「衝撃」を討て!


 洞窟内の全ての生ある存在を殺さんとする衝撃波の支配は数十秒のうちに終わりを迎えた。岩壁に張り付くルメ・ルメヌゥの群れは衝撃波に耐え吹き飛ばされずにいたがいまだ微動だにせずその場に固まっている。


 それは、大盾構えに衝撃波を全面に受けたエイモンの大盾〈ハイザートン〉も同様である。


(ちょっと、キツかった……か)


 前面に構えた合着大盾は目の前でへしゃげ潰れ、合着を解除する事も叶わない。軽口を叩く余裕も無くエイモンは操術杖ケインを持つ手に伝わってくる衝撃波の振動に掌から腕に掛けての痺れ続ける感覚、耳の奥まで侵される耳障りな音の残響に頭を鷲掴まれ徐々に潰されていくような気持ち悪さを感じていた。


(自動姿勢制御オートリアクションが……ヤッベェなこりゃ)


 重力低減術式グラビトロによる自動姿勢制御の補助が切れかかっている事を理解すると、エイモンはなけなしの気力を振り絞り操術杖と踏板を繰り大盾を地面に突き刺し、魔獣鋼加筋肉ブルートゥマルスへと送る魔力配分を両腕と脚部へと割いて、転倒を防いだ。タダでさえ大盾装甲により騎甲常態バランスの悪い大盾〈ハイザートン〉である。重力低減術式の補助無しに立ち上がる事はこのままでは不可能となるだろう。この決断は正しいと耳と頭に周る残響音の気持ち悪さの中で、エイモンは自分に言い聞かせながら衝撃波からの防御行動と真正面から喰らった衝撃に体内魔力を急速に消耗してしまっている事に気づき、荒く空気を取り込もうとする自身の躰を制御しようと息を整える事に集中しようとする。


『お、おい、アンタ何で俺なんかを守ったんだよっ?!』


 交信術式コンタクションを通じて、ゼトの動揺とした声が響いてきた、嫌なやつの声だが気色の悪い衝撃波の残響音よりは遥かにマシだなと苦笑しながら、エイモンは意識を失わせぬ目的で問いに応えてやった。


「ハハ、別に、アンタを守った訳じゃ、ねえってよぅ。後ろの──守っただけなんだって。たまたまアンタが、そこに突っ立っちまってただけなんだよなぁ……ま、でも、せっかく、盾になっちまったからなぁ。ついでにアンタも守っちまったて事に、しておいてやるよ」

『お、おい本当に大丈夫なのかよっ?!』

「うるせぇ……て、言いてえんだが、ちょっとマジ、きッちィなァ。ちと、クチ、閉じるわ……ァ」


 エイモンは身体全体が気だるさに支配される感覚に、前のめりに倒れ、意識朦朧としながらも妙に甲高い声が「エイモンおまえふざけよなッ、起きっだよテメェッ」と上手く言葉にできていない自分に対する雑言が聞こえてきた気がした。


 ガルシャに着いてからずっと鉄馬車の中にいる「サマージェン」が大粒いっぱいな涙で泣いているような気がするのだ。


(オマエ大げさだな、こんくらいで、俺は死にゃしねぇ。ちと身体がどうしょうもなくダリいだけだって。ちぃとばかし休めば、動けるさ、なぁ、サージェ。こんなんでよぅ、死んじまったら俺、カッコつかねぇだろ……バカ──みてぇ、に──ァ、ねえさ……)




 エイモンの視界は暗く落ち、意識が途切れた。






「ダイス! 仕掛けてきた敵を「長距離照準術式ロングレンジスナイパ」で探し出せるかっ!!」

『やっています!』


 エイモンからの交信が途絶えた瞬間。リリィは怒号に近い荒声でダイスに命令を出していた。ダイスも瞬時に行動に移す。


 長距離支援型〈ハイザートン〉の兜被りな頭部外装ヘッドガード顔面外装フェイスガードの継ぎ目が外れ、一つ眼な魔結晶幻境眼マギイリュアイあらわとなる。眼球の瞳孔が開くような不可思議な光彩が動きをみせ、眼球の網膜部に向かって血が充ちてゆくように魔力が流れ長距離照準術式ロングレンジスナイパを発動させた。


 ダイスは衝撃波の撃ち込まれた方角に補正を合わせ、遠くを見据えるように意識を集中させ、長距離照準補正状態スナイパモードに切り替わった魔結晶投影境面マギイリュモニタに映る遠くに待ち構える襲撃者を捉えようとする。

 ダイス自身が懸念するは、あの衝撃波がこの実験段階である長距離照準術式ロングレンジスナイパの範囲外からの攻撃である事と己がこの術式を使いこなせているかという事だけだ。


(いや、見つけてやるぞ。絶対にだッ)


 ダイスは弱気な自分を全て殺し、リリィの命令の遂行を続ける。友の護りを無にせぬためにも。


『いました!──だけど、コイツはッ!』


 ダイスの眼は遠くで座する「敵」を発見した。だが、その声は驚愕に震えている。


「どうした、何が見えたッ」


 リリィの更に強くなる荒声に驚愕と震える心を打ち消し、敵の見姿をダイスはリリィに伝える。


『見たこともない魔獣ですッ。蝙蝠コウモリのような身体に鉄仮面が張り付いてるような頭部。魔獣なのに身体のどこにも魔結晶マギカラドが生えてもいないように見えて──この、大きさは何だ? 距離が離れすぎてこちら側の映像情報が誤作動を起こしてるとでも言うのか』


 混乱するダイスが伝えるように投影境面の映像からとらえるその姿はとてつもなく巨大な蝙蝠のように見えた。大きな翼を地面につけ、顔面は鉄仮面に覆われてるようであり銀色の頭蓋が剥き出しになっているようにも見えた。魔獣の特徴たる魔結晶が身体のどこにも見当たらず洞窟通路が塞がってしまいそうな程のその巨躯も全高二十五メートルはあろうかと錯覚してしまうのだ。文字通りの得体の知れないバケモノの姿がそこに見えるのだ。


(あれは本当に生物である魔獣ブルートゥなのか。自分の眼にはまるで──ッ!?)


 未知の巨大蝙蝠魔獣の情報を探ろうと投影境面を食い入るように確認するダイスの眼に、巨大蝙蝠魔獣が態勢を低くし、大口を開けるのが見えた。ダイスはあの衝撃波コウゲキを仕掛けるつもりだと判断した。


『敵の魔法撃充填行動マギチャージを確認ッ。こちらも長距離魔騎装銃砲ロングレンジバレルで撃ってでますッ』

「ッっ!?──頼むぞッ!」


 リリィの命令よりも願いに近い声を聞くと同時にダイスは両肩部に背負った特殊な形の魔騎装銃二挺の固定を解除し、素早くその手に掴むと二つを合着とさせ、長大な銃砲を作り上げた。


 敵は低く翼を地面につけ、大口を開けた態勢は魔力溜めであると理解する。遠くの距離に強い一撃を叩き込む一部の魔獣の行動に酷似しているのだ。ならば、奴が叩き込んでくる一撃はあの衝撃波に違いないと判断する。エイモンの大盾装甲が無い今、あのとてつもない衝撃波を直撃モロに喰らわされるという事はこちら側の全滅を意味とする。


 そんな事はさせるものかとダイスの長距離支援型〈ハイザートン〉は長距離魔騎装銃砲ロングレンジバレルに撃鉄を起こし特殊な魔甲弾を装填する。


『鉄馬車を寄せるっ! 騎甲ドールを固定させろッ』


 鉄馬車からの声と共に輪鉄馬スピンホースが後方に下がり、鉄馬車本体をダイスの〈ハイザートン〉へと近づける。ダイスは迷いなく背を預けると騎甲を固定させ、銃砲を巨大蝙蝠魔獣の方角に向け位置を調整する。


長距離照準術式ロングレンジスナイパの強化補正はやってやるッ。ダイスくんは狙いつけて撃って集中してッッ!!』


 法術式士サマージェンの甲高い声が耳を劈く程に響くと同時に映像が鮮明クリアになってゆく。ダイスはダメ押しに魔操術器コックピットに備蓄された魔力補充食を全て口の中に無理やりと捩じ込み咀嚼しながら目を凝らし、敵側の充填が溜まっていく様を更に強くとらえた。体内魔力過多となった己の身体は弾丸そのものだとイメージし、両の操術杖ケインを狙撃と構え、特殊魔甲弾に戦熱炸裂穿牙バーストニードルの魔法を注ぎ込む。


 相手が魔獣だと言うなら重力低減による防壁を計算しなくてもよい、だが、あれが普通の魔獣で無いとするならば。ダイスの思考は一瞬のうちに絞り込まれた。


『キサマだけは墜とすんだようっっッ!!!』


 ダイスの絶叫にも近い吼声と共に──戦熱炸裂穿牙バーストニードル甲弾が大口を開けた巨大蝙蝠魔獣へと撃ち込まれた。


 閃光マズル──瞬間の赤い戦熱の魔力が尾を弾き──大気を焦がし加速する。


 巨大蝙蝠魔獣の大口が一際強く開かれ、翼が大きく広がり、衝撃波の発射態勢に入る絶望の瞬間が投影境面から真正面に映る。


 刹那──洞窟全体は再び衝撃音に支配された。

















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