女同士の休憩 一


 エイモン騎の調整に集中し、時間の進みを忘れていたサマージェンはふとした気の緩みからかドッとした身体の疲れを感じ始めていた。頭が疲れを理解してくると指から腕に掛けての気だるさを覚え、身体は否応無く休憩を求めてしまう事に苛立ってしまう。


 尖った牙で下唇を甘噛みし歯がゆさを無意識に表していると、ふいに何かが下から項を描いて投げ飛んで来るのが見え慌てて両手でそれを──


「あイタァイぃッ!」


 ──受け止める事かなわず額に冷たさと痛みがぶつかり、晒された太股の間へとそれは着地した。


「チベタアッ──て、これは飲料水球ドリンクボール?」


 手に持ったそれは、無色透明な球体であり中に詰まった飲料水が振られて綺麗な泡を作っているのが見える。中身はサマージェンの好物な果汁入り飲料水フルーツドリンクだ。


「すまない、受け止められるかと思ったのだが」


 下から聞き覚えのある真っ直ぐとした声が聞こえ、下に顔を向けると光彩強い青い瞳が申し訳なさげに片手をあげていた。


「これ、リリィの飲料水球ドリンクボール?」

「いや、サマージェンに投げ渡したつもりだよ。それは君の飲み物だ」


 いまだ水色の操術衣スーツに身を包んだままのリリィはくびれある強い腰に片手を当てて肩を竦めると綺麗に波がかった月色髪を揺らし、薄く笑顔を向けてくる。

 サマージェンはそういえば喉が渇いているような気もすると両手で掴んだ冷たい感触とプクプクとしている飲料水の泡を見つめる。とても美味しそうで喉とお腹がこれを飲みたいと求めているのが分かる。


「そろそろ休憩をとってはどうだろうか?」

「でも、まだ術式の調整作業、全騎分終わってないから」


 せっかくのお誘いではあるが、今は調整作業を終わらせる事が優先であるとサマージェンは考える。三騎分が終わっても動かしてもらった後の微調整も行うつもりなので休んでいる暇なぞは無いといえる。


「いいや、休憩に入って貰うぜ」


 だが、そんなサマージェンの術式調整作業続行に待ったをかける野太い声がひとり。整備主任マリオである。


「ソイツもそろそろお着替えの時間だ。せっかくの大盾装甲オニューの服が出来上がってんだからな」


 マリオが口髭蓄えな厳つい顔を笑わせて、隣のリリィに向き直る。


「というわけでお嬢、あの利かん坊を休憩に連れてってくださいや。ここからは俺達整備士の時間ですからな」

「了解、心得たよ。というワケだサマージェン。観念してワタシと一緒に休憩をするか、手荒に連れ去られるかを選んでくれ」

「て、手荒って。待ってわかった休憩はすっからすぐ降りっから待ってっ」


 リリィが手荒に連れ去ると言ったら何をしてくるか分からない嫌な予感がする。上方に伸びきった昇降器だろうと軽やかによじ登って固定具を外し首根っこ掴んで下まで飛び降りるなぞという大アクションを仕掛けてきても不思議ではないので、サマージェンは慌て昇降器を下方に降ろして素直に休憩に応じる事としたのである。





 ***





 鉄と油と魔獣素材の匂いがキツい騎甲館ドールハウス区画から離れた休憩室セーフルームへと移動してからサマージェンはよく冷えた飲料水球ドリンクボール越しに歪むリリィの顔を見つめながら


「ほんじゃ遠慮なく」


 と、果実に齧り付くように飲料水球に歯を立てた。飲料水球は圧力の加わった方向へと中の水が勢いよく発射される。喉めがけて口内に飛んでくる果汁飲料水フルーツドリンクの爽やかな刺激は疲れた身体を癒してくれる爽快感があるとサマージェンは赤い眼を‪✕‬バツテンとさせた表情で美味しいを現している。飲料は無色透明であるが口に広がる果汁の味わいは林檎のものでサマージェンの好きな味のひとつだ。


「はは、ブシュッといったな」


 リリィはサマージェンの美味そうに舌鼓したつづみを打つ表情に笑いをみせ自身も飲料水球ドリンクボールに口を付けた。中身は果汁飲料水フルーツドリンクでは無くただの水である。


「うん、よく冷えていて美味い。この飲料水球ドリンクボールの発明は素晴らしいな。これだけ冷たさを保てる原理は正直よく分からないが」


 飲料水球の便利さに改めて関心するリリィを見てサマージェンは小さく牙を見せて笑う。


「原理としては簡易な氷結術式アイシクルなんだよ。球体にたっぷり水を押し込めてるのも空間圧縮術式ハイスペルスの応用だよね。よくできた商売だ。まぁ、球体シリーズ全般に言えんだけど」


 球体シリーズとはエイハート公国間で使用されている魔道器具である。本来、魔刃騎甲ジン・ドールに乗り込む魔操術士ウィザードの体内魔力を糧とした魔法術式スクリプトを通じてのみ魔法という超常の力は使用できるわけだが、簡略化された魔法術式スクリプトに移した魔力を貯める事による魔道器具の発明により、手軽に日常生活に魔法を使う事が可能になっている。球体シリーズは公国に拠点を構える「マルモリスグループ」が展開している主力商品である。

 従来は貯めた魔力が無くなれば使い捨てるものであったが近年は鉄部品や魔結晶媒体の交換修理により長く使用できるようになっている。この飲料水球は初期に製造された使い捨てモデルのようであるが魔結晶で加工された滑らかな球体に古さは感じられない。


「これ、いつ頃の飲料水球ドリンクボール。 中身の林檎味は冷たくて美味しいけどさ?」

「さぁ、砦に幾つか貯蔵されてるやつを好きに持っていってよいと言われたからな」

「エッ、てことはあたしの生まれる前からの年代物の可能性もあんのッ」


 リリィの言葉にギョッとして飲料水球をマジマジと見つめてしまうサマージェン。一度でも口をつけなければ新鮮さと冷たさを保てると評判のマルモリスグループの簡易魔法術式には唸ってしまうが、いざ生まれ年を越えた年代物だと考えると飲んでしまった事に何処か勿体なさを感じる複雑な気持ちになったサマージェンである。


「美味しく飲めるなら問題は無いんじゃないか?」


 何か問題でもあるのかと飲料水球に口をつけているリリィの細かいことは気にしない豪胆さには関心をする。見目麗しいお人形のような容姿とは裏腹な性格である。引き締まったウエストラインがよく見える操術衣スーツ姿をよく見るとなおのこと──


「──あれ? そういやずっと操術衣スーツ着たままなの?」


 自然と操術衣スーツを着こなしていて違和感を覚えるまで時間が掛かってしまったが、森中枢であるケヨウス砦に到着するまでの数時間ずっと締めつけのキツい操術衣スーツを着続けるのはかなりしんどい筈であるのだ。


「さすがにずっと着ている訳じゃないさ。脱いで温水雨ホットシャワーでリフレッシュもさせてもらったよ。これは自騎の新しい魔獣鋼加筋肉の慣らしを頼むという事で改めて着直しただけだ」


 肩竦めなリリィの軽くおどけた表現を見るに嘘は無いと感じ取ったサマージェンはリリィが無理をして立て続けに仕事をしている訳では無いことにホッとして飲料水球に口を付けた。魔操術士ウィザードは身体のメンテナンスも重要であるため過度な無茶は禁物であると思うと同時に自分はどうなんだとハタと考える。術式調整にかなりの時間を費やして無茶をしてしまっている現実。それはサマージェン自身にとっては身体の事はどうでもよく明日の出撃までに万全にするという気概しかないのだが、周りのみんなにはもしかしたら心配をさせてしまったかも知れないと思ってしまう。


「もしかして、これはあたしを休ませるためにみんなして企んだて事なん?」

「さぁ、そこはご想像にお任せだな」


 サマージェンが飲料水球を指で突っつきながら言うとリリィはすっとぼけに飲料水球を指先で回転させる。その言葉と眼で伝える笑みは答えを言っているものだなとサマージェンは赤い眼を半分にして目の覚める勢いで果汁飲料水フルーツドリンクを口に運んだ。


「おや、女同士でご休憩かい?」


 その時、何処か艶のある女性の声が聞こえ、二人の席へと近づいて来るのが見えた。


 褐色肌と黒髪の女が二人、ひとりはくせ毛な髪を振り乱し開放的な肌顕はだあらわな服装であるテティフ・ブショー。もうひとりは編み込んだ髪を一房に纏めた緑の隊服に身を包む第四小隊紅一点魔操術士ベサニー・ブイテールである。


(ガルシャの人だ)


 サマージェンは対面する二人ガルシャ人を見上げ言いようの無い緊張感に襲われ、果汁飲料水を空気と一緒に喉を鳴らして飲み込んだ。








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