに肩を竦めながら少々のイヤミを混ぜて声を掛けるとリリィ騎は首を傾げるような動きをする。


「妙な事を言うな? ワタシはただの一度も無茶をしているつもりは無いのだが?」


 それは本気で言っているのかと今度は三人が唖然とリリィ騎を見つめるしかなかった。







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