サマージェン整備計画


「フゥ……おっしやっ」


 小型昇降器ミニリフトに飛び乗ったサマージェンは固定具ベルトを締めてから小さく息を吐き、頬を両手で叩いて気合いを入れ、魔結晶版面マギカルパネルを赤い付け爪の先で操作をし、整備計画の記録を版面に映し出す。強く叩き過ぎたためか白い頬は熟した果物のように赤くなってしまっているが、逆にヒリヒリとした痛みが心地好い。集中する作業に邪魔なフードも外し視界もよくなった。頭の耳をパタパタと動かしながらサマージェンは騎甲面の整備があらかた終わっているダイスの長距離支援型〈ハイザートン〉の調整から始める事にした。


 小型昇降器を上下させ調整すると、整備計画記録を端へと送る。騎甲を中空に滑らした魔結晶版面と合わせ付け爪を外し、爪を短く切り揃えた綺麗な指で魔結晶版面を弦楽器を奏でるように素早く叩いて魔法術式スクリプト調整作業を行う。


(ダイスくんのはそれほど魔獣鋼化筋肉の肉付きに改良点は無いんよな。元々射撃優先に調整してあったし、それは次の戦いも変わんない方がいい。重要なのは武装、長距離魔騎装銃砲ロングレンジバレルの方だかんなぁ。特殊魔甲弾の魔力込めは体内魔力が運痴なあたしの仕事にゃできんし、長距離照準術式ロングレンジスナイパもこれ以上の調整は必要無い、かえってバランスが崩れて魔操術士ウィザードに負担がかかり過ぎる)


 サマージェンは頭の中でダイス騎の調整を素早く整理しながら今後に必要な計画を魔結晶版面の端に置いた計画予定を見比べ、考える。


(ここは腕部外装アームガード周りを中心に魔冷却剤クールジェルを仕込んで射撃の連発率を上げた方が懸命だよね。これも騙し騙しになっちゃうけど。しかし、最大出力フルパワーで撃つにゃどうしても補助が必要な欠点を克服できていないからなぁ。もっと単独でポテンシャルを引き出せるような補助装備サブアームが欲しいけど、部品素材類潤沢と言っても今はそんな開発なんてできるもんじゃない)


 現状の欠点を洗い出して溜め息を吐く。最大出力フルパワーを射ち出す補助騎を二体割く訳にもいかず、常に鉄馬車を傍に置いて支えにする訳にもいかない。現状、次の戦いで最大出力フルパワーを撃つ事が無い事を祈るしかない。リリィ騎程では無いが、ある意味でダイス騎もこのままではそのうちに限界を迎えるだろうという事を整備員らにも今一度伝えておこうとサマージェンは決める。それ以外に関しては、問題は無いと言える。


「よし、ひとまずの完了ちゃん」


 ダイス騎の魔法術式スクリプト調整を完了させるサマージェンは「ひとまず」の言葉はまた調整記録を洗い流して不備を見つけた場合は再調整に戻るという意味だ。大事な仲間の命を預けるのだ妥協なぞ、今も、これからも、有り得ないことだ。


「お次は……あぁ」


 赤い眼を横に流し見やると、エイモン騎の大盾装甲型がまるで椅子に座り込んでグッタリと項垂れるように格納されている姿が見える。衝撃波によりへしゃげた大盾装甲は取り外され別所で新たに造り直されている。

 大盾を脱いだエイモン騎は下半身の太い脚部外装フットガードとはアンバランスな上半身を晒している。頭部外装ヘッドガードも取り外され、ひとつ眼な魔結晶幻影境眼マギイリュアイが晒されている。

 その姿が何処か痛々しく感じられるのは意識をしばらく取り戻さなかったエイモンと重ねてしまっているからだろうか。


「キミのお兄ちゃんな、もう目覚ましたから安心しなよな」


 小型昇降器を側へと移動させながらサマージェンは小さな子どもを励ますような優しい口調でエイモン騎へと話し掛けた。


「痛かったよなぁ、あの野郎は無茶しちゃってさ、考えろって話だよねぇ」


 へしゃげた大盾装甲の損傷の酷さをサマージェンはこの眼で確認した。厚い装甲板で造られた大盾は鉄壁の護りで武装実験部隊フレイムを救ってきた守護神とも言える存在だ。それは扱うエイモン自身も守られているという事だ。大盾を充分に使いこなしてきた彼の慎重さと大胆さを兼ね添えた器用妙技を疑う事は無かった。そんな彼の扱う大盾装甲が、あんなにもへしゃげてしまった理由は不意打ちな敵衝撃波の予想外な威力もあったかもしれない。サマージェン自身、鉄馬車の中で耳が壊れてしまいそうな気持ちの悪さに襲われていたのだから。


 だが、それ以上に大盾が物語っていたのはエイモンが。不意打ち衝撃波を瞬時に構えて受け止めたエイモンは意識してか無意識に行ったのかは分からないが重力低減術式グラビトロの距離ある攻撃を受け流す障壁能力を反転させて自身の〈ハイザートン〉になるだけ集めて後方への衝撃を拡散させていたのである。このやり方はリリィ騎が超高度跳躍着地の衝撃を周囲に散らさず上空に巻き上げたやり方と近しいものがある。違うのは衝撃を逃がすでは無く受け止めるという事である。本来は大盾へと集中させ受け止めきるつもりであったのだろうが、予想外の威力に魔刃騎甲が悲鳴をあげ、魔操術器コックピット内にまで負荷を与えてしまい、意識を失うまでの影響が生じてしまったのだ。


 もしも、空間圧縮術式ハイスペルスが破壊されてしまっていたらと思うとサマージェンはどんな感情を彼にぶつけてしまえばよいのか分からなくなる。いや、感情をぶつけられる事自体は幸せな事かもしれない。空間圧縮術式ハイスペルスの破壊は魔刃騎甲ジン・ドールその物を崩壊させる諸刃であり、魔操術士ウィザードの「死」を意味するのだから。


(二度とさせねぇかんな。死んじゃったらあたしの一生分、絶対に、許さねえ。だから、今は)


 エイモンが無茶に耐えうる限界まで鍛えた盾が必要になる。彼が守りたい大切なもの全部を守りきるのに充分な超強化大盾が必要なのだ。そのために潤沢な素材を注ぎ込んで鍛えあげた新たな大盾装甲を作って貰っている。後は魔獣鋼加筋肉ブルートゥマルスの増量と重力低減術式グラビトロのバランス調整が必要となる。エイモンの器用さならば騎甲に着いて行く事は簡単では無いにしろ可能とするだろう。後は、サマージェン自身の法術式士プログラマの腕に掛かっているという事だ。


「やったりますわッ」


 サマージェンは今一度気合いを入れ直して調整作業に取り掛かった。









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