洞窟


 フィジカの提案で一行は二手に別れる事となる。リリィとフィジカの両隊長が指揮を執る事とし、フィジカ隊は予定通りの森を進む方面へ。リリィ隊は洞窟帯を通る抜け道を進む事となり、リリィ隊への案内役として先導する魔獣使いユーヤングはゼトの家に仕えている事もありフィジカはゼトも同行させる事にした。昨日のエイモンとの件もあるためか一瞬、不満げな声を短く漏らすが隊長の決めた命令に背く事はなく了承とユーヤングと共にリリィ隊へと同行する事となった。


 心なしか大盾〈ハイザートン〉を睨むようにゼト騎〈ガイナモ〉の兜目深被りな頭部が横に首を振ったように見えた。





 ***




『もうすぐです』


 森の魔獣への刺激を少しでも抑えるために交信術式コンタクションが使用される。先導するユーヤングの声を仲介してゼトの野太い声がリリィ騎に伝えられる。リリィ騎の指揮騎能を中継し、鉄馬車を含めた実験部隊フレイム各騎に伝えられた。


「了解した。しかし、ここまでは自然魔獣との接触も無かったな」


 魔獣ラープト・ヴェルォの待ち伏せな大量襲撃を思い出すとこの一転と変わる静けさは嫌な予感を思考してしまうものだ。リリィのそんな声にゼトは言葉を返す。


『本来はこれが普通ではありますがね、先程が明らかに異常だったんですよ』


 ゼトの声はどこか憤っているような響きを感じさせる。彼にとってはあの林業区・果物栽培区に魔獣が現れる事は我慢できぬ事であると推測されるが、今は前に進むのを優先させるべきだとリリィはその口を噤んだ。


 また暫くと進むと鬱蒼とした茂みを抜け、開けた場所へと出た。目の前にはゴツゴツとした岩場に大きな裂け目を作られたような大口を開けた洞窟の入り口が見えた。


『あそこを通って砦に向かいます』

「これは、思った以上に広い入り口だな。我々の魔刃騎甲ジン・ドールが横並びに進めるどころか鉄馬車が進む余裕も充分にある」


 洞窟というからにはもっと狭苦しい入り口を想像し、鉄馬車の通る方法も考えねばとリリィは思っていたがどうやら杞憂だったようだ。


『中の方はちと長いですが岩窟整備された道を真っ直ぐ進むだけなんで、鉄馬車も問題なく安全に通れます』


 こちらの考えを見透かされていたか、ゼトは愛想も無い声でただ淡々と答えた。


『よし、ユーヤング。進んでくれ』

「へい、坊ちゃん」


 ゼトの声に応えてユーヤングは魔獣エル・ファントゥを繰り洞窟の中へと入っていった。武装実験部隊フレイムの面々もその後に続いてゆく。








 洞窟内に入ると下に降りゆく構造になっていたがゼトの言う通りに整備された広い道が続いておりガルシャの土建技術の高さに武装実験部隊フレイムの面々はあらためて驚かされる。

 降りゆく先も黒の帳に支配された空間というわけではなく、薄暗くはあるが岩壁に埋もれた魔結晶鉱から発する淡い光を利用された天然の照明に両端に溜まる地下湖の水面にも反射され、行く道を照らしてくれている。頭上を見上げれば飛びあがれる程に広い空間が続いている。これなら魔刃騎甲の巨躯が飛び跳ね歩いても閉所な圧迫感は無く余裕を持って進めるというものである。


「これは、こんな事を言っている場合では無いのだが美しい光景だな。魔刃騎甲ジン・ドールを降りて直の眼に焼き付けたくなる。空気もシンと冷たく気持ちが良さそうだ」

『へ──いや、ここいらは魔結晶マギカラドがゴッソリと埋まってるせいか魔力酔いもキツい。魔獣使いみてえなタフさがないと外に出るのは無謀ってもんです』

「ああ、もちろん冗談だ。ワタシも魔力へのタフさには自信あるがさすがに魔獣使い程では無いからな。しかし、ご忠告は感謝する。ありがとうゼト」

『え──はぁ、どうも』


 地下湖洞窟の美しい景観についと漏らした冗談にゼトは少し鼻のつく笑いから忠告をするが、リリィに素直に直球な感謝を返され礼まで言われてしまい少々毒気を抜かれてしまった返事をする。


『ヤレヤレ、冗談てヤツはおたくには通じねえらしいな』

『あっ?』


 そこに少しばかりイヤミの強い言葉を交信術式に乗せてゼトに飛ばすのは昨日、彼と一悶着を起こしたエイモンだ。ゼトも喧嘩売られたと感じ不快げな反応を示す。


「そこまでだ、交信術式コンタクションを通して喧嘩を始めないでくれないかな。ここは魔力感応が高すぎるみたいで頭とお腹に声がジンジンと響きすぎる」


 リリィは少し辛げな声音で始まりそうな喧嘩を仲裁するとお互いに「あぁ、すみません」と声を揃え、争い合うのをエイモンとゼトはやめる。双方とも声揃ったのを癪に感じて口を閉じたが辛そうなリリィを気遣って極力、交信術式を使わずにいてくれているのかは分からないが争いを止めることができたのは御の字だとリリィは鼻で軽く息を吐く。


(ヘタなお芝居でも何とかなるものだな)


 この洞窟内の魔力感応が高く感じるのは事実だが正直リリィには耐えられない程では無と感じている。しかし、こうも素直に自身の三流なお芝居を信じたという事は彼ら自身も魔力感応で頭と腹が重く感じているのだろうとリリィは思考する。


『あの、リリィ隊長、大丈夫でしょうか?』


 だが、そんなリリィのお芝居を信じ込んだ心配げな声がひとり。鉄馬車の後方を警戒しながら〈ハイザートン〉を歩かせるダイスだ。


「あぁ、どうしても耐えられないてもんじゃ無い。心配しないでくれ」


 少々ヘタな芝居に本気で騙されてしまっているダイスにちょっとした罪悪感を覚えながらも、リリィはダイスに返事をした。


『そうですかぁよかったぁ、自分はてっきりアレを見て気分が悪くなったのかと思いまして』

「アレ? アレとは何だ?」

『いや、そのさっきから壁や湖面近くに張りついてる「ルメ・ルメヌゥ」の事ですよ』


 ダイスは少し気味悪げに左腕で洞窟壁を指差す。そこには全高三メートルはあるかという巨大なナメクジのような魔獣「ルメ・ルメヌゥ」が粘液の通り道を引きながらゆっくりと壁を登っている。一匹では無く何匹もそこかしこにいる。中には丸い殻を背負ったような魔結晶鉱石を生やしたものもいる。その姿は通常の魔獣よりも気味悪く感じる姿である普通の女性であれば悲鳴ひとつ上げてもおかしくは無いだろう。


「そうか? ルメヌゥは他の魔獣に比べれば可愛い分類に入ると思うぞ?」


 だが、リリィの感性は他の女性とは違うようで可愛いと言ってのけた。ダイスは「あれが可愛い? のか?」と、困惑した声を漏らしている。彼にとってはあの突き出した槍のような飛び出た目玉と粘液のテカリは気持ち悪いと思ってしまうが、ここはグッと堪えた。


「ルメヌゥは人にはあまり害の無い魔獣だぞ。ルメヌゥの粘液は良い魔獣素材になるし、我々の操術衣もルメヌゥの粘液から作られている事もさては忘れているな?」


 リリィの言う通りルメ・ルメヌゥは魔獣の中では珍しく人に害は無い。害があるとすればじめりな雨降りに地上を徘徊し、作物や果物を粘液で台無しにする事くらいだろう。そのため、人に害は無くとも雨降りには駆除作業をしなければならず、魔獣素材として供養している。以外にもルメヌゥの肉には魔力が蓄積しやすく、魔獣素材として優秀である。粘液も体内魔力を魔刃騎甲ジン・ドールに伝達させる役割を持つ操術衣スーツの丈夫で伸縮性を作り出す素材となるため魔刃騎甲を操術するためには必要不可欠な魔獣である。


『それはそうですが、自分としてはあまり……』

「そうか、見た目の好き嫌いはあるだろうからな。ワタシは好きなんだがなぁ、特に魔力補給食品マギアサプリとしてもルメヌゥの肉は優秀だろ。味も慣れると悪くは無い」

「ぁ、あの、ルメヌゥの這い回ってるのを見ながらコイツらの肉の話はちょっと……」

「何だダイス。好き嫌いが多いな。しっかり食べないと魔力欠乏症ハンガーノックになっても知らないぞ?」

「いや、そういう事では無く」


 岩壁や湖面周りをゆっくりと練り這い回るルメヌゥを見つめながらダイスはゲッソリとした声を出すがリリィには今ひとつ通じていないようだ。いくら魔力補給食品として優秀で分からないように加工されていたとしても無理なものは無理なのである。できるならダイスは粘液が材料のひとつであるこの操術衣を脱ぎ捨ててしまいたいとさえも思ってしまう。


『まあ、俺はわかんなくもねえけどよ』


 そう言って交信術式コンタクションに割り込んで来るのは鉄馬車に乗っているマリオ整備主任だ。突然の味方に「マリオさぁん」とホッとした声をダイスは漏らす。


「何だ、ワタシが悪者か? ルメヌゥのお肉は悪くは無いんだぞ?」

『そ、そんな、隊長が悪者だなんてッ! そ、そういえば何故こんなにルメ・ルメヌゥを放置してるんでしょうか? これだけ立派な整備道を作れるなら駆除もついでにできそうだと思うのですが?』


 それにリリィは冗談に少し不貞腐れた声を漏らしてみるのだが、ダイスは本気に慌てて話題を変えようとするが周りはルメヌゥだらけなので口をついた話題はルメヌゥになってしまうのはご愛嬌というものだろう。


『ソイツは、明かり代わりだ』


 ダイスの問いに応えたのはゼトだ。ぶっきらぼうな声ではあるが、その説明は丁寧である。


『ソイツらの背中に背負ってる魔結晶鉱石の光はよく見ると少しばかり強いだろう。岩盤に魔結晶鉱石を残してるのも、コイツらの餌として残してんだ。この長い洞窟道に人工の明かりを作るのは骨が折れるからな。だから天然の照明として使ってんだよ。その代わりにコイツらの魔結晶鉱石を横取りしに侵入してくる魔獣の駆除も定期的に行っている。故に、この抜け道が一番安全ではあるんだよ』

『そうなのか、詳しいんだな。ありがとう』

『あっ? いや、俺もここはユーヤングからの受け売りだからよ』


 分かりやすい説明にダイスが礼を言うと、どうにもリリィに毒気を抜かれてしまってから調子崩れなゼトは素直に礼を受け取る。


「そうか、我々は知らずに安全な道を通らせて貰えているのか」

『そいつは気にせんでくれ、フィジカ隊長はああいうお人であるし、俺たちの方が森は慣れて──ッ、おいどうしたユーヤング?』


 毒気を抜きにくるリリィ本人が申し訳なさそうな声を漏らすので、ゼトがフォローをしようとすると、前方を行く魔獣使いユーヤングからの交信術式が入り、目の前を見るとユーヤングの繰る魔獣エル・ファントゥが微動だにしなくなり、長い鼻を高くあげて何かを威嚇するような動きを見せる。



 これは、敵対する魔獣が現れた時の反応である。








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