帰還──リリィ


 リリィの荒く遮る声にフィジカの眼は静かに彼女の顔を見る。悲しげと心配を混ぜている表情と己の両手の現状を見つめている事に気づくと首を縦に振る。


「リリィさん、これは無事なのです。あなたのおかげで私とベティ隊員は命を救われた、そこに間違いなぞあるはずもない」

「だがその腕は、歩き方もおかしいじゃないか。それで無事だと、言えるのか、君は」


 リリィの声は「無事」という言葉に納得は言ってない。できるはずも無いという表情だ。このままでは彼女リリィは己を許せず責め立てるだろうと想像がついてしまう。フィジカは両手を上げて、それをジッと見つめてリリィに言った。


「これは勲章なのです」と。


「何が、勲章なんだ。その焼き傷む手を勲章となぜ言えるんだフィジカ」


 リリィはもう一度、フィジカへ感情に任せ詰め寄ろうとするが、それをウェックスとゼトの声が遮る。


「貴女を救えたこの腕はフィジカ隊長にとっては本当に勲章なのですよ」

「リリィ隊長のお気持ちを考えれば、わかってあげて欲しいとは言えやしませんが。俺たちにとっても誇りです」


 リリィはそれ以上は何も言えず、口を噤んで身体を震わせた。

 やはり暴走魔力の記憶の無い己が恨めしい。フィジカの身体を己の魔力暴走により負傷させてしまっただろう事が許せない。そして、自身の身体は何事も無く動けている事が恐ろしい。何日も目覚めなかっただろうに、筋肉の衰えもまるで感じられないのだ。


(ワタシは、普通では無い──)


「……」


 いまだ己を責める様子なリリィに誰も何も言えずにいたが、フィジカが静かに声をかけた。


「リリィさん、私の負傷コレは一生モノでは無い。時は要しますが、必ず治すことができるのです。貴女のおかげで第五小隊仲間の身も取り戻す事ができたのですから」

「──ッ。その言い様、彼等を救うことができたのかワタシ達は?」


 リリィはフィジカの眼を真っ直ぐと見て問うた。あの討伐作戦は行方知れずな第五小隊を救助する事を大前提に第四と実験部隊は動いていた。この場に帰還できているという事は任務を達成できたか。最悪な結末から戻ってきたという事だ。リリィには骸魔刃騎甲や巨木魔獣の根との戦いの記憶は無い。自分が救うために起こした行動も分からないのだ。

 フィジカの答えを待つ。表情の薄い彼ではあるが、感情ある人間の眼というものは動きで嘘が分かるものだ。真っ直ぐと射抜く青の光彩から逃げるという事は嘘であると判断できてしまう。


 フィジカの低く深い声が紡がれる。


「ええ、確かに救う事ができましたよ」


 その黒の眼は動かず真っ直ぐと見返す。嘘は無いと信じられる眼だ。


「本当なんだな?」

「はい、フィギャアスも礼の言葉を貴女に伝えて欲しいと言っていました「お嬢さまと産まれくるお子の元にお身体を返して貰えた。感謝しかない、ありがとう」と」


 その言葉を聞いてリリィの心は幾分か軽くなった気がした。フィジカの眼に嘘は無いと信じている。救う事ができた、フィギャアスとの約束を守る事はできたのだ。奇跡は起きたのだと。


「それで、フィギャアスは?」

「もう、砦にはいません。第五の皆と共に帰還いたしました。一足早くに、今頃は街に戻っている事でしょう」

「そうか、よかったよ本当に」


 リリィは深く深くと息を吐き、心を落ち着かせるのだった。


 安堵するリリィの目の前でフィジカは、静かに、僅かな時間、眼を閉じていた。





 ***




 それから数日後のラムナッハの街で鉄馬車が出立の準備を始めている。リリィ達、武装実験部隊フレイムがアギマスへと帰る時がきたのだ。

 その後ろにはガルシャ魔獣討伐第四小隊の隊員達が整列しており、帰還する彼等を見送ろうとしていた。


 隊服に身を包んだリリィは、目の前に立つ軍服姿のフィジカを見上げた。


「お世話になったな。色々と」

「いえ、こちらの方こそ、あなた方がいなければ皆の命はこの場に無かったかも知れません。改めて深く感謝を」


 フィジカの頭が下がると、リリィも深く頭を下げた。お互いに敬意を示した別れの儀である。


「フィジカ、君はこれからも隊長を続けてゆくのだろうか?」


 頭をあげたリリィがそう問うとフィジカは首を横に振った。


「いえ、元々この討伐小隊は、本作戦のために一時的に編成されたものですので、隊員達たいいんらの一部も、本来は軍人では無く、操術の才があった自警団の方々です。私はただ、彼らを使い物にするようにと銘を受けた飾り物の隊長でした」

「飾り物だなんて、君ほど隊長の器に相応しい人もいないはずだ。そんな事を言われれば隊の皆も悲しむよ」

「ええ、分かっています。着任時の考えなぞは、とうに吹き飛んでいます。それはあなた方に、出会えて、より一層に自覚しました。私はお飾りではないと、胸を、張ります」


 フィジカは僅かな笑みを浮かべていた。表情の変わりづらい彼にとっては上等な笑顔だ。それを向けられるという事は友として嬉しきものである。


 他の隊員達も別れを告げる。


「エイモン、ダイス、俺はフィジカ隊長の後を追って必ずガルシャ魔刃騎団に入るからな。その時は胸を張って報告しに行ってやる」

「おいおいゼト、おまえさんはご貴族お坊っちゃんだって聞いたぜ? いいのかよ家の跡継ぎとして」

「魔刃騎団は花形だ。親父殿も許してはくれるはずだ。それに、お前らへの一生掛けてもおさまらねえ礼はまだひとつも返してねえからな。嫌だと言っても返させてもらう」

「エイモンはともかく、こちらは礼をされる程の事は──」

「──何を言ってるんですかダイスさんっ。貴方がいなければこの場にいなかったかも知れないんですよ。胸を張ってくださいっ」

「む、胸を張れと言われても、ただ無我夢中だっただけで」

「ウェックスの礼も受け取ってやってくれダイス。俺もエイモンと君に多大な感謝をしている。魔刃騎団入りも目指すそうだ」

「は、はぁ、それでは遠慮なく……て、それは自分が他人の人生に影響を与えてしまっているということかッ?!」

「サマージェンさんッ、わたくしも必ず魔刃騎団に入りますので是非とも貴女の手掛けた魔法術式スクリプトを私の魔刃騎甲ジン・ドールにッ」

「ええと、こっちはフレイム専属だからあたしの手掛けた魔法術式スクリプトをそちらに組み込むのは難しいと思うんだけど、てか、国自体違うんじゃ──てぁ、ちょっと近いよ近いよ。眼が怖えんだけど国境越えようとして来ないでよ大問題だかんねッ?!」



 隊員達の別れにはまた必ず会えるという和やかな雰囲気というものがある。リリィはこの作戦で確かな絆というものが見えた気がした。


「そういえば第五の方々は? ついぞ顔さえも合わせなかったが」

「もう既に首都エザカシアへとお戻りになっています。テティフも騎団長への報告に走らせました故、こちらには」

「そうか、テティフにも世話になったからな最後に顔くらいは見ておきたかったが。またいつか会いに行こうか」

「それは、きっと喜びますね」

「その時はうちの料理長も連れてきて真白シチューを食べさせよう。美味しくて飛び上がるに違いない」


 舌の上で味を探すしかない白いスープを思い出しながらリリィは薄く笑いを漏らし、フィジカは静かに頷いた。


「リリィ隊長、出発の準備が整いましたッ」


 鉄馬車からの声にいよいよと別れの時がやってきた。


「それでは、そろそろ」

「はい、お元気で」


 もう一度お互いに敬意の礼を交わし、リリィは踵を返し凛とした声を張り上げた。


「武装実験部隊フレイムッ、アギマスへ帰還するっ」




 第一部──~完~





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魔刃騎甲──ジン・ドール── もりくぼの小隊 @rasu-toru

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