帰還──ハイザートン
「……これは」
騎甲館区画に着いたリリィの青い眼は丸く広がりまばたきもせず、しばらくそれを見つめるしか無かった。
彼女の先に見えるのは解け固まった鉄塊。辛うじて両腕無き人の形をしていると認識でき、顔らしき部分には陥没した窪みが二つ見え、それが元は二つ眼を持った巨躯であったのが分かる。
「ワタシの〈ハイザートン〉なのか?」
ようやくと零したリリィの声に抑揚は無く、項垂れた首が今にも落ちてしまいそうな〈ハイザートン〉の眼無しな顔を見あげ続ける──。
「リリィッ!?」
──急に、聞き覚えがあり過ぎる甲高な声が耳に響き、痺れていた脳髄が何事かと認識するまでの間に後ろから首にしがみつくように抱きしめられた。
「目が覚めたッ! よかったよあぁぁ、リリィッ!」
「ああ……サマージェンだな」
サマージェンの心の底からの裏表なく素直に喜ぶ泣き混じった声と伝わる柔らかな温もりの中で、リリィの声はまだ放心とし〈ハイザートン〉だった巨塊を青の瞳は見つめ続けるるが、冷えてしまっていた心はサマージェンのおかげで徐々に温もりに広がってゆくようだ。
「リリィ隊長! エイモン見ろ、リリィ隊長だぞ!」
「落ち着けよ見りゃ分かる。へ、どっかに飛んで逃げちまうってわけでもなしだが。よかったよ、今はホントに」
遠くからまた騒がしい声と落ち着き払っているが心なしか弾んで聞こえる声が耳に届いた。それが直ぐにダイスとエイモンであると認識できたリリィはサマージェンに後ろから抱きしめられたまま、サマージェンの身体ごとエイモン達に向きなおった。それでもサマージェンはガッチリ掴んで離さない。それを見たエイモンは苦笑いに頭を搔いた。
「おいおいサージェ、あんまりギュギュギュと締め付けてあげなさんなよ? お腹をペシャンコなホットサンドにしちまうつもりかよ」
「うるさいなぁ、喜びを噛み締めてんだよこっちぁよっ! てか、その呼び方はなぁ、やめろって言っているんだよヌぁっ!」
「か、カーター先生! しかしそれ以上強く抱きしめる過ぎるとリリィ隊長のお腹が潰れてしまいそうに──いや、別にお腹を見ていたわけではありませんよ決してッ?! お腹を見ていたわけではッ!?」
「おまえさん、そんだけ強調しちまうと誤解されちまうぜ。と、誤解じゃねえかい?」
「エイモンッ! キサマッ!?」
「……ハハ」
リリィは三人の騒がしさに、さほどの時は経たぬというのにどこか懐かしいものを覚えて、皆の自分へ向けてくれる喜びにしばらくと身を預ける事にした。
「──それでは、やはりこれがワタシの〈ハイザートン〉で間違いないか?」
サマージェンのガップリな抱きから開放されたリリィはもう一度溶けた鉄塊を見上げ、詳しく説明を受けた。
「うん、ここまで溶解した外装と筋肉が混ざりきってると修復は不可能だってマリオジ達が言ってたよ。胴体中心の
サマージェンの伝える現実はリリィに重くのしかかってくる。溶解侵食が胴体深部までいってるとなれば従わざるを得ない。彼は共に駆け抜けてきた己が半身と言ってもよい
今まで無茶をさせ過ぎてきたという自覚も少なからずとあるが、最後は己の魔力暴走により失ってしまう事になるとはリリィも思いはしなかった。その暴走した記憶を、全くと思い出せずにいる自分がまた、歯痒くもあるのだ。
「今までありがとう、ワタシの〈ハイザートン〉」
リリィは胸の内に自分なりの整理をつけ〈ハイザートン〉へ敬意を持って心臓を抱くように胸に手を添え、片膝を着いて頭を下げた。ダイス、エイモン、サマージェンも何も言わずそれに続いた。
しばらくと黙祷の時は刻まれ、リリィの青い眼はゆっくりと開き、立ち上がった。
「ダイス、フィジカ達もここにいると食堂のアルフ達から聞いたのだが、今は何処に?」
「ぇ──は、はい、第四の皆さんはもっと端の格納所に。マリオ主任達もそちらにいます」
突然とフィジカの居場所を聞かれて何故か言葉を詰まらせてから居場所を教えるダイスにリリィは「ありがとう」と言葉告げてしっかりとした足取りでフィジカの元に向かった。
***
「っっ!──ッ」
正面に回り込むようにして近づいてみると、何人もの整備員達が一騎の
そこにあるのはフィジカの〈リ・ガルナモ〉だ。こちらもリリィの〈ハイザートン〉同様に外装が溶解としている。だが、形が〈リ・ガルナモ〉とわかる分、こちらはいくらかマシであろう。
(この状態でフィジカは無事なのだろうか)
記憶の無い自分が歯痒くとなる。もし、己の魔力暴走による溶解に巻き込まれた形であるのならば申しわけも立たず、彼の安否が気にかかる。
「
立ち尽くすリリィに整備主任マリオが気づき早足で近づいてくる。他の整備員も一斉にリリィの元に駆け寄ってくる。
「お目覚めになられてッ」
「お身体の方はもうっ」
「隊長が」
「リリィ隊長だっ」
自分が目覚めてここに立っている事を皆が喜んでいる事をリリィは理解とし、嬉しくもある。
「ああ、ワタシは大丈夫だ。ありがとう、みんな。だが」
だが、今はフィジカがどうなってしまったのかが気掛かりだ。フィジカもここにいると聞いてきたのだ、無事である事は間違いないのだろうが。
「リリィさん」
抑揚は無いが喜びの色が響く重低な声が耳に飛び込んでくる。間違いようの無いフィジカ・トッシュの声だ。リリィが声のする方に眼を向けると。
「……フィジカ」
そこにはゼトとウェックスと共に真っ直ぐと歩いてくるフィジカの姿があった。だが、その両手は治療包帯で固定されており、歩みも少しぎこち無く見える。
「リリィさん、無事に──」
「──それは無事だと言えるのかッ」
フィジカの「無事」という言葉をリリィは思わずと己が声で遮り彼の元に歩み寄っていた。
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