フレイム騎甲館にて──整備班と専属法術式士 二


「おいしょっと、さてさて軽い指運動ウォーミングアップを始めちゃいましょうかね」


 サマージェンは小型昇降器ミニリフトの操術席に登ると固定具ベルトで腰回りを固定し、長い爪で魔結晶版面マギカルパネルを弾いて昇降器を稼働させる。


「へいへい、まずはダイスくんの長距離支援型をチェックしますよう」


 独り言を呟きながらサマージェンは充血の少しだけ治まった赤い眼で魔結晶版面に映し出された魔法術式の複雑な文字列を見つめ爪先で魔法術式文字列の一部を中空へと弾き見えやすい位置に固定すると球体型操術具を慣れた手つきで繰りながらダイスの〈ハイザートン〉の元へと移動する。


「ほほいのほいほいっと」


 移動式小型昇降器を左右上下させ〈ハイザートン〉の俯きな顔部辺りに目線の高さが合うように調整すると見えやすい位置に固定して置いた文字列を爪先で解き、目の前の〈ハイザートン〉の胸部を囲うように揃えた。爪を魔結晶版面の横に刺すと赤く加工された付け爪が綺麗に外れ、爪を短く切り揃えた綺麗な指で版面を鍵盤楽器を奏でるように素早く操作し、サマージェンは法術式士プログラマの仕事のひとつに取り掛かる。


空間圧縮術式ハイスペルスに異常は無し、魔操術器コックピットへの拒否反応もダイスくんを見る感じは無いね)


 サマージェンは今は取り外されて整備作業を受けている魔操術器を一瞥する。魔操術器の今の大きさは〈ハイザートン〉の胸部には到底収まりきらないものだが、法術式士が調整した空間圧縮術式ハイスペルスによって文字どおり圧縮され魔刃騎甲の胸部に魔操術士ウィザードごと格納されるのである。空間圧縮されるという事は、魔操術士ウィザードそのものも縮小されている状態になるため稀に身体が拒否反応を引き起こす事もある。故に空間圧縮術式の調整には細心の注意を払わなければならない。


 また、空間圧縮術式ハイスペルス幻影ひずみの残る胸部に立入アクセスする事によって、魔刃騎甲ジン・ドール全体の魔法術式スクリプトの調整作業を容易なものにしてくれるので調整する側からしても必要不可欠な術式のひとつである。

 魔法術式スクリプトを調整するのに魔法術式スクリプト立入アクセスしなければならない事に疑問符を覚えない事も無いサマージェンであるが、特に今の自分が気にすることでは無いと目の前の仕事に集中する。


(しっかし、魔操術士ウィザードを無理やり押し込めないと動かせもしないなんて、改めて欠陥な着せ替え人形だよね魔刃騎甲ジン・ドールてさ)


 魔操術士ウィザードを格納する意味は法術式士プログラマとして理解できる事ではあるが、人間としては気のいいものでは無いとサマージェンは思う。乗り込む人間の人となりを知れば知るほど余計にだ。


(あ〜、おセンチはやめてもらっていいっすかねあたし。はい、お仕事戻りますよっ)


 自分に心の中で叱咤を入れたサマージェンは続いて重力低減術式グラビトロのチェックへと移る。


(ん~、リリィよりはマシだけどあらためてしっかりチェックすると荒れた使い方してんね。まぁ、相手の重力低減術式のブレを計算して撃ち込む長距離射撃てのは神経使うのかも知んないけど)


 重力低減術式グラビトロとは別名、魔障膜バブルとも呼ばれる魔刃騎甲ジン・ドール全体を魔力の膜に包む魔法術式である。本来は空間圧縮術式ハイスペルスによって圧縮された魔操術器を遠方射撃から守るために発明された術式であり、距離のある攻撃を重力低減し、威力を抑え、魔操術器への直接的な射撃を反らす効果がある所謂「バリア」というものに近い障壁能力が発動する。だが、副産物として濃く張られた魔障膜の重力低減は騎甲姿勢制御ドールバランスをより保てる様になった。これにより、追加重装甲の採用や新騎軸の武装実験を執り行う事が可能になっているのである。また、魔操術士ウィザードの体内魔力と法術式士プログラマの組み替え次第ではあるが、魔刃騎甲の巨躯を軽々と高く飛ばし、素早く軽やかな移動、背面の膜を破裂させる事によって推進加速も可能となる。重力低減術式は現代の魔刃騎甲には必要不可欠な魔法術式となっているのだ。


 その優秀な防護障壁バリアともなる重力低減術式グラビトロのブレを計算し、長距離から目標に命中させる技術は戦闘においては素人目であるサマージェンから見て変態技能であると舌を巻くしかない。ダイスの普段のヘタレっぷりを見るとサマージェンには信じられないものだが。


(ま、隊長への愛が為せる努力と才能て事かな。よしよし、後でバッチリ調整しとくかんね。んじゃ、次はと)


 ダイスの長距離援護型〈ハイザートン〉の術式組み替えプランを幾つか纏めると、昇降器を折りたたみ、大盾と分離し下半身部のガッシリとした体型と上半身のアンバランスさが目立つエイモンの両肩大盾装甲型〈ハイザートン〉である。

 サマージェン個人としては個人的恨みあるエイモンの粗を探してやりたいと躍起になるところであるが。


(はぁ、嫌味な程にバランス良く使ってくれてやがる。ホント面白みのねえ男だよアイツあぁよう)


 何度チェックしても術式の荒れも歪みもなく調整の必要性がまるでない。両肩の大盾装甲ビッグシールド腰部着合魔騎装銃ラープトガンという新機軸の武装を使いながら、自分の体内魔力配分を理解して冷静に操術している証拠だ。そつなく物事を熟すエイモンの性格がよく出ていると仕事として褒める自分に爪を噛み切りたくなる衝動に襲われる。


「ほいほい、軽薄優等生にもう用はありませんよっと。ヤロウ、調整楽にさせやがって仕事させろッ」


 ブツブツ独り言を愚痴りながらエイモンの大盾装甲型のチェックを終わらせると、まだまだ下半身部が取り外しなリリィの〈ハイザートン〉のチェックをする事はできない。


「しゃーなし、メインディッシュは後にして過去の調整記録でも整理しましょうかね?」


 サマージェンはその場で魔結晶版面マギカルパネル横の付け爪をひとつ装着し、版面の文字列を叩き、湯水の如く現れる情報の渦に眼を通して幾つかの過去の記録纏めを本の頁を捲るのを止めるようにして目の前に弾き出した。


(うへぇ、相変わらずメチャクチャだぁ……。 よくこんなん治してきてるもんだなぁあたし)


 記録を眺めるだけで青ざめてしまうリリィの魔法術式記録は荒々しさが目立つ。特に重力低減術式グラビトロは想定を超えた騎動と発想に組み込んだ術式が毎度負荷に耐えきれず崩壊しかけている有様だ。出撃毎にこうなるわけではないが、リリィ本人の許せぬ蛮行や味方の危機等に対して騎甲の性能を度外視して本人の最も得意とする重力低減術式グラビトロ制御を想定以上の負荷で掛ける傾向にあるようだ。サマージェンが何度想定して組み替えて強化してみようが直ぐに限界を振り切ってくれる。この惨状を実現させる彼女の体内魔力量の蓄積度合には唸るしかないが、もはやリリィの使い慣れた指揮型〈ハイザートン〉では彼女の操術に騎甲ドールが耐えきれないだろう。恐らくマリオ達整備班もそこに頭を悩ませているはずだ。サマージェンの組み込む重力低減術式の容量もとうに越えてると言ってよい。


(ま、今はもうちょい騙し騙しやっときますが、そろそろお古から新品に変える時期かなと思いますよっと。ここは周りと要相談すわ。頼むからそれまでヤベェのに遭遇すんなよぅ)


 サマージェンは記録を整理しながら今回の術式構築のプランを思考していた、その時。


「みんな、整備作業おつかれさまッ」


 凛とした響きの中に可愛げが残る声音が整備場に反響する。サマージェンが上から覗き込むと悩ませの種であるリリィュ・フレイム隊長その人が現れた。後ろには巨大なバスケットを持ったダイスとエイモンもいる。


「いつもワタシ達の魔刃騎甲ジン・ドールを整備してくれて助かる。今日は日頃の感謝には足りないかも知れないが、料理長にたくさんバキソパヤンを作ってもらった。遠慮なくみんなで食べてくれ」


 リリィの声に整備員達はマリオ整備主任の顔を一斉に見る。


「俺の顔色うかがわなくても大丈夫でえじょうぶだ。せっかくのご好意、休憩していただかねえと光の神さんのバチが当たるぜ。全員手ぇ洗ってから取りに並べよっ」


 マリオの笑い混じった声に整備員達は「うっす!」と一斉に元気よく頷くと我先にと水道場へと向かう。


「サマージェン、君もそんな所にいないで一緒に食べてくれ。出来たてだぞ?」


 リリィがサマージェンに顔を向けて柔らかな笑みを魅せる。散々ぱら頭を悩ませてくれるリリィのこの人を惹きつけてくれる笑顔には正直心が癒される。恐らく整備員達もリリィの人柄に惚れてこんな無茶苦茶な整備状態でも文句言わずに整備作業を行えるのだろう。サマージェンも間違いなくそのひとりではある。


「今すぐ降りっから、一番美味しいのちょうだい」

「わかった、一番美味しいのだな。む、どれも一番美味しそうに見えるのだが、どれが一番美味しそうだろうか?」

「いや、俺たちに聞かれても」

「自分は隊長が手に取ったものが一番だとッ」

「そうか……ちょっと待ってダイス。また隊長と呼んでくれたな。いや、それよりワタシ達も手を洗わなければ渡すことができないんじゃないか?」


 

 整備場にドッと笑いが溢れた。


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