蝙蝠魔獣の正体は


 洞窟全体を揺らす衝撃音の支配は、数十秒と続いた。それは戦熱炸裂穿牙バーストニードルを撃ち込んだダイスにとって長いようでもあり、短いようでもある奇妙な時の流れであった。音は洞窟内を流れてゆき、やがて静寂を取り戻す。岩壁で固まっていたルメ・ルメヌゥの群れもゆっくりと動き出した。


 操術杖ケインを握りしめた指が硬く貝のように閉じ離れなくなった腕を震わせて、ダイスはゆっくりと息を吐き、頭を座席に預けた。同時に、ダイスの長距離支援型〈ハイザートン〉の長距離魔装騎銃砲ロングレンジバレルを構えた照準合わせに固定された両腕がガシャリとした重い音を立てて落ちた。


『やったのか?』


 耳に聞き心地の良いリリィの交信を受け、ダイスは頭を座席から持ち上げ、ようやく硬く閉ざした指が操術杖から少しづつ剥がれてゆくのを見つめながら交信に応じた。


「はい、映像で戦熱炸裂穿牙バーストニードル甲弾が着弾するまでを見届けました。あれで生きていたら、本当に打つ手なんてもう無いですよぅ」


 ダイスの緊張した声は最後の言葉尻だけ気の抜けたものとなる。いつもの少々とヘタレ気味な彼の姿を取り戻している事は逆に狙撃による反撃カウンターが成功した自信と捉えても良い証だ。




 戦熱炸裂穿牙バーストニードル甲弾は確かに正体不明の巨大蝙蝠魔獣の大口へと必中に撃ち抜かれた。

 魔力溜めな口の中心を射抜いた魔甲弾は攻撃に向かう魔力の熱に反応し、文字通り戦の熱を炸裂させ、頭部を丸ごと内側から爆裂と吹き飛ばしたのだ。

 ダイスの見つめた魔結晶投影境面マギイリュモニタに映る巨大な蝙蝠魔獣の頭部が赤く光り膨れ飛ぶ瞬間までを捉え、あとは遅れてやってきた衝撃に、一行が数十秒と耐えゆく時間となっていったのだった。




「そうか、よくやってくれたな。さすがは信頼するダイスの腕前だな」

『り、リリィ隊長が自分を信頼するッ──てぇッ』


 大役をやってのけたダイスに心からの感謝を伝えたつもりだったが、本人は妙に素っ頓狂な裏返り声をあげるので「疲れているんだな。そっとしておくか」と、気遣って次の声を掛けずに、前を見つめる。


「すぐにでも動いて正体不明の魔獣とやらを確認しに行きたい所だが、先ずはエイモンの安否だ。持ち上げて鉄馬車に乗せる必要があるだろう」

『俺が、手伝いますよ』

「む、そうか。助かるよゼト」


 この場で動ける魔刃騎甲ジン・ドール自分リリィとゼトの〈ガルナモ〉しか無いだろうとリリィは考えていた。そのゼトが自分から名乗り出た事に感謝をしながら、エイモンの装甲被りな大盾〈ハイザートン〉を二騎がかりで持ち上げ、鉄馬車の荷台へと運び入れるのであった。



 エイモンを魔刃騎甲ジン・ドールから降ろした方がよいと整備員数名の進言はあったが、いまだ魔獣の脅威は完全に過ぎ去っていない場で空間圧縮術式ハイスペルスを解除するべきでは無いという法術式士プログラマとしてのサマージェンの強い声に、降ろさぬままに移動する事となった。いまだ応答の無いエイモンではあるが、リリィの指揮型〈ハイザートン〉の二つ眼で確認した熱感知反応を見るに生命に別状は無いと判断出来るが、彼の生命力を信じて先に進むしかないと一行は衝撃の連続でいつ崩れるかも分からぬ洞窟抜け道を進み、巨大蝙蝠魔獣の倒れた場所まで移動する事ができた。


『そんな、馬鹿なことが……』


 現場が見えてくるなり唖然とした声をあげたのはダイスであった。彼がこのような声をあげる理由は目の前の光景にある。


『自分は、確かにこの手で仕留めたはずなのに……なぜ、?』


 長距離照準術式ロングレンジスナイパを通して映し出された蝙蝠魔獣は、抜け道を覆う程の恐ろしく巨大なものだった筈だ。仮にあれが正しく示された情報で無かったにせよ。ここに存在していた事は間違いでは無いのだ。それが、忽然と死骸が丸ごと消失してるなぞ、この手で撃ち抜いたという自負のあるダイスには信じられないものであった。


「落ち着くんだダイス。確かに死骸は消えているが、ここに巨大な存在がいた痕跡は残っている」


 リリィは諭すように声を掛け、地面を巨体が擦り付けられた跡と、ちょうど頭部があったであろう位置の岩壁が熱に焼かれた跡、熱反応の残りを確認する。


(熱の流れは奥へと向かっていったようではあるが)


 熱反応は奥へと逃げこんでゆく形跡はある。確かにここに、巨大な存在がいたという事が理解できる。分からないのは頭を撃ち抜かれた頭部無しの死骸がどうやって逃げ出せたのかという不可解さと不気味さである。どんな生物でも生き物である以上、脳髄を無くしては生きてはいけないはずだ。異常な生命力があろうとも眼球を無くしていれば視界や光を感じる事も叶わない筈だ。


(我々は、もしかしたら何かもっと得体の知れない存在と対峙していたのかもしれない)


 リリィは漠然とした考えを心打ちに止めながら、見上げる奥側に小さな光りが見えているのがわかった。


『あれは、間違いねえ、出口だッ』


 ゼトの声が弾み聞こえる。確かにあれは太陽から照らされる陽の光であると確信できる境面越しからも暖かに感じられる光だ。


『出口の先はすぐにケヨウス砦なんだッ。こいつも安全に休ませられるッ』


 言葉足らずだが、ゼトの言いたいことはその場にいる全員が分かりきっている事だ。自分達の身体の疲労もそうであるが、とにかくエイモンの安否をその目で確認、彼を魔操術器コックピットから解放し、その身体をしっかりと休ませなければならない。


「よし、衝撃波の連続でいつここが崩壊するかもわからん。先ずはユーヤングと鉄馬車を脱出させ、その後はすぐ様にケヨウス砦に向かうッ」


 リリィの声に一行は頷き、洞窟抜け道を脱出した。







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