二章──ガルシャ魔獣討伐第四小隊──

魔獣の森──ブルートゥ・フォレスト──



 全高五十メートルを越える巨木群に覆われた「魔獣の森ブルートゥ・フォレスト」に届く陽光ひのひかりは少なく巨木群の更なる密集地帯となる最奥部は昼間であっても夜と変わらぬ黒の一日を維持し続ける。人の身が踏み入れてはならぬ禁足地。森の名の由来とする「魔獣ブルートゥ」達の住処である。


 魔獣とは、その名の通り魔力を生命動力エネルギーとする巨大な獣の総称であり「魔結晶マギカラド」と呼ばれる結晶鉱物体を体表に生やしている。

 魔結晶は最初から魔獣から生えるわけではなく大気中の魔力が長い年月を経て大地へと沈み蓄積され結晶鉱物として形をなした物である。

 魔獣も同様に最初から魔獣として生まれたわけではなく元はただの野生動物であり、硬度の弱い時期の魔結晶を直接喰らい体内に取り込む事により魔獣へと変化していくのである。


 魔獣の体表に新たに生えた魔結晶は多くの魔獣の心臓と直結しており、血管を通して潤沢な魔結晶に蓄えられた魔力を心臓から神経を伝い送られ身体を巨大な獣へと急成長進化させる。また、循環した魔力は魔結晶へと再び巡り蓄えきれない魔力は大気へと放出され、木々や大地に恩恵を与え新たな魔結晶が再び生み出され森の野生動物が魔結晶を喰らい、その身に魔結晶を生やす新たな魔獣となる。所謂「魔力の共生関係」が自然と成り立ち、魔獣の森は長い年月をかけて魔獣の住処となっていったと伝わっている。


 魔獣の全高は現人類によって確認されたもので四メートル~二十五メートルとあり、様々な種が存在する。古来より人間が太刀打ちできる存在では無いとされていたが、その身に宿す生命の輝きを放つ魔結晶の美しさは多くの人々を魅了し、幾度もの狩猟行為が行われてきた。


 しかし、魔獣の魔結晶は世界最大の硬度を持つ結晶鉱石とされ人の身や道具で砕くことは難しく、また魔力循環によって強化された魔獣の筋肉から抉り取る事も困難とされる。魔獣の魔結晶を狩る手段は魔獣が朽ちて自然に帰るか魔獣同士の争いで息絶えた死骸からしか剥ぎ取る事が叶わなかった。しかし、後の歴史で魔獣同士の爪や牙であれば魔獣の身体に傷を付けられると気づいた者たちが現れ、親とはぐれた魔獣の子を一から育てる方法で、魔獣を使役し魔獣に挑む事により人類は初めて生きた魔獣から魔結晶を摂ることが可能となったのだ。後に「魔獣使い」と呼ばれる者たちの魔獣狩猟により、魔結晶と魔獣の身体は加工物として重宝されるようになり、人類の贅沢な生活基盤を支える事となってしまった。しかし、乱獲狩猟による生息域の魔力の共生関係というバランスが崩れ、魔獣の絶滅を危惧した当時のエイハート公国国王の命により、狩猟に制限が設けられる事となる。

 近年の魔結晶と魔獣素材を基礎として生み出された魔刃騎甲ジン・ドールの開発により、魔獣討伐は容易となってはいるが魔獣狩猟制限は守られているため、魔獣と人類はなんとか今日まで共生関係を維持している。


 そして、魔獣が多く生息する魔力の森林帯が多いここ「森林と渓谷の小国領ガルシャ」ではより厳しい狩猟制限がかけられており多くの民はそれを厳守し、特に魔獣の森の最奥地は彼らの世界とし、誰しもが禁足地と定め立ち寄りはしないのである。


 しかし、数日前に起きた「小国領ジオッカ」の脱走兵達による不法な横断行為はあろうことかガルシャ民が禁足地とする魔獣の森最奥を渡ってしまう。生命知らずにも足を踏み入れたのである。魔獣の数に恐怖した彼等の攻撃行動は野生魔獣を無駄に刺激し、魔獣の攻撃性を高めてしまい、魔刃騎甲ジン・ドールと人間を攻撃対象と定め、野生本能に従った野性の報復行為へと繋がってしまった。そして、ガルシャの民の生活圏にまで攻撃性の高い魔獣の行動範囲が広がっていってしまった。民の安全と生活圏を守るために、やむ無く現ガルシャ領主「ウォーレン・ガルシャ」は魔獣を最奥地の生息圏まで押し込める条件付きで魔獣討伐の命を出すこととなり、隣国アギマスにも応援を要請する運びとなったのである。この討伐はガルシャに生息する多くの魔獣数を減少させてしまう結果になるだろうとガルシャ領主ウォーレンは推測し、落胆をした。




 森林と渓谷の小国領ガルシャ──魔獣の森中枢。



 アギマスへの魔獣討伐要請を領主ウォーレンが決める数日前。一組の警備部隊が魔獣の森中枢の歩哨任務についていた。歩哨人数は三人。森の中枢に古くから建造されている「ケヨウス砦」から出立して二時間近くと経つ。二人はガルシャの現量産魔刃騎甲〈ガルナモ〉を繰る魔操術士ウィザードであり、もう一人は〈ガルナモ〉の全高四メートルの巨躯をゆうに超える──全高十メートル──魔獣「ベア・リグィ」の背に鞍と手網を携えて操る「魔獣使い」の男である。


「この辺りまでは大丈夫そうでさぁ、野生魔獣の気配はありやしやせん。ちぃと静かすぎる気もしやすがね」


 先頭をゆく魔獣ベア・リグィの蔵に跨る魔獣使いの男は口元まで覆われた緑色の兜越しに訛り強い喋りで後方の濃い緑色の魔刃騎甲〈ガルナモ〉の魔操術士ウィザードに向かって報告をした。魔操術器内で〈ガルナモ〉の魔操術士ウィザードは兜と同調させた交信術式コンタクションを通じて内部に声を響かせて報告を受け取る。


『了解、引き続き予定域まで歩哨を続けてから引き返そう「フィギャアス」魔獣反応を確認したら、もしもの時は無理をせずに下がれよ』


 魔結晶幻影境面マギイリュモニタに映るフィギャアスと呼ばれた魔獣使いの男に魔操術士が伝えると魔獣使いは鎧に覆われた片手を上げて了承を示してみせる。魔操術士はそれに頷くと魔結晶幻影境面へと映像を繋げる魔結晶投影境眼マギイリュアイが取り付けられた頭部が僅かに動いた。


(へへ、ダンナさまはんなこと言ってくださるけんどもオレとフォルディだって魔獣くらいならどうにかなるべやな。こういうん時にくらい活躍してみせっね)


 フィギャアスはダンナさまと呼ぶ魔操術士ウィザードの忠告を軽い調子でいなそうとしている。彼とフィギャアスは主従と使用人の関係であるが、爺さまの代から仕えている主従家の婿養子でもある現在の主人ダンナさまとは付き合いもまだ浅く、幼い頃から成長を見つめてきたお嬢さまに相応しいのかという疑問と身分違いな焦がれから生まれる反発心がそうさせている。お家存続のための婚姻であったという事実もフィギャアスの勝手な反発を更に拗らせている。

 それと同時に、相棒のフォルディ魔獣ベア・リグィにも絶対の信頼を寄せている事も大きい。フォルディは魔結晶の削り粉を長細い舌で摘み食いしてしまうお調子者な食いしん坊であるが、その十メートルの巨躯と魔結晶と混ざり合った肥大な鋭い爪は凶暴な野生魔獣を幾度も仕留めてきた勇猛な戦士だ。フォルディよりも何倍も低いチビ魔刃騎甲ジン・ドールがどんなに戦に優れた巨人だろうと魔獣相手になら自分達だって退けはとらないという自信がフィギャアスにはあった。


(そう言んや、あの中ではダンナさまもオレよりもチビになってんだったな。あんなに背が高ぇダンナさまがよ。どんな手品かわかんねえけども、面白いだね)


 フィギャアスは空間圧縮術式ハイスペルスによって魔刃騎甲内で縮んでいるというダンナさまを想像しておかしくなると同時に魔刃騎甲という存在の不気味さを改めて感じてもいた。それはダンナさまへの綯い交ぜな嫉妬心なのか魔刃騎甲に戦場の花を取って代わられた「武装魔獣アーマド・ブルートゥ」を繰っていた魔獣使い家系のプライドなのかは分からない。ただ、今の自分にあるのはこの魔獣討伐で働きを見せ両親を楽にさせてやれるくらいの大きな褒美と身重なお嬢さま大好きだった方を野生魔獣の脅威から守りたいというそこだけは真っ直ぐな信念だけであった。



「ん、どしたフォルディ? なんか見っけたんかよ?」


 俗な考えに満たされていたせいで気づくのが遅れたが、前方に何かを発見したか、前進をしていたフォルディが急に一歩も動かなくなり身体が反動でツンのめりそうになる。軽く魔結晶振動鞭ビュートで刺激しても動き始める事は無く、小刻みな震えが伝わってくる。なにかに怯えていることはわかったが、魔獣の気配を肉眼でも肌でも感じきれないフィギャアスにはこの怯えを理解する事は難しい。


『どうした?』

「い、いんや、なんか動かなくなっちまいまして」


 後方のダンナさまからの交信に内心彼を誹謗してしまっていたフィギャアスは心臓を破裂させるような焦りを言葉に混ぜながらフォルディの変化を正直に報告した。


『なんだ、魔獣でも現れたのか?』


 ダンナさまとは違うもう一騎の〈ガルナモ〉は不容易にフォルディの前へと出た。連日の野生魔獣との交戦の慣れに彼は何処かで慢心をしていたのかも知れない。


「あ、気をつけねえと──」


 フィギャアスは魔獣使いとして不注意な行動を取った魔操術士を制止しようとした。魔刃騎甲がいくら優れていようとも魔獣ひしめく夜の森には武装魔獣を前に置き、威圧をさせるのは魔獣の森を知る者には常識だからだ。ましてや今、野生魔獣の標的とされている魔刃騎甲だ。用心にこした事はなく、フォルディの様子もおかしいままであるのだ。


 フィギャアスはただ危険だと顔を向けながら交信を繋げようとした。


 瞬間──勇壮な戦士の兜を模した〈ガルナモ〉の頭部外装がへしゃぎ剥がれ頭部の大半を締める魔結晶投影境眼マギイリュアイが剥き出され吹き飛んでゆくのが見えた。騎体は後方の樹木にぶつかり続けながら四肢の折れ曲がった遺骸のような姿を大地に晒す。無敵とは言わずとも、現人類最強魔道兵器と名高い魔刃騎甲が防護壁ともなる重力低減術式グラビトロを突き破られ一瞬にして鉄屑と化してしまった光景は悪夢でしかない。


「ひ、ヒャアアイアッッ!!?」


 分けも分からずに一瞬にして無惨で穴だらけな胸部外装も剥がれ落ちんと転がる〈ガルナモ〉の姿。空間圧縮術式ハイスペルスに包まれた魔操術器コックピットのある胸部から背部にかけての外装はより強固に作られている。魔刃騎甲を知るものにとっての当たり前である知識と、魔獣使いとして常人よりも眼が良いフィギャアスは、その惨状に半狂乱な悲鳴をあげるしかなかった。


『ッ!?──下がれッ、フィギャアアアスッッ!!!』


 突如、ダンナの耳を劈く交信に我に返る。同時にフィギャアスは自分を護るかのように対魔獣戦盾ブルートゥシールドを構え、脚鞘に納まる鋼刃剣を抜剣し、前へと出る〈ガルナモ〉の後ろ姿を見る。


「だ、ダンナさ──」

『──なにが起こるかわからん。フィギャアス、生身に近いお前とフォルディは私の後ろに下がるんだ。魔刃騎甲ジン・ドールなら多少の衝撃にも耐えられる』

「あぁ……ダンナさま」


 ダンナさまの繰る〈ガルナモ〉の後ろ姿がとても頼もしく見えるのと同時に、先程までの自分の矮小さが恥ずかしくなった。こんな自分を守ろうとしてくださるこの方を心のどこかで嫉妬していた自分が許せなくもなった。


『念の為にジョーイの〈ガルナモ〉には近づくなよ。無事は後から確認して──なッ!?』

「だ、ダンナさ──ヒッッ?!」


 用心深く周囲を確認していたダンナさまの〈ガルナモ〉の動きが止まり、交信から聞こえる引き攣りな声にフィギャアスは頭部を向けている鉄屑と転がる〈ガルナモ〉の方角を見て、悲鳴にならぬ声を漏らした。


 鉄屑と転がる〈ガルナモ〉が──立ち上がっている──折れ曲がった腕と脚で──否──起き上がっているのは──〈ガルナモ〉の手脚ではなく──剥がれ落ちそうな外装の隙間から鉄の骨が飛び出し──────まるでようである。


重力低減術式の制御なぞ行われず、ただ四つ足の魔獣のようにが這いずってくる。


『フィギャアアアスッッ!! お前は逃げ──』


 主の喉が切り裂かれんばかりの撤退を命じようとする声は途絶え、フィギャアスの目の前で──頭部外装が破裂し吹き飛ばされる〈ガルナモ〉の姿が見えた。


「ダンナさまぁぁぁッッッ!!?」


 フィギャアスの悲痛な声が魔獣の森中枢に響き、闇に溶け消えていった。






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