女同士の休憩 二


「どうも、席をご一緒してもよろしいかい?」


 テティフが巴旦杏アーモンド形の眼を細めて口端くちはを緩やかに上げ笑いリリィとサマージェンに同席のお伺いを立てる。


「あぁ、そうだな。サマージェン、君は彼女達が一緒でも大丈夫かな?」


 リリィはサマージェンのガルシャ人への苦手感情を理解している。彼女が無理だと言えば申し訳ないが遠慮して貰う他は無いと考えている。


「別に、大丈夫。いいよ」


 サマージェンもリリィの交友にヒビを入れるわけにはいかないと自分の怯えた感情を殺した。我慢ができると思えたのはテティフの眼には底無し沼に沈み落とすような仄暗く恐ろしい視線を感じなかったからだ。


「それじゃ失礼するよ。ベティはあたしの隣に座るといいさ」

「はい、その少し上からな感じは気になりますけど、遠慮なく座らせていただきましょう。あなたのお隣にね」


 片や気にせず、片や神経質な感情をお互いに向けるなにか複雑なものをサマージェンは見ていて感じるが、二人の間には友人同士な柔らかい空気が流れているとも思えた。


「あの、何か?」


 ベティの鋭く細い眼が突き立つ槍のようにサマージェンの赤い眼へと飛んでくる。サマージェンはビクリと身体を硬直させた。


「よしなよ、怯えているじゃないかを脅す気かいベティ」

「人聞き悪い事を言わないでくださいよテティフッ。いつ私が脅しまし──ああ、ゴメンなさい、驚かすつつもりは全くとなくてその、貴女はですのね?」


 からかいついでな様子なテティフの言葉に釣られて大きな声を上げてしまったベティは口を押さえてシドロモドロとなりながらサマージェンの容姿をガルシャ人特有の表現で褒める。


 二人の言葉の意味がよくと分からず困惑したサマージェンは無意識に付け爪な指で髪を触り、白法衣ローブフードを被りわすれている事に気づいて反射的にフードを引きつかみ目深に被って机の上に縮こまった。


 仕事に集中しすぎていてフードを脱いでいた事を忘れていた。エイモンが無事に目を覚ました事と休憩室に赴くのもリリィと一緒だからという安心感から気を緩めてしまっていたのかも知れない。休憩室で寛いでいる顔の知らない人達はみんなガルシャ人だ。ガルシャの人達の前で己が銀の耳を晒していた事実に動揺とする。


「あの、大丈夫ですか? その、そんなに私って、怖かったでしょうか?」


 フード被りのままに固まるサマージェンを心配しているのが分かるベティの声色には柔らかな優しさが響く。同時に、自分が怖がらせてしまったのでは無いかと言う不安と悲しみの響きもだ。本気で心配している人にたいしてこれはいけないことだとサマージェンは勇気を持って顔をあげ、ナハハとした笑いを見せた。無意識に牙を隠したどこかぎこちの無い笑いだ。


「違うよ怖がってたんじゃなくて、その、恥ずかしかっただけなんだよ。ヘンでしょガルシャの人から見たらあたしの頭ん耳って」


 サマージェンは自虐な言葉でぎこち無い笑いを続けた。その様子にテティフはジッとサマージェンを巴旦杏アーモンドの眼で見つめ、小さく細めた。それは何かを察しているようである。


「そんな、変だなんて思いませんッ。とても綺麗なお耳ではありませんかッ」

「──ェっ」


 だが、ベティの方は耳がヘンだという言葉に否と応えて赤い眼をジッと見つめてくるのでサマージェンはタジタジとするしかない。


「私、綺麗な方は素直に綺麗と言いますッ。貴女の銀の耳と髪も赤い眼も白い肌も全てウットリとする程にお美しいですッ。隠さずにもっと見せて欲しいくらいにっ。ハァハァ、ハッキリと言ってタイ──」

「──おいそこまでにしな、逆の意味で怯えさせちまうだろうがそれだと」


 急に鼻息荒く黒曜石な如き眼を輝かせるベティに声にならない悲鳴をあげて身体を後ろに下げるサマージェン。それを見たテティフは仕方がないとベティの頭を軽くはたいて正気に戻させた。


「悪いねこの子、アンタらが最初に訪れてたラムナッハの街出身でね。あそこから出た事の無い世間知らずで癖の強い箱入りお嬢さんなもんでさ。をまったくと知らなくてね。けどその分、この子の褒める言葉はまぁなんというか、素直に受け止めちまっても問題は無い」

「ちょっと、世間知らずで癖の強いて何なのですかッ。こんな綺麗タイプな方に誤解されるような事を言わないでくださいテティフッ。違いますからね、私は誠実で普通な礼節を重んじた淑女ですから、えぇ、ちょっとお耳を触りたいだなんてよこしまは小指のお爪程度にも考えてはおりませんっ」

「ははぁ、一応のフォローはしてやったつもりなんだがね、ダメだこりゃってヤツだね」


 なるべく褒めたつもりでベティのなんらかの事情を説明したテティフであったが、ベティはどこかご立腹なようで横から口を挟んで弁明をするが、何やらな正直さ欲望が前に出すぎている事に気づかないようである。テティフもヤレヤレと両手のひらを上にあげるジェスチャーでお手上げを表した。


「ッ──ハ、アッ……」


 そんな二人の様子を見ていたサマージェンは急に蹲り机に突っ伏すと両手に拳を作り小刻みに震え


「アッハッハッハッ。エェホッ、いやアハハッ」


 突然と身体を起き上がらせ堪えきれずに弓がしなるかの如く身体を仰け反らせ大笑いをした。フードが外れ、頭の耳を晒す事も牙を見せる事も気にせずな心の底から安心とした大笑いだ。


「えぇあの、突然どうしましたの?」

「よかったじゃないかアンタは凄く面白え女だと思われたって事だね」

「それ、よかったって言えますのッ。私はもっと優雅に美しくお近付きになりたかったのにいッ」


 テティフとベティはまた何やら話しているが大笑いなサマージェンの耳には届かない。ただ、届いたのはこの人達は自分を傷つけないガルシャの人だという事だ。心を許してもよい優しい人達なのだと。


「これなら、一緒にお茶をしてもよさそうだな」


 事の成り行きを一言も発さずに静かに見守っていたリリィは軟らかく笑い飲料水球ドリンクボールに口を付けた。

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